電波と地下水路

 毒電波どくでんぱ

 こちらではテラと呼ぶ地球の日本において二十世紀末にブームになったオカルトである。

 一部では流行になったらしいけど最終的にはすたれ、その残滓として話の通じない、もしくは何か斜め上のものと交信している人物、そう見えるものも含めて電波系と評されるようになった。

 これもほかの怪談、オカルトと同様に降って湧いたわけではなく、そもそも神秘学においてはチャネリングという他の存在と交信するカテゴリがあって、それの交信の手法が電波であると定義されただけという見方もできる。

 神様、上位存在、宇宙人に幽霊なんかといったなんかと会話する能力全般のことだわね。

 スピリチュアル関連でも圧倒的に使用されてるのがこの電波系、もといチャネリングである。

 これも言うと怒られそうだけど由緒正しいイタコやらシャーマンなんかも交信系神秘術に該当する。

 古くでいうと狐憑きこっくりさんなんかもだわね。

 というかチャネラーのことを宇宙イタコとか呼ぶ悪態あくたいは実在する。

 要はあれだ、チャンネルを合わせることによっていあいあなんちゃらで宇宙的な恐怖存在と交信したりもするわけだ。

 だからチャネラー、多分ね。

 そこらへんもあって基本は十九世紀の霊媒が土台になったという経緯もあって技法は酷似してるというのが、昔適当に読んだどっかの本に書いてあった。

 シャル的な言い方を借りるなら人間というのは、心身の全動作を完全には自己管理していない。

 こまかいとこは幽子やシャルに譲るとして、表層に見えるものはほんの一部で本人も無自覚な心理の動きや肉体の動きなどいろんなものがあるわけだ。

 生きてくのに必要な呼吸とか内蔵の動きとかもそうだけど、瞬きや歩行とかも基本は意識しないよね。

 そこらの自動動作に外部からの変動要素も加えると、無自覚に発生する意識の外の表現というのは常日頃から数多発生している。


 私の我流陰陽師ではそれを『認証にんしょうフィルタ―』、もしくは『薄皮うすかわ』と表現してるわけだけど、それはまたそのうちに。


 この認証フィルタ―なんだけど条件によっては複数重ねて独立駆動させることもできるわけだ。

 ざっくりいうと幽子はそうやって構築した。

 でまぁ、幽子と延々おしゃべりしてたら、私、普通に電波な人よね。

 目に見える位置じゃなくて遠方の幽子と話した場合には、私は本当の意味で電波な人に早変わりできるわけだ。

 よって私は電波人である。

 ふむ、おしゃれだわね。

 シャルの話とかを聞いてると思うんだけど、王機系の技術ってのに接続しないで力渡したり月華王げっかおうが遠隔で人同士をつないでいたりとかいった無線系の技術が多いのが目に付く。

