河童のワルツ
お風呂が終わると周囲は完全に暗くなり、道を照らす魔導具の街灯と各家の灯が暗い街中でぽつりぽつりと続いている。
この独特の雰囲気、そうね、いうなればまるで精霊流しみたいだわね。
いつもは夕食が先でそのあとにお風呂、解散の流れだけど今日は逆。
ここ数日のメンツに沙羅を加えた私達五人での夕食、今日のメニューはカレーだ。
「セーラ、カレーってこの暑さだと日持ちしないんじゃないの」
「そうね。残った分は水気を抜いて冷蔵庫にしまっておくわ」
「水気を抜くのも魔導具?」
「いいえ、スキルよ」
私とセーラが話をしてる傍、黙々とカレーを食べてるアカリ。
そして楽しそうに今日の船の話をしてるリーシャと
外からは何のかはわからないけれども虫の鳴き声が聞こえる。
それと遠くから聞こえる
大体食事が終わり、食器も片付いた頃合いをみて私は話を切り出すことにした。
「セーラ、私のエチゴヤなんだけど船での運搬にも手を出すことにしたんよ」
「まぁ、水先案内? 素敵ね。でもあれってギルドがだした免許が必要だけど」
「それなんだけどね」
私は今日、マーサさんと出会った際に彼女が今月中に家を引き払う予定である話を聞いた。
それに伴って不要となる彼女の船や仕事の資材の全部を営業許可証込みで私が買い取ることにしたのである。
「じゃぁ、来月以降はマーサさんの家に引っ越すのかしら」
セーラが眉をひそめたのが見えた。
ま、そうなるわな、この町に来月はないのだから。
「うんにゃ、買ったのはあくまで仕事用。生活はここのままよ。それでさし当たってなんだけど、セーラ」
「なーに?」
「水先案内は沙羅にさせる予定だから、水の操作に関する特訓を沙羅につけてほしいのよ」
不意に振られた沙羅が目を丸くしてこっちを見た。
「は、はいっ? お姉ちゃん、私聞いてませんよ?」
「言ってないからね。水先案内としての町とかルールの勉強は明日からの一週間でマーサさんがしてくれる。それとは別に沙羅、水にかかる技能をセーラさんから習ってほしいのよ」
すこし大目にお金がかかったけど最初の二週間は沙羅は見習いでマーサさんを臨時講師として雇った。
さすがに手持ちのお金が不足したのでアカリからも多少出してもらってる。
「う、うーーん」
沙羅が難しい顔で考え込んだタイミングで横に座ってたアカリが再び私の裾を引いた。
「優姉、今回のダイブ、そもそもリーシャ姉の水操作の補強の為っての覚えてますか」
そりゃさすがにね。
「おぼえてるよ。多分だけど、今回終わりまで生きて終われればリーシャの水操作自体は安定すると思う。だた今後のことも考えると水の操作ができる子を他にも鍛えたほうがいいと思ってね」
「それで沙羅姉ですか。そもそも、沙羅姉って水の操作ってできるんですか」
「できるよ、沙羅」
沙羅の腰元にはいつものポシェットが見える。
「は、はい?」
「例のグローブ出して身に着けて」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいね。今、中がグダグダで……えっとここじゃない、ここでもない、えーとこっちかな。えーっと、えーーーと」
ポシェットの中に手を入れた沙羅があーでもないこーでこないといいつつ中を探る。
明らかにポシェット以上の長さの腕が中に入っていくのを見て今度はセーラが目を丸くした。
「何それ、どーなってるの」
「これが沙羅の甲羅。まー、今んとこは妹を詰めておく詰め所兼物置なんだけどね」
「そ、そう。深く聞くのはやめておくわ」
このポシェット、およびグローブは沙羅の転換の時に
宝貝ってのは中国の物語である封神演義や西遊記なんかに出てくるトンでも道具シリーズでいろんなのがありすぎて語ると終わらない。
あと大切な赤ちゃんのことを宝貝と呼んだり、何もできない子供っぽい人のことを揶揄したりするときにも言い回しとして宝貝を使ったりするらしいけどね。
実のところ私がこの夢の中で宝貝を意識的に沙羅に出させるのは大切な意味がある。
日本語でいうとタカラガイという読みができるわけなんだけど、そっちはそっちで日本の物語固有の奇跡の道具、正確には名前だけの代物があるのよね。
日本の物語、竹取物語で姫が求婚者にもとめた宝物の一つ『
子安貝とはタカラガイの別名で安産のお守りになるのよ。
国によっては子安貝の殻がよく墓に埋められていることがあるけど、これは子安貝が邪眼から守るという信仰があってそこから転じて死後の視力の補助用にと一緒に埋めたと言われてる。
そこら辺の多重意味重ねとして宝貝はこの生死の交わる夢世界では強烈な動作を果たすと私は読んでいるわけだ。
