救済、月の影、そして

 ファイアーラットが洞窟の中から物を引き出そうと手を伸ばす。

 その伸ばした手に月影ががぶりと噛み付いた。


 ギュヒィィ!


 痛みに手を引っ込めたファイアーラットに引っ張られる形で月影がそのまま外に飛び出した。


「月影っ!」


 月音がその後を慌てて追いかけて外に飛び出していく。


「おい、おまえらっ、まっ、つっぅ!」


 追いかけようとしたナオだが肩の痛みがひどいのか一瞬よろめいて再び壁に寄りかかった。


「大丈夫かね、ナオ」

「あんまだいじょうぶじゃねーな。つってもねーちゃんが出ても無駄だろ」

「そりゃね」


 私が苦く笑うとナオは流れる冷や汗を腕でぬぐった。

 その頭の上にはいつの間に移ったのかカラーひよこのみーくんがちょこんと乗っていた。


『シャル、転送の方はどうなってるかね』

『ステファ達のそちらへの転送は間もなく。ですがそこにいるドサンコの少女についてはいまだにこちらからは認証ができません。飛び出した月音を洞窟に戻していただけないと無理です』


 シャルの言葉に私は白猫と一緒に眠る民族服の少女に視線を向けた。


『この子、ドサンコなのか』

『間違いないですよ。そいつはくそじじぃが弟子にしてた子でドサンコのレオナです』


 私の問いにシャルではなくアカリが答えた。


『亜人かね』

『いえ、ドサンコは人間扱いです』


 そうか、セーラの絡みで駆逐扱いにはできんかったか。

 それにしてもアカリとドサンコねぇ、ふむ。


『アカリちゃん、この子に手を出したん?』

『出してねーよっ! ちゃんと免許取って仕事でエロいことやってる子のとこに行ったわっ!』

『『アカリちゃんさいてー』』

『あっ、ちょ、ちょっとあのですね。ですから』


 エチゴヤ組、通信で痴話喧嘩がするな。

 なるほど、それで以前夢の中でセーラにつかまったんだな、アカリ。

 以前、沙羅から聞いた話だとドサンコって種族はセーラの妻、詩穂が生んだ種族だそうだ。


『ドサンコは半幻想種ハーフゴッドのため個体特性に応じて魔法の効果にバラツキがあります。その為、認証の網に引っかからないのだと思います』

『それで月音か』

『はい。あの子が直接認証すれば可能になるでしょう。ただし、その場合でもファイアーラットは引き離す必要があるようですが』


 月音もそういってたね。

 そんな話をしているとナオが立ち上がろうとする。


「くっそっ、月音だけじゃアイツは無理だ。あいつは俺の後輩だ、なんとかしねーと」


 ふむ、かまれて大けがをしたのは確かだろうけどちょっとこの症状はおかしい。


『シャル、ファイアーラットに噛まれるとな何らかの中毒になったりする?』

『はい。アレに噛まれると体内のMPムーンピースの挙動が一斉に乱れることから魔導士の場合には魔導が使えなくなります。冒険者の場合にはタレントですわね。噛まれるのはレアケースですがカリス教の神技使いの場合でも能力が封印されるようです』

