妹の黄昏 沙羅・アンドゥ・シス・ロマーニ編 後編

 引き続き私、沙羅さらがお話しさせてもらいますね。

 優お姉ちゃんから聞いた話だとこの町の人のほとんどが、このレビィさんに滅ぼされたそうです。

 このぐちゃぐちゃだけどキラキラした町も全部跡形もなく壊してしまって、いま私たちが見てるのは記憶の中の影法師なんだって優お姉ちゃんが言っていました。

 でもっ、でもですね、私はちょっとその話ピンとこないでいます。

 残酷な水の四聖とその契約怪獣。

 たしかにこの町の水が全部蛇になって襲い掛かってきたら、みんなすぐに死んじゃうと思います。

 ならなんでリーシャちゃんは生き残れたんでしょう。

 その話を夜に優お姉ちゃんとアカリちゃんにしたら二人とも難しい顔をして黙っちゃいました。

 だから私はきっとセーラさんやレビィさんにも何かの理由があったんじゃないかと思っています。

 きっと優お姉ちゃんだと「理由がどうあれ殺戮さつりく殺戮さつりくさね」といいそうな気もしますけど。

 私の頭じゃ答えにたどり着けないでしょうけど、二人なら、私の姉妹たちならきっと何か見つけてくれると思っています。


降妖水舞コウヨウスイブ、付け忘れたらあかんで」

「はい」


 私はレビィさんにそう答えると手元にあった降妖水舞を最後に身に着けました。

 それからマーサさんに譲ってもらった年季の入ったかいを手に取って家を出ます。

 全体的に治安はいいこの町ですが結構な頻度で泥棒は出ます。

 なので自分だけが使う道具とかは基本的には自分で持ち歩くなりして自己管理が基本です。

 部屋の中に置いている限りはセーラさんの契約怪獣であるレビィさんが見張っててくれるそうなので、頂いた私の櫂も帰ってきてからは部屋に置いています。

 ちなみにいうと、この櫂、すごく丈夫だそうで昼のお仕事が終わって家に帰ってきた後からしてるセーラさんとの戦闘訓練でもこれを使っています。

 最初折れるんじゃないかとひやひやしましたが、全然そんな気配はありません。

 むしろ一度間違って傍にあった庭の太い木の枝にぶつけた時に、枝を粉砕してしまってセーラさんにちょっと怒られました。

 なんでもこの町の水先案内人は戦闘力も必要だそうなので、頻繁に使う櫂は重くて丈夫だそうです。

 一度、アカリちゃんが持とうとしたんですが持ち上げることもできませんでした。

 私が持った時の感覚だと重いことは重いけど普通に使えるという感覚だったんですが、普通の人にはかなりの重さだそうです。


「さすがは河童かっぱね」


 そうセーラさんには言われました。

 正直、優お姉ちゃんたちよりは軽いと思うのですが、さすがにそれを言う度胸はありません。

 家を出ると最初に立ち寄るのは隣のセーラさんの家です。

 結構早くから店が開いているのでそこから奥に入っていきます。


「おはようございます」

「おはよう、沙羅ちゃん。今日もかわいいわね」


 セーラさんは毎日そう言ってくれます。

 ちなみに位置づけ的にはセーラさんはアカリちゃんの妹なのでさん付けはおかしいんですが、なんとなくセーラさんと呼んでいます。


「そんなことないですよ」

「沙羅ちゃんは間違いなく可愛いのよ。もっと自分に自信を持ちなさい」

「はい」


 そういいながらセーラさんが今日もお弁当の包みを渡してくれます。


「毎日すみません」

「いいのよ、好きで作ってるんだから。今日はちょっと凝ってみてキャラ弁にしてみたの。楽しみにしててね」

「はい。じゃぁいってきます」

「いってらしゃい」


 私は頂いたお弁当を小脇に抱えると小さくお辞儀をしてセーラさんのお店をでました。

















「随分上達したねぇ」

「マーサさんのおかげです」


 櫂を使いつつ船同士がぶつからない様に岸に付けてロープで固定します。

 この町では船の窃盗せっとうは重罪なので盗もうとする人は少ないそうです。

 それとターミナル近くに詰め所のある兵士さんも見ててくれています。


「じゃぁ、マーサさん。お昼終わった頃にここで」

「あいよ、いってきな」


 マーサさんはここ数日は中層にある馴染みの大きめの食堂でお昼をとっています。

 なんでもそこも今月の末くらいに閉じるそうで、馴染みの人たちと一緒に通ってるそうです。

 私の方は、ここ数日はちょっとした用事でターミナルに呼ばれているので、そこで食事をとってから午後に再合流です。

 お昼前までに数件のお客さんを運んだので、そろそろお昼です。

 この町に来た時に最初に入った建物のターミナルには今日も人がいっぱいいます。

 皆さんと挨拶しながら奥のほうに進むとギルドマスターがいました。


「よぉ、沙羅。十日目にしちゃ大したもんだな。客の評判も相当いい」

