姉妹の団欒 in レビィティリア

「ほら、言ったとおりでしょうが。ということでセーラ、賭けは私の勝ちです」

「ほんとアカリちゃんのいうとおりだったわね」


 そう言いつつセーラがアカリにコインを手渡しした。

 いったい何の賭けしてたんよ、この子ら。


『ほんま、ワイ、こいつの面倒みんの嫌やわ』


 私の傍に水で頭部分を作り上げたレビィがぼやく。

 今は日も暮れて皆で食事をとりながら過ごす時間。

 その日あったことを、それぞれが話していたわけなんだけど最後が私だったというわけだ。

 というか髪の毛の色とか目の色とかも変わってるわけなんだけどさ、みんな見た瞬間一瞬引いて、その後でなんか変な納得した顔してから何も聞いてこないのって何なのかね。


『あきらめとるんやろ』


 諦められるようなことした覚えないんだけどなぁ。


「別に変なことはしてないんだけどな」


 私の独白に沈黙する妹達。


「リーシャは毎日見てるもんね。普通よね」


 リーシャが恐る恐る口を開いた。


「えっと、いつもは普通だよ。ユウおねーちゃん。お散歩したり猫探したり水のとこをジャンプで渡ったり、沙羅さらおねーちゃん呼んだり色が変わったりとかするけど。う、うん。ふ、普通?」

「普通かなぁ」


 リーシャの傍で沙羅が首をひねる。


「ふーむ、私としてはこっちで妹が出来てから、その時その時を一生懸命に生き抜いてるだけなんだけどね。思いついたことをできるだけやっとかんと、こっちだと簡単に流れにのまれるんよね。だから、ある意味これが普通だわね」


 私がそういうと苦笑するセーラとため息をつくアカリの姿が目に映った。

 物語論、私のオンミョウジの技法で説明するなら、このレビィティリアでは事件の起こるタイムテーブル、私なりの言い方をすると事件のタイムラインがほぼ固定されてる。

 通常であればこの辺りは変動するし、人の動きによっても大きく様変わりするからたとえ時間の先、未来が予測できたとしてもかなり変動的なはずなのよ。

 ところが月華王げっかおうが再現するここレビィティリアの一ヶ月においては、生き残った人の記憶に残る事件が大体同じ時期に起こる。

 少なくとも沙羅を呼ぶあたりまではそうだった。


 その後に発生した大きな差異が一つあるんだわ。


 前回、正確には現実のレビィティリアの大災害の時には複数名がやる気を失いぼんやりするという現象は起こっていない。

 つまり、月華王によって再現されたこの夢世界固有の事件というわけだ。

 だからいくら月華王の端末から記憶を読んでも全くヒントはでてこない。

 今日の午後にアルドリーネの端末の情報もさらったけど、本人の記憶が完全に混濁こんだくしていた。

 夢の中で夢見心地といえばいいかね。

 言い方はおかしいのだけど精緻に再現されているこの夢世界から、完全に目をそらしてる感じがした。

 同じくレビィの見ていた水の記憶も確認してみたんだけど、こっちは別の意味で収穫があった。

 何かというと対象となってる人物らなんだけど、夜間、それもかなり遅い時間にゆらゆらと地下水道に歩いて入っていっていた。

 これも本来の時間の流れでは発生しなかったことだわね。

 しかも全員、きちんと靴を履いて外着を着てといった感じで、通常想定する夢遊病とは完全に違った動きをしてる。

 そうさね、夢の中で夢を見つつどっかに外出する夢でも見てるのかって感じなんだわ。

 どちらにせよ移動してるのは確か。

 あとレビィの力を使えるようになった後、都市全体に水を伸ばしてうろついてる月華王の端末を全部捕まえて情報を総ざらいしてみたんよ。

 結果、現時点でアルドリーネと同様の現象を起こしてる人はおよそ百人ちょい。

 それらの人が毎夜、きちんと着替えたうえで地下水道を経由してどこかに行っている。

 それについてなんだけど詳細な場所は実際に後をついて行ってみんことにはわからんけど、地下の空間でかつ行ける範囲、それでいて百人を超える人数を収容出来る場所というと結構限られてくるわな。