 多分なんだけど、これ創世神であるティリアが本当に電波系女神だった可能性は高いかもね。

 ティリアの見た目の年、いくつかは知らんけど電波系女神って結構ドストライクな人もいるんじゃないだろうか。

 あー、だから神話の後半になると子供たちとのルナテックバトルになるわけか。

 電波系では致し方なしだわね。

 親がスピリチュアルはまってると子供が結構地獄見るんよね、カルチャー狂いとかもそうだけどさ。

 なんかこの世界の四龍王が毒電波どくでんぱな親、略して毒親どくおやに苦労したかわいそうな子達に見えてきたわ。

 こりゃそのうち見かけるかもね、ティリアのポエム、俗にいう電波文書とか電波ビラ。

 マジ大変だわね、龍王ズ。


 【急募】うちの母が電波系月の女神なんだけどどうすればいい?【異世界】4


 ネット掲示板があったらどっかの掲示板にこんな感じのを誰か書いてそう。

 書くとしたら咲から聞いた神話から判断する範囲だと誰かね。

 黒と青は鬼籍入りしてるらしいから、赤か白のどっちか。

 そうなると、なんかポエマーっぽい白いほうかね。

 赤の龍王の権能けんのう、実質甥っ子のクラウドにも夢見がちとか言われてたし。

 電波系母神ティリアVSバトルポエマー白、すごくC級怪獣映画っぽいよね。


「優姉、今なんかめっちゃ無駄なこと考えてませんか」

「そうかね」


 いつもなら止めてくれる幽子がいないと収拾が付かんわね。

 足元にいる月華王の白ちゃんがなんか呆れた目で見てる気もするけど、きっと気のせいだわね。

 そのまま視線をアカリの方に向ける。

 先ほどから引き続き、それぞれに似合いそうな服をセーラに見繕みつくろってもらってる。

 私は無理にはいいってとは言ったんだけど、おめかしは女の子のたしなみだと押し切られた。

 おめかしって今日日言わんよね、なんというかセーラって変なとこで結構古風だ。

 私の横に立ってるアカリはセーラが見立てたかわいい服を着てる。

 季節に合わせた薄手の上着にフレアが付いたスカート、その上に魔導士っぽい柄のジャケットっぽいのを着てる。

 全体的にピンクと淡い色が主体でいつもの灰色の主体の魔導士服とは違った意味でよく似合ってる。

 あれだわね、ゲームとかのアイドル服っぽい。


「つーか、アカリ。そういうの似合うね」

「そうですかね」


 そう言いつつクルリと回るアカリもまんざらでもないらしい。


「優姉のそれも似合って、に、にあって……くっ!」


 私を上から下まで見たアカリがこらえきれなくなったのか、しゃがみこんで笑いを我慢している。

 私のほうは古式の陰陽師の服、ではなく金色の糸で刺繍された五芒星の付いたジャケットに指の出る同じく五芒星の付いたグローブ、全体的に黒と白のコントラストが土台で、アカリと同じくミニスカートでまとまってる。

