アムリタ

「エクスッ!」


 繰り返される同じ手順。

 回数を得るたびに爆発的に重くなっていくファイアーラットの攻撃を受けていたステファの剣にピシリとひびが入った。

 マリーが時を止める寸前にステファがスキル『金操作』を使って自身の愛剣に応急手当を入れる。


 そして時が止まり、再び動き出す。


「カウンター!」


 通算九度目、倍返しでの相手の攻撃の反射が成立しファイアーラットが吹き飛ぶ。

 だが、今回は実行直前に余計な行動が入った影響もあってほんのわずかにステファの手元にずれが生じた。

 結果、ファイアーラットは低く浅く吹き飛び近くの森の中に着地。


「マリーっ! 頼むっ!」


 ステファが何を行っていたのかをきっちり把握していたマリーが唄うことを止め合掌を解いた両手を雪が積もる冷たい地面へと突き立てた。


「みんなお願いっ!」


 マリーの願いとスキル『木操作』に応じて森の中で木に寄り添い休眠していた蔦類が急成長。

 ファイアーラットをがんじがらめに拘束した。


『補助するであります』


 通信先から聞こえるエウの声。

 ファイアーラットを拘束する数多の蔦がかつて力の蛇が使っていた拘束のように金色に光った。


『シャル姉さん、まずいことがある』

『どうしましたか』


 マリーとエウがファイアーラットの足を止めている間に息を整えながら破損した剣の修繕を行っていたステファがシャルに姉妹通信で話しかけた。

 その視界の先、エウとマリーが拘束するファイアーラットがギシギシと音を立てて拘束している蔦を少しずつ引きちぎり始めているのが見えた。


『あの子ねずみちゃんの成長が止まらない。どうやらボクが打ち返すたびにそれを糧に急成長してるみたいだ』

『少々お待ちなさい……これは……先ほど深度三を突破した個体が深度四に手が届きかけている?』


 通常であればあり得ない現象に解析していたシャルが首をひねる。

 姉妹全員が固唾を飲んで見守る通信にシャルの呟きが流れる。


『通常、深度上昇は早い個体でも年単位……火浦の時のように外部からMPを取り込んで急成長した場合には素体の強度が維持できずに成長できずに瓦解するはず……けれどあの個体は瓦解もせずにこの短期間で二回の深度上げを行いかけている…………アカリ、この個体、何か聞いたことはありませんか』

『え? いやそんな急にふられても……』

『何でも構いません、カリス教内でファイアーラットに対して深度上昇に関する実験をしたりしていませんか』

『あ、いやっ確か風の四聖しせいのこちらでの体を限界まで強化する実験をしたときにアムリタを限界まで叩き込んだって聞いたことがあります。それに関係して幻獣を土台にした怪獣のファイアーラットでいろいろ試したって話がありました。多分、そいつがソレかも』


 上層のラボで状況を解析しながらアカリの言葉を聞いたシャルは口元に手を寄せてさらに考え込んだ。

 現在、システィリアでは万が一に備えて下層、中層にいた姉妹の上層への退避を進めており外に派遣できる姉妹となると限られる。

 その中でもステファリード達が手を焼く深度三のファイアーラット相手となると自身の深度四魔導、グラビティ位しか対応策がなく実施した場合には周囲への被害も大きくなることが目に見えていた。

 だがシャルが戦線に出てしまうと全体を俯瞰し解析を行えるものがアカリしかいなくなってしまう。

 そしてアカリは姉妹たちの退避と並行する形で魔導具や魔導装置の下層からの撤去を行っており、これ以上の作業を振るのは無理があった。


『なるほど。カリスの作るアムリタのオーバードーズですか』

『あの……アムリタっていったい何なのですか』


 ファイアーラットが復帰してくるまでの時間、荒い息を整えて待つステファを通信越しに見ながら咲がシャルに問う。

 一拍の間の後でシャルが答えた。


『カリスの生成する聖水の一種です。エルフを主体に煮詰めたものがエリクサーであるのに対してドヴェルグを主体に煮詰めたものがアムリタです』

『カリス教で使う強壮剤ですね。普通に使うなら各種身体能力の底上げ、最高品質のものだと一時的に深度を引き上げる効果があるんですが代わりに体とMPがガタガタになります』

『『『『『『『『…………』』』』』』』』


 シャルとアカリ以外の姉妹たち全員が沈黙する。

 元兵士の中にはエリクサーやアムリタを見たものもいたが、それが何から作られていたかまでは聞いていなかった。

 特にエリクサーについては前線部隊には標準で配備されていたことから死にかけた際に使用したものもいる。

 姉妹同士の交流や会話でハイエルフのヤエに接触することが皆多くなっていただけに人を素材にした薬剤の話に嘔吐するものも出ていた。


『アカリ、あれがその個体だとして対処方法はありますか』

『わかりません。今あそこにアレがいるってことはくそじじぃが何かして長生きさせていたんだとは思うんですが、なまじ風のあの人に関係する情報なだけに私も細かい情報をもってません』

