退廃都市

「昨日の一番はお見事でしたな、流石はジャクサニアソン卿、良いモノをお持ちだ」

「いやいや、あれは偶然手に入れたモノでして」


 都市の最上部、巨大な池の周囲には一つを除いて背の高い建造物がない。

 それは池の主であるというレビィアタンを刺激しないためという建前の元、都市の為政者によって建造制限が掛けられていたからである。

 塩湖の傍には巨大な神殿があり、湖に向かってせり出した舞台からは湖が一望できるようになっていた。

 かつて、都市が創立された頃には月の女神ティリアへの祈りの舞がささげられていたというその場所。

 月日は流れ祭事の形式は形骸化の後に完全に忘れさられていった。

 そして今、都市を代表する支配者層である貴族たちの交流と懇談、そして都市の行く末を考えるという名目での宴が開かれていた。

 そんな中、これまた形骸化した都市の代表たちによる打ち合わせを早々に切り上げた彼、トマスは池の傍の見晴らしのいい場所で一人嘆息していた。


「セーラに合わせる顔がないな」


 トマス・フォン・レビィテリアはこの都市の領主にして代表である。

 だがその実態は限りなく飾りの領主に近く、都市の実権を握っているのは彼の離れた位置で闘技場の会話に盛り上がる貴族たちである。

 太古より、レビィテリアは世界的に見ても恵まれた位置にあり、海産類が豊富なこともありその販売と観光を主体に利益を産み、それを元手にした交易で都市を維持してきた。

 その一方で上層部の腐敗は根深く、都市の地下に建造されていた闘技場にて毎夜おこなわれるマーマン同士の殺し合いでも巨額の富が動いていた。

 結果、おおよそ二百年前には闘技場を中心とした事業が表の事業の収益を大きく引き離し、上中下の層を問わず、全ての住民がマーマンたちの命を懸けた賭け事に夢中になっていったのである。

 さらに悪いことにはトライが持ち込んだ経済の知識が状況をなお一層悪化させていった。

 試合結果の現物購入に対して、試合が少ない時期の補助取引物として導入された先物商品。

 その売買による差益によって商売を起こすものまで出現すると、人々は更にこぞって賭け事にのめりこんでいった。

 それから数世代、本来であれば周期的な儀式や奉納を欠かさなければ維持できたはずの都市の施設群は徐々に、だが確実にその動きを止めはじめていたが、それを気にする者は当時にはほぼいなかったのである。


 封印都市レビィティリア。

 かつて、四柱の龍王と女神ティリアが健在だったころにその総力を用いて建造されたエンシェントシティ。

 神々がいったい何の目的でこの都市を建造したのか、それはもう誰にも分らない。

 だが歴代の領主、都市の王にだけは連綿と語り継がれる物語があった。


 この都市の上層部、それも古い家にだけ伝わる秘匿された物語。

 それは怪獣に零落したおちたレビィアタンの力を借りて、海に眠る数多の大怪獣たちを封印するための巨大装置だというものであった。


 そして四十三年前、都市の機構が全停止すると同時に海から大量の上位怪獣が上陸してきたのである。


 暴走した怪獣軍団は同じエンシェントシティからの増援、および王機によって駆逐されたことから都市そのものが完全破壊されることはかろうじて免れた。

 だが、その爪痕は深かった。

 怪獣による蹂躙じゅうりんにより長い年数放置していた周辺集落と耕作地は地形もろとも見る影もなく消え失せ、同時期にレビィティリア都市内で多発したマーマンによる住民の殺戮によって都市人口は最盛期の一割を割った。

 その結果、自分達のみでの再興は絶望的と判断した当時の領主、当代であるトマスの祖父、アダム・フォン・レビィテリアはロマーニ国に併合を提案。

 その時点をもって、国としてのレビィティリアは滅びたのである。


 当然ながら荒れ果て動かなくなったこの都市では価値がないと、ロマーニの貴族や諸侯達は猛烈に反対した。

 周辺国から見ても当事者から見てもそのまま朽ちるかと思われたレビィティリアだが、思わぬとことからの助けが舞い込むこととなる。

 それは若くして才気を発揮していたロマーニの王、シャルマー七世が実父である先代の王や貴族を説き伏せたのち、国内を一年をかけ回り諸侯を説得したことであった。

 彼の尽力の結果、併合手続きが龍王の立ち合いの下で正式に発効。

 レビィティリアの土地、領民、そして都市を含む遺産のすべてがロマーニの一部となったのである。

 その後、シャルマー七世は学術都市アルカナティリアで確立した魔導と魔導装置の先端試験場としてレビィティリアを選定、この都市には他の街にはない優れた魔導具が優先的に割り振られたのである。

 それと同時に王自ら地下遺跡に元の学友たちと供に潜り、動きを止めていた古代遺跡群の再稼働を成功させるという偉業を成し遂げる。


 それからの復興は目覚ましいものであった。


 他の都市ではエネルギーの関係で動かない魔導装置もこの都市であれば無理なく動作し、都市にはその時にはまだ残っていた低深度の怪獣や魔獣、ゴブリンなどを刈り取るために訪れた冒険者、学都から移り住んできた研究者が来訪し見たこともないような活気にあふれた。