「そ、そうなんですか。ありがとうございます」


 口ひげを蓄えた初老のこのおじさんがギルドマスターのケインズさんです。

 あんまり強そうには見えないんですが、なんでも昔は冒険者をしてたそうで数日前に起こった客同士のいざこざを簡単に抑えていました。


「それで、すまないんだがまた運んでもらえないか」

「はい」


 ケインズさんの後をついていくと船着き場には複数の船に荷物がぎっしり詰まれた状態で据え置かれていました。

 この船は沿岸をそって移動してくる荷運びの船で到着するまでは冒険者が護衛をしていたりします。

 付いた後は荷役にやくのおにーさんたちがいったん奥の倉庫に運び込むのが本来の手続きなんですが、今はそのおにーさんたちがほとんどいません。


「なんか昨日よりも人が減っていませんか」

「ああ。なんか知らんがみんなぐったりしててな。やる気が出ないとか疲れてるとかふざけたこと言って仕事にきやしねぇ。元々うちの町は金に困って働きたいときに働く奴がほとんどだからな。無理に首に紐付けて連れてくるわけにもいかねぇんだ。つーわけでいっちょいつもの奴頼む」

「わかりました。積み順と行先の倉庫は?」


 私がそういうとケインズさんが入口が開いてる倉庫を指さします。


「あそこだ。結構は広さがあるから入れるにゃ足りるだろう。順番は問わないが軽めのものは後から入れて上に積んでくれ」

「はい。あ、あの。なんか昨日にもまして見物に来てる人がいっぱいな気がするんですが」


 何が面白いのか私にはちょっと分からないんですが、ターミナルにいた人とかもなんか見に来ています。


「おぅ、せっかくだからな。今日からは見物料もとることにした。あとで弾むから派手にやってくれ」

「は、はぁ」


 そう言われても私、失敗しないだけで精一杯なんですけど。

 とりあえずこの夢世界の中の森羅万象しんらばんしょうとレビィさん、それと水を強く意識します。

 そして持ってきていた櫂を両手で握って前に突き出してぐるりと一回転。

 コマンドを頭の中で詠唱しました。


「神技『河童かっぱの川流れ』!」


 宣誓とともに空中から沸きだした小さな水河童たちが次々と荷物を持ち上げていきます。

 そこに海から怒涛どとうのような水流が流れ込んできて持ち上げた水河童もろとも荷物を倉庫に流し込んでいきます。

 この『河童の川流れ』は最初の日に私が見せた水河童の舞を、セーラさんが神技じんぎと合わせて動作するように調整し直してくれたものです。

 安定性が上がった代わりに消費も増えてるんですが、魔導と比べると全然軽いそうです。

 この技を使うときに難しいのは倉庫内で崩れないようにきちんと積み上げる時の方なんですが、レビィさんが手伝だってくれてるのか今のとこ失敗したことはありません。

 大体三分くらい荷物を倉庫に流し込むと船の上の荷物がなくなりました。

 運搬と同時に運ぶのに使った水は近くの水路に返していきます。

 全部を運び終えた私は、水を払うような仕草で櫂を振って神技を止めました。


「「「「「「おーーーーーーーー!」」」」」」


 び、びっくりしました。

 なんだか周りのみんなが凄く興奮しているようです。


「いやはや、何度見てもすげーな」

「すごいのは私じゃなくて教えてくれた……あ、いえ。ありがとうございます」


 セーラさんが神技の師匠なのは内緒でした。

 とりあえず無事に終われてよかったです、緊張が解けるとお腹がすいてきました。

 夢でもお腹がすくんですよね、食べなくても死なないと優お姉ちゃんはいってましたが。


「じゃぁ私、いつものようにターミナルでお昼食べますね」

「そういや俺も飯まだだったな。たまには一緒に食うか」

「はい」


 ケインズさんはなんかお父さんみたいな感じがあって私は好きです。

 二人でターミナルに戻るとケインズさんは店から暖かい蕎麦を買ってきました。

 私はケインズさんが椅子に座るのを待ってからお弁当の箱を開きます。


「今日は何かな」


 そこにはディフォルメされた河童の顔がデデーンと描かれたお弁当がありました。

 周りで見ていた人たちもそれを見て硬直したのがわかります。

 多分、傍から見た私、結構黄昏たそがれてたとおもいます。

 可愛い、可愛いんですけどね、セーラさん。

 河童に河童弁当はどうなんでしょう。


「そのなんだ……可愛い、とおもうぞ」


 私のお弁当を見てケインズさんがぽつりとつぶやいたのが聞こえました。


「はい」


 あ、ちなみにお弁当はとてもおいしかったです。

 姉妹の愛が重くてつらい時もあるんですね、一つ勉強になりました。

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