『そうですか。では方向を変えましょう。あれはアムリタをオーバードーズした個体でほぼ間違いありませんね』

『たぶんそうです』

『ならば対処は一つです。時間経過とともに薬剤に耐えられなくなったあの個体は自壊を起こし始めるでしょう。ステファ、あとどれだけの時間……』


 シャルの言葉の途中でファイアーラットが拘束を引きちぎったのが見えた。

 息を整えなおしたステファが最後の一回を使用すべく構える。

 ビルに匹敵する大きさを持つファイアーラットがまるでテラの高速移動用の乗り物かのようなふざけた速度でステファめがけて再突進してくる。


「エクスッ!」


 光るスキルに合わせ雪原から手を外したマリーが合掌する。


「カウンターッ!」


 最後のエクスカウンターで宙を飛ぶファイアーラットが空中でぴたりと止まった。


 シギャーーーーーーーーーーッ!


『波動検出、アナライズ完了、ユニークスキル『空間飛行』!? 深度計測、四! アカリ、両名を緊急回収っ!』

『もうやってますっ!』


 危機感をあらわにしたシャル達の声が響くも行動直後の二人は動けない。

 そしてファイアーラットが十一度目のステファへの突撃を行おうとしたその時。


「どっせっいっ!」


 不思議な服を着た少女がファイアーラットを蹴り飛ばした。

 再び山の中腹にめり込んだファイアーラット。


「いやー、マジでてこずったわ。いつもながらぎりぎりで悪いね、二人とも」


 振り返ったその少女。

 ステファ達が稼いだ時間がどれほどのものだったのか、いつしか日は傾き雪原の上は次第に明るい光の色から染め上げるような赤へと変わりつつあった。

 夕日を背に燃えるような赤い髪に金色の瞳、フリルの多いメイド服とおもちゃ屋の店員の服をちゃんぽんしたかのような服に頭の上に乗った海軍っぽい帽子。

 ひらひらと舞うピンクと赤が主体のフリルスカート。

 その少女は背には赤い翼が生えており空中にぴたりと静止していた。

 八重歯が目立つ歯を見せたその少女はなじみの深い優の口調をナオの声で発した。


「いや、大丈夫だよ。だけど、ボクたちはここまでだ。後は頼んだよ、姉さん」

「ねーさま、ナオちゃん。無茶しないでね」


 そう言い残すと緑色の淡い光とともに鉄壁の夫婦は姉妹のいる都市へと帰還した。


「つーわけでだ。さっきのアンケートって有効よね。みんなちょいと付き合ってくれるかね。私にいい考えがあるっ!」

『うへぇ、優のそれって……』

『どうせろくでもないことですよ、優姉の事ですから』


 皆のブーイング。

 その声をものともせずに少女は笑いを浮かべていた。


「じゃぁ、とりあえずはいつも通り名乗りと行きますか」


 赤髪の少女が山の中腹から睨みつける巨大なネズミの怪獣と向き合う。


「遠い彼方の親達と」


 一歩分前に。

 少女が移動したその周囲に炎が連れそう。

 更に翼を使い前へと進む。


「ともに歩いた河川敷」


 右手の先に出現した炎、その中から二十九センチほどのプラモデルの船が出現した。

 かつて少年が父から初めて貰った駆逐艦のプラモデル。

 後に休みの日に彼女はダガシ屋で同じ船を買った。

 その玩具は少女の心象に合わせて原形がないほどに変形を繰り返し右手にごついガントレットとなって右手に装着された。

 それは全てを駆逐する深紅で染め上げられた炎の宝貝『火炎拳曙』

 少女が呼ぶその名は『アケボノ』


「百鬼夜行のその先に、燃える心の理想郷アルカディア


 左手の先にも炎が燃え上がる。

 その中から同じく出現したプラモデル。

 かつて少年が父親に誕生日にもらった空母のプラモデル。

 その玩具も右手のものと同じように大きく形を変えクロスボウへと変化する。

 それは暁の空を支配する白と黒で彩られた空の宝貝『聖空翔鶴』

 少女が呼ぶその名は『ショウカク』


 二つの宝貝を身に着けた赤翼の少女はファイアーラットと対峙する。


火葬戦姫かそうせんき、ナオ」


 茜色の夕日を受けてクロスボウとガントレットを構えた彼女。

 その声が赤く染まる雪原に響き渡った。


「オレが全てを救済してすくってやんよ」

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