妹の黄昏 沙羅・アンドゥ・シス・ロマーニ編 前編

 皆さん、お元気でしょうか。

 沙羅さらです。

 優お姉ちゃんにこの夢の中に引き込まれてから十日が過ぎました。

 この夢の中は外の世界と感覚がほとんど変わりません。

 夢だといわれないとわかんないかもしれないくらいです。

 朝最初にするのは一階に降りての顔洗い。

 洗面所に行くと優お姉ちゃんがパジャマのまま歯を磨いていました。


「ふふぁふぁぅ、ふぁふぁ」


 多分おはよう、沙羅っていってるんだと思います。


「はい。おはようございます」


 そのまま顔を洗ってから歯を磨きます。

 このひねると水が出る魔導具って本当便利ですよね。

 ジャグチっていうらしいです。

 顔と口の中がすっきりしたらもう一度お部屋に戻ります。


「よし、今日もがんばろ」


 来た時に割り当ててもらったのがこのお部屋です。

 アカリちゃんと優お姉ちゃんがお隣で一緒の部屋なんですが、アカリちゃんは大体夜遅くまで仕事してるのですぐには起きてきません。

 最初、私だけが別室って申し訳ないと言ったのですが、優お姉ちゃんがそうしたほうがいいというのでこうなりました。

 ここ数日で私物がいろいろふえました。

 自分の部屋にベットの次に入った鏡台に座って、髪の毛をブラシで手直してるとちょっとずつ気分が上がってきます。

 ブラッシングが終わったら、セーラさんに頂いた化粧水と乳液を順番に塗ってから少し乾かします。

 それが乾いたらその上に同じくセーラさんから頂いた日焼け止めを塗っていきます。

 そして最後に唇に薄いリップをします。

 身支度が終わったら屋内用の部屋着やパジャマとかがいっぱい詰まったクローゼットの中から一着の服を取りして着替えます。

 本当は他にももっとオシャレしないといけないそうなんですが、今の私だとこのくらいでも手一杯です。

 真っ白なお洋服に裾を通すと気が引き締まります。

 このお洋服はセーラさんの手作りで襟のところにひらひらした布が付いています。

 なんでもこういう襟が付いてるお洋服のことをセーラー服というらしいです。

 セーラさんはこのお洋服をワンピースのセーラー服と言っていましたが、スカートの丈は結構長めです。

 これは水先案内のことを教えてくれるマーサさんからそうしたほうがいいといわれたからで、一部の若い男の人だとスカートを覗くためだけに乗る人もいるそうで、相手するのも面倒な若い女の子だとロングに、恥とかは二の次で商売の糧にするため客が増えればいいとと割り切ってる若い子とかだと胸元が開いた服とかミニスカートを身に着けるそうです。

 最後にネックレスとポシェットを身に付けたら身支度はおしまいです。

 こっちに来てすぐかは覚えるのでいっぱいでしたが、十日たった今だとかなり慣れてきました。

 マーサさんには慣れた頃が危ないといわれていますので、注意はおこたりませんけどね。

 それとですね、私なんかと仲良くしてくれてる人もいっぱい増えました。

 最初は肌色が緑なので気持ち悪いという人が結構な数いました。

 私、元々ゴブリンですし仕方ないです。

 とはいっても最初に直接そう言われたときは、なんかすごくショックで泣いてしまいました。

 言われるまで気が付いてなかったんですが、私のお姉ちゃん達はそういう態度は私には一切見せなかったんですよね。

 それに気が付いたらなんだか自分が情けない気がして泣いちゃっていました。

 家に帰ってからそのことを話したらセーラさんとアカリちゃんがいつの間にかいなくなっていて、残った優お姉ちゃんに頭を撫でられていました。


「沙羅、つらいときは泣くといいさ。ただ姉として一つ言うとやね」

「はい」

「相手に見る目がないだけだわね」

「見る目、ですか」

「そうよ。人間てのは視覚情報からの入力が九割を超える動物。だから大体において、相手を好きかどうかってのは出会って最初の五分の見た目含む第一印象で決まるって言われる」

「そう、なんですか」

「そんなもんよ。それ自体は所詮生理現象であって善も悪もない、お腹がすくとか眠いとかといっしょなんよ。むしろナチュラルに、そこの認証フィルターが外れてるっぽい咲とかが異常なんだわね」