 そんなことを私がつらつらと考えていると、食べ終わった食器をそれぞれが片付け始めた。


「リーシャ、そろそろお風呂はいりなさい。ユウちゃん、いつも悪いのだけどお風呂お願いね」

「りょーかい。沙羅の方はどんなよ」

「水の制御は大体できてるわね。今やってるのは主に不意打ちに対する訓練よ」

「なるほど」


 そういうとセーラが沙羅を誘っていつもと同じように訓練のために庭の方に向かっていった。


「じゃリーシャ、お姉ちゃんお湯沸かしてあげるからお風呂入っちゃって」

「はーい」


 ここ数日の食後のみんなの動きはほぼ決まっている。

 アカリが据え付けた魔導の洗浄機を使って食器洗い。

 まぁ、大体は魔導具がやってくれるらしいので本人は多分遊んでるんだわね。

 楽するためには苦労を惜しまないという点については、あの子はほんっとぶれないよね。

 庭ではセーラと沙羅が訓練、その間にリーシャをお風呂に入れてから寝せるので私が風呂の湯を沸かす係だ。

 上層だと風呂も清掃も魔導具による全自動らしい。

 だけど、魔導具自体が高いのもあって上層以外ではまず見ない。

 中層で一般的に使われているのが移動できる簡易魔石をセットしてお風呂を沸かすという形式なのだけど、これが毎日お風呂に使うには無理があるらしい。

 なんでも、蓄魔ってやつのからくり自体が結構いい値段がするそうで、大体の魔導具用には製塩浄水器のとこに一緒についてる蓄魔装置で満タンまでためて運んでるんだわね。

 つまり簡易の発電所みたいなもので、上層の住宅で各家にあったというのがいかに贅沢してるかというのがわかる。

 結果、電池みたいに貯めたものを運んで熱を出すわけなんだけど、たぶん一番イメージしやすいのが、テラでいうならプロパンガスの湯沸かしだとおもう。

 そして、セーラの家は魔石と薪を併用したタイプの湯沸かしだ。

 いやー、懐かしいわ。

 妹の明日咲あずさが二階に住んでた田舎のばーちゃんちもこのタイプだった。

 最初の一気に温度上げる時だけ薪使って、後は追い炊きとかはプロパンだったのよね。

 そんなことを考えながら適当に薪をいれる。

 火に近づきすぎた白ちゃんが、熱かったのかはねてよけたのをみて私は小さく笑った。


「リーシャ、熱くない?」

「大丈夫ー。ありがとう、おねーちゃん」


 いい感じみたいね、薪を足すのはこの辺りでストップかな。

 中層では人によっては風呂に入るのを数日に一回にして、水路で体を軽く流す人も多いらしい。

 全体的に気温高めなのもあって日中に体洗ってる人を見るかな。

 沙羅がやってる水先案内で町全体をくまなく回ると、すっごく雑な衝立が立ってるのを見るわけなんだけどその中では女性が水浴びしてる。

 ただそれでもやっぱり匂いはするわけで、セーラの店には女性が匂いをごまかすために体に付ける香水も売られている。

 ちなみにいうと男だと人によっちゃ半裸で銛もって水路で泳いで、そのまま魚取って帰ってきたりもする。

 ほんとこの町はさらっとしてるというか、ザルというか。

 以前にそう言ったらアカリに優姉みたいな都市ですよねとかいわれた。


「おねーちゃん、もうちょっとあったまったらあがるー」

「はいよー」


 きっと中ではいい感じでリーシャの出汁が取れてるわね。


『自分、ほんと碌なこと考えんな』

「別に飲んだりしないわよ、流石に衛生的にね」


 水の頭を作り出したレビィがあきれたように口を開く。


『ほんまかいな。お前さんの記憶見たけど妹のトイレ、使用後の香嗅ごうとしたやろ』


 アレは消臭剤まかれるとわかりにくくなるんだけどね。

 こっちだとマリーの空気浄化以外には消臭方法がなかったから試せるなとおもってさ。


「あれはアレよ。龍王の子ってトイレどうなのかなっておもってさ。普通気になるじゃん、アイドルはトイレ行かないとか言うけど実際はバリバリ食って出してるわけで一部のファンは匂い嗅ぎに行きそうだと思ったことないかね。自分の相手への愛情を確認にとかさ」

