月華の王

 旧、レビィティリア、現システィリアの一番上には湖があり、その湖畔に女神ティリアを崇めた神殿が配置されている。

 神殿の形はちょっと変わっていて湖に面した方向には天井がなくて空が見える形で神楽を奉納したであろう舞台が設置されている。

 その舞台を囲むように建物が作られていて、屋根が庇を伸ばすみたいな形で伸びていた。

 たしかピロティとか言ったっけか、こういう作りのこと。

 その屋根のあるところの壁際に私が座り込むと妹たちが心配そうに取り囲んだ。


「優姉は正直いって動ける状態じゃないです。この夢世界、えっとなんか優姉が変なことしたらしいので同じ状態かどうかは分かりませんが、物理演算は月華王げっかおうがかなり精緻に処理しています。だから手術もできたわけで傷んだ傷や失った血も戻ってないんです。しいて言えばこの世界から抜けてしまえば元の体の状態に戻ると思いますが……」


 それをすると多分もう間に合わんだろうね。


「まぁ、どのみちこの先はやること決まってるからね。リーシャ、これ持って」


 私はそう言いながら『陰陽勇者おんみょうゆうしゃ』の龍札たつふだをリーシャに手渡す。


「えっと、これって……」


 驚きを見せるリーシャ含め、この夢の中でともに旅してきた主要な妹が見つめる中、私はリーシャに深くうなずく。


「やるよ、妹融合いもうとゆうごう


 龍札を持ったまま硬直するリーシャ。


「で、でも、私、今までおねーちゃんとの融合、長くもったことないし」


 そんな不安そうなリーシャの両肩にセーラとアカリが手を置いた。


「大丈夫よ、あなたならできるわ。だって、私とユウちゃんの妹なんだもの」

「できる範囲であれば手伝いますよ。私も月魔導でモニタリングしてますんで危なそうなら多少の干渉はできます」


 両方を見やったリーシャは再び私の顔を見た。


「できるね、リーシャ」

「がんばる」


 小さく頷いたリーシャ。

 私は妹に頷き返すと残りの妹たちに視線を向けた。


「というわけでレビィ、沙羅さら。リーシャと融合してから月華王呼び出すんでそれまでの時間稼ぎよろしく」


 私の言葉に蛇バットを素振りしていたレビィがにやっと笑う。


「まかしとき。ワイとこの『逆転錬金棒』があれば蛇に金棒や」


 その命名はどうなんかね。

 まぁ、私も人のこと言えないか。


「沙羅もお願い、ただ無理はしない様に」

「はい」


 ほないくでといいながら沙羅を連れてレビィが宙を舞って神殿の外に出ていった。

 引っ張られる時の沙羅が悲鳴を上げてたけど、たぶん、まぁ、大丈夫でしょ。

 意識を『陰陽勇者』の龍札に集中すると持っているリーシャの五感に切り替わった。

 さて、リーシャ、始めようか。


「うん」


 少し緊張するリーシャ。

 舞台全体に薄い水が張り三人がその上に沈まずに立った状態となった。

 その目の前には足元とは別に縦に丸い形で水でできた円形の鏡が出現する。

 それはまるでおとぎ話の魔女が使うような縦に長い楕円の形をしたこぼれない水鏡。

 水を見てこわばったリーシャ。

 水、怖いかね。


「うん」


 素直でいいね。

 でもさ、この水黒くないよね。


「あ、ほんとだ」


 ならレビィかセーラなのよね、それでも怖いかね。

 リーシャの全身から力みが消えた。

 さて、鏡の向こうに行こうか、リーシャ。


「うんっ!」


 リーシャがどぽんっと水鏡を潜り抜けた。

 その先にさらに水鏡が現れる。

 抜けた先にはまた水鏡、それらを次々と潜り抜けていくたびに黒が主体だったリーシャの服が白と水色のアイドル風の衣装へと切り替わっていく。

 短めのスカートはそのままに長いハイソックスにお腹を包む優しい布地。

 そしてツインテールにまとめられた髪の毛にはセーラが作った髪飾りが添えられる。

 そして最後の鏡を抜ける前に一瞬だけ私が体の制御をとる。

 そのまま水星詩歌すいせいしかを消すと両手でセーラとアカリの手をつかんで引っ張った。


「「えっ」」


 三人に合わせて大きく膨らんだ水鏡を潜り抜ける。

 するとリーシャ、セーラ、アカリの三人がおそろいのアイドル衣装に身を包んでいた。

 足元に広がる水鏡の上、三人のアイドル衣装を水の中にだけ存在する虚構の月が淡く照らす。

 三人の動きを私の方で強制的に一元管理しながらリーシャに代表して台詞を言ってもらう。


「鏡に映るこの花が」


 一歩前に。


「兎と唄う御伽草子ものがたり


 リーシャがさらに一歩前に進み出ると同時にセーラとアカリがポーズをとる。


「水面に映えるこの月と、母に捧げる愛の歌」


 天空より星が舞い、足元にも出現した虚構の湖の中にだけ映る巨大な月が光り輝く。

 さぁ、皆さんお立合い。

 三人の姉、陰陽勇者のユウがプロデュースする今宵限りの限定ユニットの出現だ。


「私達はトライアリス」


 左右のセーラたちも前に進んできて手を広げると、先ほどまで周囲の無人だった場所に座った状態でぎっしりと人影がひしめいているのが見えた。

 自分たちの状態が理解しきれずに騒めく聴衆たち。

 その中央でそっと眠る私の体が視界に入った。

 水星詩歌が再びリーシャの前に出現する。

 そのままの位置に向けてリーシャが手に持った水星詩歌を使って皆に向けて囁く。


「聞いてください」


 静まり返った観衆。


「スターレクイエム」


 強制的につながれたこの世界の御歴々を前にリーシャの声が目の間に再出現させた水星詩歌を経由して響いた。






















