セーラ達の秘密

 リーシャが寝た後の食卓。

 何時ものように外には虫の音が聞こえる。

 同じ音のように見えて一切同じ音はない。

 この風景もいつかの日に過ぎ去った幻影なんだろうね。

 涼やかな潮風が入ってくるテーブルに、私、沙羅さら、アカリ、セーラの四人が座っていた。

 私の傍にはレビィが頭を出している。


「確認しますけど、セーラやレビィの仕業ではないんですね」

「ええ、私達じゃないわ」

『そもなんでそないなことせなならんねん。意味ないやろ』


 そこなんだよね。


「えっとセーラさんたちがやってたことって、その……」


 口ごもる沙羅の言葉をセーラが継ぐ。


「この都市を破壊するための仕込みよ。正確に言うとレビィを完全開放するためにエンシェントシティとしての機能を全停止する必要があったの」

「それでちょいちょい魔導のラインがおかしくなってたのかよ。ほんっと、直すのめんどくさかったです」

「そう、結構アカリちゃんに直されちゃったのよね」

『真面目な話、本気で作戦遂行するんやったら真っ先にアカリは消さなならんかったで』


 セーラとレビィの視線を受けてアカリに冷や汗が流れたのがわかる。

 まぁ、そうなるよね。

 つまりだ、セーラたちは年数をかけてこの都市自体をちょっとずつ壊してきたということなんだわね。

 その目的は怪獣レビィアタンの完全開放。

 完全開放した後でなにするのかということに関してはセーラは「ないしょ」というだけだし、レビィも一切思考を読ませてくれない。

 まぁ、つまりはそう言うことらしい。

 ただなぁ、以前から気になってたことがあるんだよね。


「ねぇ、セーラ」

「なぁに?」

「セーラたちの計画だとさ、この都市の人ってどんだけ生き残る予定だったのさ」


 私がそういうとセーラは黙ったまま静かにほほ笑んだ。


『ゼロやで。ワイが全部食う予定やからな』


 食卓に沈黙が広がる。

 私は腕を組みながら少しうなる。

 思考をまとめたあとで口を開いた。


「そこなんだよなぁ」

「どういうことですか」


 こういう話になるとしっかりついてくるアカリが問いかける。


「セーラ、レビィ。そこんとこでなんか隠してるよね。もうちょいいうと、たぶん『私らに言えないことがある』」

『「…………」』


 一人と一匹は黙して語らない。


「セーラは外、あと月華王を認知できないみたいだけどレビィは認知してる。つまり、レビィは今現在、外の世界でも健在だということになる」


 椅子から立ち上がりそのまま外を見る。

 こういう時にテラみたいな綺麗な月が空にあると映えるんだけどね。

 弱い双子の星と星明りだけだとちょいと寂しいね。


「私はオンミョウジであって探偵じゃない。だから真実はどうでもいい。けどかじった程度の我流であっても陰陽関係の端くれだからね、契約や約束、それと物語の流れにはちょいとうるさいのさ」


 振り返るとレビィの顔が傍にあって一瞬ひやっとする。

 随分前にかけなおした、驚いた時や生命の危機の時に動作する認証フィルターがきちんと動作していることに少し安堵しつつ言葉を続ける。


「二人が言えないのは契約に縛られているからだわね。カリス教、正確には白の龍王とのやつかな」


 ふと視線を下に向けると白ちゃんも神妙な様子で私を見上げていた。

 なんとなく白ちゃんの頭の上に手を置いて撫でると白ちゃんが目を閉じた。

 月華王げっかおうの端末、白ちゃん。

 最初は中に白の龍王でも入ってるかとも思ったんだけどね。

 レビィたちが変な動きしないように見張るためとかか。

 ただ、それにしては動きが幼いというか稚拙なのよ。


「この子もそうなんだけどね。いろいろと可笑しいことが多すぎるのさ」

『せやろか』


 そういうレビィもそもそもからして隠そうとすらしてないよね。


「おそらく二人が契約の隙間を出し抜いた結果が何かの形となって現出している」

「何故そう思うの」


 視線を合わせ静かに問いかけてきたセーラに私は事実を答えた。


「だってリーシャは生きている」


 そう、これに尽きるのである。

 この点においてレビィたちの言い分と現実が完全に食い違っている。


「おそらくは元の世界の歴史、私流にいうと物語のストーリーラインではセーラとリーシャの悲しい別れとなって表現されたと考える。だがしかし、『この夢の中ではその流れは追うことができない』。正確にはそうならない様に私はこっちに来てからのすべての時間を費やして、トコトン妨害してきたわけだ」

『ホンマやな女やな。ちゅーかトイレの匂い嗅ぎにいったんも伏線なんか』


 恐る恐る聞いてきたレビィ。


「それは何となく」


 なぜみんな黙った。


「優ちゃん、普通はね、トイレの匂いかがれるっていやなものなのよ」

「私は気にしない、家族だし」

「ちょっとは気にしろよっ!」


 なぜそこでアカリが切れる。


「と、ともかく。優姉、いい加減結果を聞かせてください」

「せやね。この世界は皆の記憶で作られている。そして歴史というものは必ず補正が入る、つまり元に戻ろうとするわけだ。私はその元に戻ろうとする隙間にリーシャの心を救済する何かがあると踏んだ」