以上のことからオンミョウジ、ユウ・アンドゥ・シス・ロマーニが暫定にてここに定義する。
<宝貝は死、夢といった幻想に強い効果がある>
少なくともこの夢においては私自身がそう認識してるわけだしね。
素直に言うとセーラ周りの情報は暗幕で隠されたように完全に見えないので私にもこの先何が起こるかわからない。
だからこそ
本当は水で清めて全員の
深入りを避けるセーラになぜかアカリが満足そうな顔をしながら何度も頷く。
「それが一番です。この人相手に深入りすると
「あっ、あったっ!」
ようやく見つけたのか沙羅がビニールのようにに見える謎素材の水かきグローブを取り出してきて手に付けた。
「これでいいですか」
なんか、あれだわね、ほら、ネタグッツでさ、あざといにゃんこグローブとかあるじゃない。
あれのカッパ版、子供のお遊戯っぽくてかわいい。
「じゃぁセーラ、そこらの空中に水出して」
「え、おねーちゃん、お水出せるの?」
今度はリーシャが驚く。
というか、リーシャはさっきの背水の陣見てたよね。
あ、いやこれは微妙に意識から外してるのか。
なるほど、ここらも要治療だわね。
「リーシャリーシャ、本当にいい女は水操作できるのよ」
「え? ほんとっ! じゃぁ、おねーちゃんたちもできるの?」
「私はいまいちな女だからできんけどアカリはできる、できるよね、アカリ」
とりあえずアカリに振ってみる。
「ほんっと、そういう無茶ぶりやめてほしいんですけど。できますよ、エアロボックス、術式ループ固定、ウォータークリエイション」
アカリが魔導を連続発動すると空中にふいに水が湧き出し始めた。
そのまま下に落ちきることもなくあたかも透明な箱があるかのように水が溜まっていく。
「やるわね、アカリちゃん」
「ありがとうございます。でも、これ魔導だと結構摩耗するんですよ、多分戦闘で水縛りだとセーラには遠く及ばないですね」
二人とも大したものだけどね。
さて私は再び沙羅に視線を向けた。
「沙羅、二人が作ってくれた水を操作してみて」
「操作って言っても、ど、どうすれば」
「そのグローブをつけた沙羅ならできる、やってみ」
「は、はい……」
沙羅が目を閉じて河童グローブを付けた両手を前に出す。
そのままぬーーとか言いつつ数分、不意にセーラとアカリの手元の水が全部一か所に集まりぐるぐると回り始めた。
「えっと、あっと……えいっ!」
ぐるぐる回っていた水が次第にきれいな円を描き、その上に水でできた小さな河童たちが盆踊りのような踊りを踊っているのが見えた。
「わぁ!」
キラキラした目で待ってたリーシャが歓声を上げた。
魔導の灯が染め上げる皆で見上げる部屋の中。
ぐるぐる回る水のメリーゴーランドの上を数多の水でできた小さな河童が舞い踊る。
踊りはいつしか優雅なワルツへと変わり、時折こぼれる水滴が光をはじいて
そういや沙羅のこのグローブ、命名してなかったなぁ。
こっちに来て作ったオリジナル宝貝だし、それなりの名前を付けますか。
「
読みはコウヨウスイブ、日本での読みに揃えて改変した、杖じゃないしね。
元は有名な物語の河童の武装、それといま目にしてる
「沙羅お姉ちゃん、いいなぁ」
うらやましそうにしてるリーシャに私は笑いかけた。
「後で貸してもらうといいわ。リーシャがいい女だったらもしかしたら使えるかもよ」
「え、ほんと? 沙羅お姉ちゃん、後で貸してくれる?」
「あ、は、はわ、はうっ!」
リーシャに話しかけられて気が散ったのか空中のすべての水が一気に下に落ちた。
おかげで床一面と寝具まで全部が水浸しになってる。
「あ、あ、ご、ごめんなさい!」
「大丈夫よ、私のスキルで脱水すればいいから」
セーラ、この状況下で怒らないでなだめられるってのは大したものだわ。
「ははっ、こりゃまた見事に全員水に流されたわね。沙羅、ナイスウォーター」
私がそういうと沙羅はしょんぼりした顔をした。
「あ、あは、あはははっ」
何がツボに入ったのかセーラが不意に笑いだした。
正直、どこがおもしろかったのか私にも不明だけどそのうちリーシャ、アカリとつられて笑いだし最後は全員で状況の馬鹿馬鹿しさに笑うことになった。
「ユウちゃん」
目じりにの涙をぬぐいつつセーラが私のほうを向く。
気が付くと濡れたはずの部屋はもう乾いている。
どうやらセーラが笑いながら部屋の脱水も大体終わらせてたらしいっぽい。
「ん?」
「こういうのを河童の川流れっていうのかしら」
そういって笑うセーラさん、いやー、この人こういうとこ女子っぽくて反則だわ。
「せやね。ということでセーラ、沙羅の特訓よろしく」
「河童に
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