『思わん、アホちゃうか』


 ふとすぐ近く、庭先で訓練してたセーラたちを見ると二人とも手を止めて私のほうを見ていた。


「お、おねーちゃん。そのもしかして」

「大丈夫、さすがにこっち来てからはやってない」

「…………」


 涙目になった沙羅の頭をセーラが撫でた。


「ユウちゃん、ほんとそれやめたほうがいいわよ」

「そうかね。私、トイレの匂いで妹の健康状態大体見当つくから、たまに嗅いでおいたほうが安心なんだけどね。姉だからね、妹の健康管理ぐらいには気を配るさ」


 私がそういうとセーラと沙羅が心底微妙な顔をした。


『こいつマジでいうとるな。というかなんやねん、この無駄に多い匂いの記憶は』

「あれレビィに言ってなかったっけか。私、例によって嗅覚を凍結してみたことがあるんだけど人間って面白いもので認知できなくてもひどい匂いだと自動的に吐くのよね」

『そら、そうやろ。生理反応やからな』

「だからさ、気になったのよ。人間、食えるものと食えないものって結構匂いで区分けしてるじゃん。ならさ、例えばトイレの匂いとかで健康状態を識別したりできんじゃないかなって」

『おま……それで試したんか』

「うん。同級生や下級生に協力してもらって、とりあえずトイレに行くときにはついて行ってみてそれで情報集めた。身近な人なら食ったものとか分かるしね」


 安藤優、オリジナル姉技能の一つ。

 トイレの匂いでその日の妹の健康状態が大体わかるってやつだわね。


『マジでそんなんできるとでも思うとんのか』


 いや、結構できるもんなんだけどな。


「ほら、よく動物に詳しい人でさ、追跡してる野生動物の糞の状態でいろいろ見分けられる人いるじゃん。野生動物でそれができるなら人間もできるかもっておもったわけなのさ。私の場合だと人格や保有情報を細切れにしてつなぎ合わせって、我流オンミョウジの技法としてできるし。必要だったのはサンプリングデータだけだったのよね」

『んなあほな。自分、その認証フィルターとかいうんの人間やのうて猫のやつとかつけたんちゃうんか』

「いやー、さすがにそれないはずなんだけどね。たぶん」

『自信ないんかいっ!』


 そんな感じに私とレビィが楽しくじゃれてると、セーラが沙羅との訓練に使っていた水の鞭を消してから私の方に歩いてきた。


「なんかあれね。ユウちゃんのしてることって、レビィが言うみたいに猫がほかの猫のお尻の匂い嗅いでるみたいな感じね」

「せやね。いいもの食べてる時の匂いはやっぱ違うわよ。あとツキのアレとかもわかるわね」


 というかどちらかというとそっちの方が気になってたんだけどね。

 妹転換という謎魔法で変更された子らって生理現象がどうなってるか、普通に気になるよね。

 結論から言うと、月の生理が来てるのは主要なメンツの中ではシャルとアカリだけだ。

 その二人以外、具体的に言うと兵士から転換したアカリの妹たちの中だと来たり来なかったりしてるっぽい。

 そしてだね、最初に気が付いたのは魔導士の二人はどうも生理が軽いらしいのよね。

 そこについてタイミングを見て一度聞いてみたんだけど、なんでも月魔導で処理してるらしい。

 月魔導を使えば月の周期もいじれるし、避妊とかもできるという話だ。

 カリス教は月魔導は神聖術と称して引き継いだみたいだけど、この辺りは関係するのかね。


「そ、そう。私、あなたの妹になったことをちょっとだけ後悔してるわ」

「大丈夫、セーラの匂いのデータはまだ集まってない」

「ちょっと、やめて。ほんと勘弁して、お願いだから」


 私が真顔でそういうと、セーラが後ろに手をまわしながら後退った。


『セーラのこんな動揺の仕方、初めて見たわ』

「ほー、なら得したね」

「おねーちゃん、わたし、そろそろあがるー」


 私が一人納得してると風呂場からリーシャの声が聞こえた。


「はいよ。きちんと体拭くのよ」

「はーい」


 リーシャが上がったのを確認してから私はセーラと沙羅の方を見やる。


「今日の訓練はおわり?」

「はい」

「基礎はできてるし、沙羅ちゃんは昼も働いているからね。この辺りがいいでしょ、実践はこの後でもできるわけだし」


 そう、大体この後、リーシャを寝せた後はマーマン狩りに出かける。

 ただ、今日は私の都合でちょっと予定を変えるつもりでいる。


「そのことなんだけど今日はちょっと別なとこに行かんかね」

「別なとこ?」

「うん。アカリにはさっき言っておいたんだけどね。食事のときにいった朝になると満足してるっていうやつを調査しようかと思ってね」

「なるほど、そういうことね。いいわよ」


 さて、アカリにも声を掛けますか

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