 そう、今回のミッションの最大の要点がここにある。


「今晩、みんなで見に行くよ」

「行くって言いますけど場所は分かってるんですか」


 例によってあて推量なんだけどね。

 私はアカリに頷くと場所を口にした


「忘れ去られた旧闘技場、そこじゃないかな」


 それ以外だと百人以上集められそうな場所が思いつかんしね。


「臭いモノには蓋をするともいうけどさ、隠したところで消えるわけじゃないのさ。そこにはもっと腐った何かが残る」


 私がそう言い切るとセーラが苦笑いした。


「だからって妹のトイレの匂い嗅ぎに行くのは辞めた方がいいわよ」

「善処するわ」

『嫌われるで、普通に』


 それはこまる。




























 小雨がちらつく曇天どんてんの中、その船は沈もうとしていた。


「船の方はどう」

「ダメやな。完全に制御系が暴走しとる。このままやと『怪獣化かいじゅうか』するで」

「レビィ、あなた始まりの怪獣なのでしょう、なんとかできない?」

「せやから無理やというとる。黒のとワイがこしらえた怪獣化メカニズムは中身がわからんものを上っ面のガワだけ深度に擦り合わせてうちらの世界に持ち込むやり方や。この船はそもそも一部に『怪獣の臓器』を使用しとる。それがほかの遺物を食らい始めてるんや。そも、深度五の船の時点でオーバースペックやで。それが、もう一段上がってもうたら間違いなく王機の自動防衛が動いてまう。消し去るなら今のうちや」