 あとなんかそれっぽいアクセサリーとかがついてて、下手しなくても一歩間違うと悪趣味になりそうなものだけど、セーラの腕前のおかげか綺麗にまとまってる。


「だ、だめ、だめっ! 中二病まっしぐらじゃねーかっ!」


 ついに笑い出したアカリ。


「地獄の業火に抱かれて沈め、ヘルズフレイム」


 屈んだまま苦悶しているのでその耳元でボソッと呟いてみた。


「ひーっ、そ、それだめっ! ひ、ば、ばかじゃな、げほっ!」


 ついにこらえきれなくなったアカリが笑いすぎて咳をし始めたあたりでセーラが店の奥の方にある試着室から出てきた。


「ごめんなさい、待たせちゃって。なにか面白いことでもあったの?」

「それなりに。アカリは箸が転がっても面白い年だから」

「いいわね、若いって」


 見た目的にはセーラも十分に若いんだけどね。


沙羅さらちゃん、お姉ちゃんたちに見せてあげて」


 そんな風に考えている傍でセーラが店にあるカーテンに声をかける。

 するとカーテンの隙間から沙羅がそろりと顔を覗かせてきた。


「その……やっぱりもう少し肌が見えない衣装のほうが……」

「なに言ってるの、可愛いんだから自信持ちなさい。どちらにしろ顔は見えるんだし」


 まぁ、テラの某宗派のように全身を隠してしまう衣装ってのもありっちゃありなんだけどね。

 そんな風に考えていると沙羅が意を決したのかカーテンを開けて出てきた。


「ほぉ」

「あれ、マジでかわいい」


 沙羅が来ているのは白のワンピースの上にセーラー服っぽい襟付きの上着を重ね着した物だ。

 裾の近くには沙羅と似た色のワンラインが入っていてそれがいい味になってる。


「やっぱりそう思うわよね。やっぱりこの子にはこういう清純系が似合うと思ったのよ」


 これはあれかね。

 沙羅にさせる予定の水先案内人も意識してくれたんだろうか。


「セーラ、グッジョブ」

「ありがと」

「つーか、緑の肌に白って合うんですね。私は河童だからふんどしにするのかと思ってましたよ」


 そういうアカリにセーラがちょっとだけ睨みを利かせた視線を送る。


「するわけないでしょ、女の子ですもの」

「女子相撲ってあったよね」

「あるわね。でもおしゃれとは別よ」


 私らが褌の話題で盛り上がっていると沙羅が口を開いた。


「あの、褌ってなんですか」

「紐」


 赤くなった沙羅。


「「ちがうからっ!」」


 的確に答えたはずの私にセーラとアカリの突っ込みがはいった。


「だ、大丈夫よ、褌とか履かせないから。そこ、アカリちゃんもなんかよだれたらしそうな顔しないの」

「た、垂らしてませんよっ!」


 顔に出るんだよなぁ、アカリ。


「それはそれとして。ちゃんとした服は作るから明日までまって頂戴ね」

「え、これでも別にいいっちゃいいんだけど。あんま高い服だと支払い遅れそうだし」

「だーめ、それと今回はお代はいらないわ。その代わり着てみて周りの反応がどうだったかとか感想教えて頂戴」

「さすがにそれはちょっとね」


 セーラと私で払う払わないでやり取りしてるとアカリがぼそっと呟いた。


「じゃぁ、来月以降の出世払いでいいじゃないですか」

「「…………」」


 あんまそういうの好きじゃないんだけどなぁ。

 私がそう考えているとセーラがクスクスと笑いながら口を開いた。


「それでいいわよ、急がなくていいから。そうね、リーシャに渡してくれると嬉しいわ」


 そう来たか。


「うーい、じゃぁそのうち私とアカリからリーシャに利子付けて払うということで。それでいい? アカリ」

「しかたないですね」


 ちょっとにやつきながらしぶしぶを装って了承するアカリ。

 これは払う気ないな。


「さて、じゃぁ行きますか」


 そういや、チャンネルって単語には元々は運河みたいな大きな水路とかの意味もあったよね。


「捻じれた町の地下水路に」


 さてこの水路の先で接続するのはなんだろね。
















 地下水路っていってもいろんなのがある。

 ただまぁ、一つ言えるのは普通、地下水路ってのは汚いってことだ。

 比較的綺麗なのは雨水を流すための地下水路で、本格的に悪臭漂うのはトイレとか生活排水を流す汚水の地下水路。

 日本でも雨水と汚水でマンホール違ってたりするよね。

 で、私たちが潜り込んだのは雨水の地下水路の方から。

 セーラ曰く町全体としては流れによって両方が混じったりとか普通にしてるそうだ。

 全体として真っ暗なのだけど、今はアカリの付けた魔導の光で照らされてる。


「ここってさ、セーラ一人の時とかは明りはどうしてるの」

「いつもは魔導のランタン使ってるわよ。最悪それが消えてもここなら周りの水の動きでだいたいわかるわね」


 シャルの時にも思ったけどもうセーラ一人でいいんじゃないかなと思わされる。

 でもなぁ、シャルもちょっと目を離した隙に死にかけてたしな。

 この世界、強さの差がはっきりしすぎてて、相手の位階、この世界では深度と呼んでるそれが相手のほうが上になると途端に形勢がひっくり返るのよね。