『ナオの症状はそれだけに見えないんだけど』


 私の言葉にアカリが答える。


四聖しせいはMPに改造がはいっているのでファイアーラットの毒は体全体にダメージが出ます。ある意味、特効みたいなものですね』

『えっとさ、ファイアーラットって作って増やしたのソータ師匠よね?』

『そうですよ。くそじじぃだって言ってんでしょうが』


 まじで味方殺しの兵器じゃんか。

 ほんとタチ悪いよ、ソータ師匠。


『月音がみーくん連れてきてくれたからな。少しづつはなおってる』

『みーくんって毒消せんのか』


 私がそういうとナオが首を振った。


『ちげーよ。これくらいの病気や毒ならオレとみーくんがそろってりゃもやせんだ』


 ほぉ、毒や病気も燃やせるのか。

 すごいな、火の四聖とその契約怪獣。


『ちくちょう、みーくんと一体化できりゃこんな毒すぐに消えんのにっ!』


 ナオの話から察するに、どうも火の鳥の怪獣であるみーくんって状態異常に対する耐性持ちみたいだわね。


『一体化というと神技の表裏一体のことかね』

『よくしってたな、ねーちゃん』


 ふむ。

 それなら一つ打てる手があるな。


「ナオ」

「なんだよ、ねーちゃん」


 陰陽勇者である今の私のスキル、妹融合はセーラとの表裏一体を経由してその特質も取り込んでいる。

 いうなれば融合バージョン二だ。


「おねーちゃんと合体しようか」

「あぁ!? ふざけんなっ、オレにフィーねーちゃんが着てたみたいなフリフリの服着ろってか」


 いや、服の問題じゃないんだけどね。

 というか、ククノチの秋葉メイド服を毎日着て妹ロールまでサービスしてるナオがそれ言うかね。


「今外で戦ってる月音や月影を、ここにいるこの子を救うにはそれしかない」


 ステファ達が向かってるだろうけどこっちも動けるなら動くべきだし、何より妹融合すればナオの毒が消えるのは大きい。

 多分、今現在一番危ないのは毒に侵されてるナオだ。


「さぁ、どうするナオ。フリフリ衣装きたくないという男のプライドをとって妹達を見捨てるか、意地を捨ててお姉ちゃんと合体して全てを救済するか」


 私が笑みを浮かべながらそう迫るとナオが追い詰められた顔をした。


『優のこういうとこって死にかけても治んなかったよね』

『そりゃ、まぁ、優姉ですし』


 ちょっと黙っててね、そこの二人


「選べ、元四聖、現ククノチのナオ。お前さんに全て救済する気があるならこの手を掴め」


 私が手を伸ばすとナオが一瞬戸惑った後でガシッと手を掴み返した。


「くそったれがっ! やってやんよっ!」


 ははっ、そうこなくっちゃね。





















 月影がファイアーラットの背後をとり首に噛みつく。

 それをはがそうとファイアーラットが自分の手を自分の首に向けると、手が触れる直前に月影が相手を足場に跳躍した。

 その宙での滞空時間を逃さないかのようにファイアーラットが月影に鋭い牙を振り向けた。


「だめーーーーーーーー!」


 月影を追いかけるファイアーラットの顔を横から大量の木材のピースで組み立てられた巨大な拳が殴って吹っ飛ばした。

 吹き飛ぶファイアーラット。

 姿勢を奇麗に直して雪上にすたっと降りた月影の傍にククノチの制服のままの月音が追い付く。

 その月音の服装は端から順にまるでほどけて再構築するように淡い金色の光を伴って家で愛用している子供用の着物に切り替わっていった。


「月影、大丈夫?」


 心配そうに見る月音をちらりと一瞥したタキシード柄の猫は警戒を怠らずにファイアーラットが倒れた方に視線を向けた。

 そこには起き上がってきた火属性の赤い怪獣の姿があった。


『月音、月影、無事ですか』

『うん、大丈夫。シャルおねえちゃんもこっちと会話してて大丈夫なの? 転送とかナオおねーちゃんとかは?』

『並行思考は魔導士の基礎ですので問題ありません。映像確認しました、やはりユニーク固体ですわね。しかも観測できるMPが想定より高い。深度三に上がりかけてると思われます。ファイアーラットは環境適応がない代わりに完全耐火があり、あの固体は高速回復まで身に着けています。この上で深度三の堅城鉄壁を身に着けた場合あなたたち二人の瞬間火力では貫けなくなります』