「え、月華王げっかおうって使えないの?」


 頷いたレビィ。


「普通に動かそうとしても動かんやろうな」


 それは金髪赤目の天然パーマ少女に転換したレビィと夢の世界に帰還する直前にした最後の作戦会議のこと。

 怪異を怪獣に転換するってとこまではすんなりと話がまとまった。

 問題はその先、怪獣を倒す手段についてのところ。

 レビィと私が見積もる該当怪獣の深度は最低でも五。

 時間切れを狙って凍結処理すればいいだろうというレビィと、何とか打倒して水星詩歌に再転換したい私とで意見が分かれた。

 ランドホエールの時はグダグダにはなったけど結構何とかなったからさ。

 月華王でもいけるんじゃないかとおもって話をした時にされたのが、現在、月華王は普通には動かない状態にあるという抜本問題だった。


「白ちゃんとか動いてんじゃん」

「そりゃ部品はそうやろうが、総合機体としての月華王はマスター不在で待機状態スタンバイのままや。しかも前回の大戦のときに結合部分が破損しとる」

「まじか」


 前回の大戦、レビィが言うそれは月の女神ティリアと子供である四龍王による総力戦のことだ。

 その結果としてユーディアライト大陸、テラでいうとこのユーラシアの東部と月が物理で大破。

 女神ティリアもこの世界から姿を消すこととなった。


「結局のとこさ、ティリアってどうなったのよ」

「生き物としてという意味でなら死んどる」


 あー、やっぱそれでいいのか。

 この世界の創世神話の結末って龍王たちによる親神殺しおやごろしであってたのね。


「せやけどアレはほんとに特殊や。すべてのMPムーンピースにもティリアの魂がはいっとる」

「なるほどねぇ。月の女神言うと月にいる女神と思いがちだけど、実質は月自身がティリアだったわけね」


 だから、私がかき集めた億を超えるMPで月が出現したわけか。


「せやから、月華王を使ういうても問題だらけや。ティリアがおらん状態で総体としての月華王にいうこと聞かせんのは骨やで」


 そういって私の手元、復活してきてふんふんと鼻を鳴らす白ちゃんを見たレビィ。


「それってさ本人が絶対必須なんかね」


 私がそういうとレビィが考え込んだ。


「どうやろうな。SGMエスジーエムの管理者ならティリアが必須なんやが……」


 SGMという聞きなれない単語が出てきたが、とりあえず関係なさそうなので今はスルーする。


「あくまで八等分したパーツのいくつかをそれなりに動かしたいっちゅー話なら、まー、やってやれんことはない。せやけど、それにしたって最低限、月華王を王機としてたたき起こして誰かに操作権限を落とさなならん。ティリア本来の権限は無理やとしても、あれと同じ波長の魔法の力は必須やろうな」


 それなら当てがある。


「それってソングマジックでも行けるかね」

「せやな、その手があったな」



















 初手、ソングマジック。

 レビィと私が決めたファーストターンの手順はそれで決まりだ。

 細かいところは私のアドリブ任せということで最低でもリーシャ本人、できればセーラやアカリを巻き込んだ形でソングマジックを発動することとした。

 そして今、大量の観客の前で三人が歌い踊っている。

 なお、存外楽しそうなセーラに対して、よく見るとアカリが冷や汗書いているあたりに二人の性格の差が出ている。

 リーシャは私が歌わせながら散々都市を連れて歩いたことで、こういうのには慣れてる。

 だから、普通にセンターで歌ってるね。

 そんな三人の歌がリーシャによってソングマジックの形に束ねられて、神殿の舞台の上でティリアに奉納されていく。

 ソングマジック自体は複数使い手がいるという話だけど、システィリアの神楽舞台での奉納は当然全員が初めて見るわけだ。

 全体のうちおおよそ二割くらいが驚きで少し腰を浮かした状態でステージに見入っている。

 そんな三人の晴れ舞台を見ながら私は次の準備をしながらレビィとの打ち合わせを思い出していく。



















「最初はそれでいいとして他はどないする」

「一個ずつ片づけてこうか。まずさ、死者や神、英霊なんかの顕現けんげんを実施するときには基本として旧知の人やそれに代替えできる触媒、聖遺物せいいぶつなんかを利用するわけだけどティリアに関する聖遺物ってあるかね」

「あることはある。今外に再現されとる世界やと都市そのものがそうやな」


 そういやそうか。

 エンシェントシティでティリアの名前が冠されてるんだものね。


「となると一応は条件は満たすけどダメ押しが欲しいね。レビィ、ティリアの知り合いとまではいかなくても、それなりに詳しいメンツを夢の中に引き込むことって出来んかね」

「やってできんこともないがワイの権限で呼び出しかけたとして、もしそれができてもうたら逆の意味で後が怖いで」

「どういうことよ」

「そら、ワイことレビィが呼んでワイを知っとる連中がその名前に反応してくるっちゅーことやからな。外におるはずのワイの本体が、すでにレビィではのうなってるってことや」




















 そしてレビィの強制召喚に反応して呼び出された連中がここにいると。

 ははっ、先々いろいろめんどくさそうだけど、それも今はいいや。

 ソングマジックの波動がリングのような複数の輪になって響く中、正面から見て右にいたセーラが左手を伸ばした。

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