 まぁ、それはそれとして、外とは違い灰色のレンガで形成されたこの水路、ゴミらしいものも見当たらず結構きれいな感じにに見える。

 とはいえ、ぶっちゃけ雨水でも普通にナメクジとかはわくから綺麗とは言いかねるんだけどね。

 思ったより綺麗なのは私たちの歩く水路に付いてる側道が埃とかはあっても動物の死骸とかがみあたらないのと、水路にそこそこ綺麗な水が流れているからだわね。

 だからか、最初もっと汚い服で来るのかと思ったら普通におしゃれ服でさ。

 いいのかなとか思ってたんだけど、汚れそうな水たまりとかはセーラが片っ端からよけてくれたり凍らせたりしてくれる。

 いやぁ、リーシャたちもすごいとは思ってたけど上には上がいたね。

 それとは別に歩いているとたまにいるんだよね。


「お、また発見」


 ぷにょんという音のしそうなスライムが私たちの音に驚いたのか壁に空いたひび割れの中に姿を隠していく。


「なんか猫みたいな動きしてるけど、移動経路はナメクジっぽいわね、あれ」


 私がそういうとアカリがげんなりとした表情をした。


「マジでやめてくださいよ、私、向こうの中の部屋ではあれと一緒に住んでるんですから」

「まぁ、スライムと棲んでるの。珍しいわね、あの子たちは臆病すぎるからペットには向かなかったはずだけど」


 頬に手を当ててそういうセーラ。

 スライムか。

 世界観にもよるけど基本的には強敵とされる。

 大体にしてなんでも食べるというのがね。

 よくあるのが水に擬態していて飲もうと近づいた生き物をバリバリってのとか。

 大体にして神話だと設定が薄いモンスターの一種。

 それもそのはず、特徴が整理されたのは、たしか近年だ。

 有名なのはアメリカの怪奇小説に出てきた例の奴からじゃなかったかな。

 それから転じてゲームで多用されるようになったはず。


「あいつらは存外大人しいですよ。基本的には生きてるものは食べないですね。少なくともMP持ってる生き物には手を出しません」

「おー、言い切ったね。それってやっぱりあれ?」

「はい、シャル姉の研究成果です。レポート名は『不定形マナ非依存型生命体と王機の関係、およびその生態全般についての考察』でしたかね」


 前から思ってたんだけどさ、アカリって結構シャルのこと好きよね。

 魔導王ファンというか、シャルにかなり入れ込んでるというか。

 そのアカリに生死問わずの討伐指令出したのか、カリス教は。


 ……まぁ、いいや。


 宗教なんてのは裏表あって普通だし。

 そんなことを考えながらアカリが言葉を続けるのを黙って待つ。


「確かそれでアルカナティリアからテラの大学でいうとこの博士号を贈呈されていましたからね」

「ほぉ、そりゃまたすごいわ」


 ほんとそういうとこはシャルは熱心だよね。

 あとついでなんだろうけど、他人の為に自分の力をローカライズすることにもほんと熱心だ。

 だからこそ思う。

 あの子をあの状況まで追い込んだこの世界はこの都市と同じく歪んでる。


「だから皮膚の上とかにべったり張り付けても汚れと雑菌とかだけなめとってくれたりします」

「妖怪垢嘗あかなめかな」

「ぶふっ」


 前方を歩いていたセーラが小さく吹いた。

 セーラの笑いのツボがなんか微妙なとこにあるなぁ

 そんな感じで四人で話しながら歩いていくと少し広めの水路の分岐点についた。

 と、同時に不意にすえたようなキツイ匂いがした。


「そろそろ来るわね、みんな戦闘の準備しておいて」


 同時に水路の中から何かが飛び出してきた。


「アイス……」


 アカリの魔導が発動するより早く、セーラが左手を軽く横に振った。

 飛び出したそれがいきなり水の中から沸いた氷の槍に串刺しにされたのが見える。

 それと同時に水から出かけていた残りを巻き込んで水面が凍結した。


「セーラ、これは?」

「マーマンよ、いっぱい出てくるから注意して」


 セーラの声と同時くらいにそれこそ二桁近い魚の人間、魚人、マーマンが凍った水面を突き破って飛び出してきた。


「おー、活きがいいね。生け作りとかどうかね」

「優姉、先に言っておきますけどアレは食えませんからねっ! アイスバレットッ!」


 アカリの魔導が近くにいた一匹のマーマンを跳ね飛ばした。

 その声に驚いたのか足元にいた白ちゃんがびくりと震えた。

 ふむ、地下にも、電波は届くらしい。


「それは残念、サハギンだったら食えたかね」

「………………」


 降妖水舞コウヨウスイブを身に着けて凍ってない水路部分から水を引き寄せていた沙羅が、何とも言えない目つきで私を見つめていた。


「大丈夫よ、沙羅。シャルとも約束したし二足歩行は食べないから。四足歩行の亜種とかが出てきたらチャンスだわね」

「ちがう、そうじゃないっ!」


 アカリの突っ込みが地下水路に響いた。

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