「う、うん」


 なんか咲お姉ちゃんのこと褒めてるんでしょうか、これ。

 好きとか嫌いとかを一つの生理現象だって言い切るのは私の身内だと優お姉ちゃんぐらいかもしれません。


「問題はその先さね。人間は時間も加味して総合判断する動物なんだわ。ルックスも重要な要素で差があって然るべきだけど、そこでレッテル張りしてマウンティングする奴はものを見分けるセンスがない。つまり最初から理解する気も慣れあう気もないわけだ。少なくとも沙羅は可愛い、そこも見れないような奴はほっとけばいい」


 そう言いながら頭をなでてくれました。

 そのうち私が落ち着いてくると椅子に座っていた私の顔をリーシャちゃんがのぞき込んできました。

 この夢の中では妹の妹ということでリーシャちゃんは妹扱いです。


「沙羅おねーちゃん、大丈夫?」


 そう言ってて手をつかんでくれたリーシャちゃん。


「大丈夫、ありがとう」


 私がそう言ってリーシャちゃんの頭を撫でると、嬉しそうに目を細めました。

 なんとなくなんですが、優お姉ちゃんが機会があれば妹の頭を撫でるのがわかった気がしました。

 プライドが高い子だったら怒っちゃうかもですが、私はお姉ちゃん達に頭撫でてもらうのは好きみたいです。

 私自身、洞窟の中で人間のお母さんからゴブリンとして生まれました。

 お母さんは産んですぐに死んでしまったので母親や姉妹と呼べる存在をまともに知りません。

 だからかもしれません、とても嬉しいんです。

 その後、この町で私に面と向かって直接肌の色のことを言う人は子供以外にはいなくなりました。

 子供については本当に目を輝かせながら言ってくるので、見たままの素直な感想なんだとも思っています。

 それとマーサさんは新人にはもっと手荒い洗礼があるもんなんだけどねぇとか苦笑いしてました。

 少なくともこの町では見た瞬間に怯えたり泣きわめいたり、襲い掛かってきたりはしないのでとても気が楽です。

 素直なことを言うとですね、私はゴブリンとか河童とか以前に自分がいったい何の生き物なのか、今でもちょっと分からないでいます。

 それに、私は最初から洞窟で生まれてそこで育ったので、見るもの聞くもの全部が知らないことだらけです。

 特にこの町で覚えることはどれもこれも新鮮で、キラキラと輝いていてまるで夢みたいです。

 実際、夢の中なんですけどね。


「こんなものかな」


 準備を整えてから鏡の前でくるっと回ります。

 スカートがひらりと舞い上がってちょっと恥ずかしいんですが、このお洋服はこうなる様に作ってあるそうです。

 こんな私でも優お姉ちゃんやセーラさんは可愛いと言ってくれるし、リーシャちゃんはいろんなことを褒めてくれます。

 アカリちゃんは特に口にはしませんが、私のこと嫌いではないと思っています。

 この前もスカートの中を覗かれました。

 アカリちゃん、百歩譲って覗くのは仕方ないして、顔が凄くにやけてるのと身に着けてる下着のこと口に出して言うの、本当にやめたほうがいいと思います。

 それと他人のパンツは見ようとする癖に自分が覗かれると怒るのもどうかと思います。

 そんなアカリちゃんですが、セーラさんや優お姉ちゃんのは見ようとしません。

 一度なぜかと聞いてみたんですが


「男と色気ないの見たってしょうがないし。沙羅姉なら大きくなったらなんかいい感じに育ちそうな気がするんですよね。どっちにしろ私ドサンコまでなら守備範囲ですし」


 とか真顔で言って、セーラさんに隣の部屋に連れてかれました。

 ちなみにドサンコというのは大体私くらいの大きさで成長が止まる半幻想種だそうです。

 その時、隣の部屋から悲鳴があがったのは分かってるんですが、隣でなにがあったのかは怖くて聞けませんでした。

 アカリちゃんは以降はそう言うことは口には出さなくなりましたが、私のスカートを覗こうとすることについては全く懲りてはいないみたいです。

 身支度が終ったのでそろそろ出発です。

 出かける前に部屋のモノたちにも小さく挨拶をします。


「じゃあ行ってきます」

「きーつけや」

「はい」


 どこから聞いていたのかセーラさんの契約怪獣であるレビィさんの声が聞こえました。

 行ってきます、レビィさん。

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