 その裏で、上層部の住民は自分らの道楽のため、以前とは違う地下遺構に闘技場を再開した。

 都市の歴史を回想しながらトマスは独り言ちる。

 あの王のことだ、このことは恐らく把握していただろう。

 だが、あの王はあえて口を挟むこともなく、ただ周期的に冒険者をこの町に派遣しマーマンの幼体を生け捕りにしていた。

 やがて周囲の魔獣も怪獣も狩りつくすと冒険者は徐々に減り、古代遺跡についても表層部分の研究が終わり新型の魔導回路への組み換えが主体となると、研究の中心地は王都の研究施設へと切り替わっていった。

 その過程において都市の深い部位における独自研究は王により厳禁され、多くの不満が上がった。

 しかしその一方で、魔導王が都市にもたらす最新技術が魅力的であったこと、また生活は時を追うごとに豊かになったこともあり、元々学術などに興味のない人々の話題には上らなくなっていった。


「ここは変わらんな」


 貴族にして珍しく酒が苦手なトマスがグラスに継がれたワインを一口含む。

 復興を遂げたレビィテリアは賑わいを取り戻していた。

 その一方で人々の欲と怠惰は変わることはなかった。

 むしろ魔導装置によって各自の屋敷にこもりやすくなったことと製塩浄水器が生む利益によって、なお一層ただれた生活をするようになっていたのである。

 その結果、裏庭と称して見目のいい男女を夫婦それぞれが囲い込むことが一般慣習となり、その結果生じる望まれない子供たちが日々地下水路へと流されていった。

 そうして生まれてくるマーマンたちの生死を掛けた殺し合いに毎夜大量の富が飛び交う。

 そんな都市の退廃を正そうとしては辛酸を舐めてきたトマスだが、その人生はある時を境に大きく変わった。

 当時、遠海航行の技術の再生について世界が切磋琢磨していた。

 そんな中、王都より勅令にて怪獣によって沈められた遠海航行船舶の漂着物の調査の依頼が下りたのである。

 モノによっては緘口令を敷かねばならないということもあり、トマス自身が信用のおける複数名の連れと腕の立つ冒険者を伴い調査に出向いた。

 その時トマスは出会ったのである。

 全身血まみれのまま小さな赤子を抱いて水面に立ちすくむセーラに。

 トマスがそんな物思いにふけっていた、その時である。

 娘、アルドリーネ付きの護衛であるカールの慌てた声が聞こえた。

 家を出たくないとフワフワした駄々をこねた娘に何かあったかとトマスが席を立つ。


「アイキャンフライっ!」


 空から午前に聞いた自称オンミョウジの少女の声が響いた。


「アホかーーーーーーーーーーーーーーー!」


 大きな叫び声とともに湖の水面に大きな水柱が立った。

 余りの轟音に他の者たちも何事かと水面近くへと走ってくる。

 やがて水煙が晴れそこには一人の少女の姿があった。

 慌てて立ち上がったトマスの視線の先には、娘のことで相談に行ったあの少女がいた。

 抱きかかえられた小さい女の子は目を回しながらも首に手を回ししっかり組み付いていた。

 やがて、視界が完全に晴れると水面を見つめる人々は息をのんだ。


 その者、黒のマントを羽織りて白黒赤の混じる特異な衣装と手には黒の手袋。

 そして輝く金色の髪に赤にも虹色にも見える不思議な色彩の瞳が皆を射抜いた。

 爆音とともに水面に降り立った彼女は怪しいバランスの魅力に満ち溢れていた。

 そのまま水を伴って滑ると水とともに高く跳ね上がり、音もなくトマスたちのいる舞台の上にすっと降り立ったのである。


「やぁ、楽しんでいるかね、姉妹きょうだい


 レビィティリアの上層部、古い貴族の家には古くから伝わる御伽噺がある。

 それは昔の物語。

 四柱の龍王と怪獣レビィアタンが古舞台にて祈りをささげる時。

 空から一人の女神が舞い降りん。

 金色の髪に虹の瞳。

 透き通る声に見たこともないような不思議な出で立ち。

 かつてこの世界の人々はその異形に対して畏怖を込めてこう呼んだ。


「月神……ティリアさま?」


 誰かがそう問うとその少女は被りを振った。


「ちゃうよ。私はオンミョウジのユウ。ティリアの姉妹、シス神を崇めるものよ」


 言葉と同時に翻るマントが煌めく水を跳ねて輝かせる。

 通り過ぎる沈黙の中、どこからともなく声が響いた。


『なんやねん、その友達の友達みたいなんは』

「いいじゃん、そのほうがわかりやすいしさ」

『まぁええけど。それはおいといてもや、ここにおるん大体クズやで』

「そうみたいね」


 どこからともなく聞こえる声に皆が怯える。

 そんな中、硬直から戻った一人の貴族が彼女に問いただす。


「い、一体、そのオンなんとかが何をしにここに」


 退廃都市たいはいとしレビィティリアとまで呼ばれるこの都市だが、意外なことにティリアへの信心はさほど薄れてはいない。

 それは四十三年前にここを襲った大惨事の話が未だ継がれているからであり、自分らが糧にしている都市そのものがティリアに由来するからでもあった。


「しいていうならそうさね」


 そんな皆の心情はどこ吹く風、その少女は一呼吸置くとニヤリという表現が似合う凄みのある笑みを浮かべた。


「あんたらの退屈をはらいに来た」

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