「せめて、中にいた子たちの体、回収してあげたかったのだけど」


 その人、セーラが血に濡れた手を頬に添えて嘆息した。

 その傍に水の蛇の姿を顕現していたレビィが周囲を見やる。


「残りのお客さんが見えたで」

「そう。なら、全力でおもてなしましょうか」


 炎上する古の船の上、その麗人、セーラは水とともに踊る。

 一振りするたびに船上のゴブリンの首が飛び血肉が舞い散る。

 水の輪が舞い散る都度、命が消えていく。

 座していても死ぬと考えたのか、複数のゴブリンが同時に飛び掛かった。


「神技、一衣帯水いちいたいすい


 セーラの両手の間から空間を一閃する一筋の水のラインが伸びる。

 鋭利な刃物と化した水が宙を舞う。

 結果、ゴブリンたちの胴が上下二つに泣き別れた。

 それを見た残りのゴブリンたちが、船の外へ逃げるため背を向け走る。

 だが、その足元に出現した数多の水の蛇によってその足は絡めとられていた。


「水清ければ月宿る。あなたたちのような汚れた水、一滴も漏らさないわよ」


 それを見やりながらセーラは両手を上にかざすと今度は円形に回る水のギロチンが数多出現した。

 それはまるで水でできた平たい月のような、淡く輝く青い円月をセーラは解き放った。


「神技、水清月宿すいせいげっしゅく


 まるで意思を持っているかのように水の鋸が宙を飛び、ゴブリンたちの首を跳ね飛ばしていく。


「さすがはギロチン聖女やな」

「冗談はやめて頂戴。そろそろ最後のアイツ、やるわよ」

「了解や」


 二人が見やるは船上に雄たけびを上げる巨大なゴブリン。

 人を食らい、他のゴブリンも食らいて位階を上げたゴブリンの王。

 それがへし折った船の部材を振り回す。

 一撃当たれば大体の者は砕けちるであろうその攻撃だが、麗人と蛇には当たらない。

 するりするりとかわしながら、時折見せる水の障壁を使って攻撃を受けず流していく。

 無詠唱で使っているのは神技、智者は水を楽しむ。

 それは水による探知を用いて、攻撃を回避し続けるという受動技である。


「私は智者にはほど遠いけど、あなたと比較すればまだましね」


 ちらりと見やる其処には手から先、頭にかけてを食い尽くされた血にまみれたドレスの死骸があった。

 その下には鳴き声どころかすでに動かなくなった赤子がいた。


「レビィ、仕留めるわ。動き止めて頂戴」

「了解や」


 セーラに応えたレビィの言葉に応じるように空間の端々から、まるで宙を割って出現したかのような光の蛇が数多出現し、ゴブリンロードを拘束する。

 締め付けられる苦しさにもがくゴブリンロード。

 だが拘束は外れない。


「ワイ、これでも王機の試験機の制御担当やったこともあるんや。せやからな、小僧」


 光の蛇の一体がゴブリンを見つめがぶりと噛み付く。


「ぐがぁぁぁぁぁああああああああああああ」


 暴れるゴブリン、だが拘束は外れない。

 その間にセーラが両手を組んで祈るような姿をとったのちに、その組んだ両手のこぶしをまっすぐにゴブリンロードに向けた。


「そのロッキングユニットは王機の追放兵装にも採用されとるんやで。怪獣王ならいざ知らず、お前さん程度の深度じゃ破れんわ。いまや、セーラ」


 光り輝くこぶしをゴブリンロードに向けてセーラが言葉を発する。


「すべてを水泡に帰すわ。神技」


 そして神技を解き放った。


山紫水明さんしすいめい


 膨大な量の光の蛇がセーラが放つ水の流れに導かれてゴブリンロードに襲い掛かる。

 そのまま胴体に大穴を開けた光と水は、怪獣ですらかじり尽くせなかったとされる古の船を砕きながら海を割り水平の彼方へと飛び去って行く。

 魔法に近い強固な因果改編の力を受けて、空は虹色に光り輝き空間がきしむ。

 その中でセーラはゴブリンロードに背を向けるようにくるりと反転した。


「その呪い、水に流します。お帰り坊や」


 言葉と同時に爆発四散したゴブリンロード。

 一番大きな個体を微塵にすると船上にはセーラとレビィ、それと数多の死骸だけがのこった。

 セーラの無慈悲なまでに強烈な攻撃により、完全に大破し傾いた船がそのままゆっくりと海に沈み始める。

 滑らない様に水の足場で半身がないドレスの死骸の傍に歩み寄ったセーラは真っ赤に濡れた動かない赤子を抱き上げた。


「レビィ」

「なんや」


 セーラは懐から光り輝く龍札を取り出した。

 そこに書かれているのは『子』の一文字だけ。


「決めたわ。この子にする」

「同情ならやめとき。どのみち神技と札つこうて蘇生しても出来上がるんはお前さんのスペアボディや。半端に情が移りそうなんは辞めた方がええ。感情移入するくらいなら手伝わんで」


 レビィの言葉に首を横に振るセーラ。


「この子がいいの。お願い、レビィ」

「あかんて。やり直しはきかんのやで」

「それでもよ」


 水の蛇は数秒の沈黙ののちに嘆息した。


「しゃーないなぁ」

「ありがと。レビィ、この船で死んだすべての命の代価をこの子に注ぐわ」

「了解や」


 セーラとレビィの言葉が終わると同時に周囲のゴブリン、そして原形をとどめていない多くの亡骸から青い光が集まりレビィへと収束する。

 光が集まるレビィは何時しか金色へと姿を変え、そこから漏れ出る光が次々と赤子に注がれていった。

 周囲の空間には大量の蛇が不思議な光の文字とともに飛び回る。


「時間が足りん。こまい調整は全部後回しや」

「ごめんなさいね」

「いつものことや、ソータに比べりゃ全然ましや。ええで、はじめや」


 レビィの言葉にセーラが頷く。

 いつ崩れ、沈むかわからない不安定な船の上でセーラが祈りを唱える。


「光あたらぬ水底で」


 雲が割れ光が差し込み二人を照らす。


「あの子に捧げた愛の歌」


 セーラは血にまみれたその赤子の胸元に『子』の龍札を押しつけた。

 すると札がするりと赤子の中に潜り消える。


「あなたに捧げる半魂と、目覚めのキスを交わしましょう」


 セーラは血に塗れたその子の唇にそっとキスをした。

 繋がれた二人を複雑な幾何学模様が廻り、金色の光が中から溢れ出る。

 その光が照らすなか、赤子の額に『子』の文字が浮かびすぐに消えた。


「おはよう、私の可愛い子」


 沈む船の上、セーラが赤子を抱きしめる。


「最終神技、子孫繁栄」


 光が終息すると赤子から小さな寝息が聞こえ始めた。


「セーラ、限界や。脱出するで」

「わかったわ」


 水を使って宙を舞い、水面に降りた二人。

 そのまま後方で爆発とともに沈没してゆく船の影響を受けて、大きく揺れる海上をまるで硬い地面かのように歩いていく。


「ほんま後で怒られるわ」

「ごめんなさいね」


 そう言いながらも笑うセーラが血に塗れた赤子の髪を整える。


「怒られついでにいいかしら」

「なんやねん」

「この子、名前どうしましょうね」

「感情移入するなとさっきいったばかりなんやが」


 苦く吐き捨てるレビィに微笑で答えるセーラ。


「いいじゃない、そのくらい。理沙りさ……いえ、あの子はあの子。あの子の妹だから、似た感じで少し変えて……そうね、リーシャなんてどうかしら」

「勝手にせいや」


 後方では船がその姿を海の中へと消していく。


「せやけどほんま忘れたらあかんで。それはお前さんが全部をワイに食わせた後に、世界に残るためのくさびや。十年後にはお前さんの記憶を上書きせならんのやで」

「わかってるわ」


 ほんまわかっとんのかいな。

 そんなレビィのボヤキは波の音に消され消えていった。

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