 立ち上がったファイアーラットと月影がにらみ合う。


『私と月影は強いよ』

『それはそうでしょう、ただし本来の深度であればです。今のあなたたちは深度一です』


 月影が宙を舞い、ファイアーラットに襲い掛かる。

 今度は間合いを取ることに集中しているのか組みつかせないファイアーラット。


『ここは月影に任せて引きなさい、月音』

『いやっ!』


 二匹の争いから視線を外さない月音が姉妹通信でシャルに拒否を伝える。


『月音、今のあなたたちではアレに勝つ筋はありません。現在、お姉さま達が妹融合のための調律中です、それが成立すれば』

『うん。だからっ! 優おねえちゃんたちのとこにあれを行かせるわけにはいかないっ!』

『あと八分でステファたちが付きます。月影がそれまで持ちこたえれば……』

『あっ!』


 ファイアーラットがしゃにむに振るう腕の端が月影の胴体をこする。

 その手をすり抜けた月影が再びファイアーラットの首に噛みついた


『時間稼ぎなのはわかってる。だから教えてっ! 私たちがアレに方法!』


 グゲェェェェェェェェェェェェェェ!


 暴れるファイアーラット。

 振りほどかれた月影が今度は月音の近くの雪上に降り立つ。


『わかりました。ならば唄いなさい、月音。あなたの唄で場を支配するのです。そうすれば月影のユニークスキルが発動可能になります』

『わかったっ!』


 姉妹たちが通信越しに見つめる中、両手を胸の前に組んだ月音の透き通るような童歌が響き渡る。

 それに伴い足元から広がる巨大な影が雪原も森も、そして山すらも包み周囲が一瞬にして暗い夜へと変貌していく。

 同時に歌声の響く範囲の吹雪がピタリと収まり、まるで小さな台風の目のように透き通るような晴れ間が現れる。

 そんな中、組んでいた手を外した月音が右手を天高く大空へと振り上げるとそこには金色に輝く満天の月が輝いていた。


『うっそぉ……』

『リーシャ姉の月じゃねーか』

『これが元創世神ティリアのソングマジックですか。興味深い』


 満月の光のさす夜の雪原の上、白と黒で彩られた古代猫の目が光る。

 刹那、ファイアーラットの首筋に噛みついた状態の月影が出現した。


 ギャァァァァァァァァァァァァァァ!


 ファイアーラットが手を向けると月影の姿がふっと掻き消える。

 次に出現したのは喉笛に噛みつく月影。


 グッヒィィィ!


 混乱するファイアーラット。

 手の位置を動かし喉元の異物を外そうとするが月影がふっと消える。

 次の瞬間、数多の月影がファイアーラットの全身に噛みついた。


 グギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!


 ファイアーラットの手が通るたびにそこにいた月影が幻の様に掻き消える。

 それはまるで月が生み出した影のようにゆるりと、しかし確実に。


古代猫こだいねこ、月影の固有スキルは『鏡花水月きょうかすいげつ』。その最大の特徴は可能性の置換によりすべての場所に自身を偏在させることです。発動条件はシスティリアの上であること、ですが今現在に限り月音の唄が届く範囲もシスティリアと同等となっています』


 ファイアーラットの顔にも月影が噛みつく。

 よろめいたファイアーラットが向きを変え月音の方に向かおうとするか、噛みついてダメージを与える数多の月影がそれを許さない。


『かっ、かったのかな』


 唄いながら姉妹通信でそうつぶやいた月音。


『あっ、それはっ!』


 アカリの声が通信に響いた瞬間、ファイアーラットに噛みついていたすべての月影が消えた。


『このタイミングで深度が上がりますかっ!』

「えっ?」


 通信に響いたシャルの声に意識をとられた月音の歌が止まる。

 それまでの満月の夜が幻の様に掻き消え一段と大きくなったファイアーラットが月音と月影めがけて宙を舞ったのが見えた。


『ですがっ!』


 雷光とともに魔導が発動するときに生じるマナの変動が出現。


「エクスッ!」


 月音の傍に一つ、そして月影の目の前にも一つ、人の影が出現する。

 ファイアーラットをとらえた彼女の右の剣に冒険者のタレント『ギガカウンター』が発動。

 同時に月音の隣に出現した少女が両手を合掌の形に合わせタレントを発動、『ギガステイシス』の発動とともに時が止まった。

 身動きの取れない時の中、意識は止まらなかった月音と月影の視界に唯一動作する双剣の少女がタレントが発動した剣を角度を変えてふり抜き、もう一本の残っていた剣をファイアーラットに当てたのが見えた。


 その間、四秒。


 タレントのクールタイムの三秒を通り過ぎた双剣の少女の『ギガカウンター』が当てた二本目の剣に再発動する。

 そして合掌した少女のタレントが解け時は動き出す。


「カウンターッ!」


 テラのタングステンより高い硬度を持つはずの深度三ファイアーラットが二重化されたカウンターで跳ね飛ばされ宙を舞った。

 合掌を解いたマリーベルが月音の頭をそっと撫でる。


「がんばったね、月音ちゃん。ここから先の時間稼ぎは私たちに任せてね」


 目を丸くする月音に吹き飛んだファイアーラットに意識を向けたままのステファリードがいつもの調子で声をかけた。


「お待たせ、月音。ひと汗かいたらあとでまたお風呂に入りに行くよ。だから先に戻っててくれるかな」


 遅れてきた二人の姉。


「はいっ!」


 そんなステファの顔を見上げた月影にステファがいつも通りのさわやかな笑いを投げかける。


「大丈夫だよ、月影。ボクら二人なら」

「だから姉さまたちをお願いね。それとこれも持ってって」


 そういってマリーが背負っていた布製のリュックを月音に手渡した。


「月音ちゃん、これを姉さまに渡して。治療用の包帯とかはいってるから」

「はい」


 そんな月音とマリーの会話を見ていた月影はくるりと踵を返すと洞窟の方に走り出した。


「あ、ちょっと月影、待ってください!」


 後を追う月音を見送った後でステファとマリーは吹き飛んだファイアーラットの方を見やった。


 グギギギギギギギギギギギギッ!


 深度が上がり大きさも二倍以上の三十メートル近くに膨れ上がったファイアーラットが森の中立ち上がる。


「深度三か」


 通常、冒険者が対応できるのはかなりの猛者でも深度二まで。

 テラでいうならば深度一が自家用車、深度二でトラックから大型重機、そして深度三になると一気に重量が跳ねあがり港湾や鉱山で動作する五十トン級の巨大重機に該当するのがこの世界の怪獣である。

 故に城塞都市にて時間を稼いで逃げるかやり過ごすスタイルが主流となり、常識的な冒険者であれば深度二以上には手を出さないのも常識であった。


 だが、ステファとマリーは引こうとはしない。


 なぜ、シャルたちを殲滅するのにアカリに転換した彼があそこまで外道な視界外からの連鎖型範囲魔導を使用したのか。

 テラでいうユーラシア、アスティリアにおいてはユーディアライト大陸と呼ばれるこの大陸の西で普及した冒険者のタレント。

 赤の龍王が王機の一柱、虚構王の上に構築したトライの能力を原住民が貸借するそれはいったいどこまで強くなれるのか。


 その答えの一つがここにある。


 Eから始まり本来Aで打ち止めの冒険者のランク。

 その冒険者の中でも特記すべき功労をなした者にのみ与えられるS級の称号。


 S級パーティ『エクスプローラーズ』

 シャルマー・ロマーニ七世の強い推薦でその仲間に入った二人の年少冒険者には何時しか異名が付いていた。


「さて、久々に護らせてもらうよ。いくよ、マリー」

「うん。私とステちゃんなら護れる」


 それは異界の神の盾の名をエクスプローラーズのリーダーからつけられた夫婦。

 西方の冒険者たちは暑苦しいそのコンビをやっかみも込めてこう呼んだ。


「ここから先はボクらの領域だ」

「だから通さないよ、ネズミさん」


 『鉄壁のバカップル』、もしくは『イージス』と。

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