ゴブリンにあらず

「優姉、戻りはどうしますか」


 詰め所での話は長い時間に及び気が付けば外の日は傾いていた。


「お金はあるし帰りくらいは船で帰りますか」

「お船で帰れるの?」

「せやね」

「わぁ、やったぁ!」


 私がそういうとリーシャがはしゃいだ声を上げる。

 まぁ、歩くのがめんどいってだけなんだけどね。

 ここレビィティリアは基本として縦横無尽に水路が張り巡らされた街だ。

 物理法則とかおいしいのと言わんがばかりに下流から上流に上っていく水路もあれば、重力にそって上から下に流れる川もあり。

 その間を横に走る水路などを含めると相当な数の水路が張り巡らされている。

 上層には行ったことがないのでよくわからんのだけど、中層だと基本的に水路は比較的どこでも綺麗で洗濯や汚水などは、各家に設置された排水経路から地下の方に流されている。

 行ったことはないけど町の下にはものすごい広い範囲での地下水路が地表以上に張り巡らされているそうだ。

 そういうのもあってか、この町は壁の間から不意に水路が出てきたり、水路の上を水路が通っていたりと結構複雑で面白い。

 たぶん、見てるだけでも結構楽しめるんだろうことは、水路を渡る船の運行業が生業として存在していることからもわかる。

 四人で水路のほうに歩いていくとそこには木でできた船着き場と建屋があって、順番に船が並んでいるのが見えた。

 そこには同じように客が整然と並んでおり、一番先頭から順に船に乗り込んでいくのが見える。

 ふーん、船着き場に屋根もついててちょっとした売店もついてるのね。

 並ばないで店からソバっぽいものを買って食べてる人もいるね。

 座って休む場所も完備してるし至れり尽くせりだわね。

 説明するならあれよ、向こうでいうとこのバスターミナル。

 その建物の入り口の屋根にはひらがなを崩したようなこちら固有の文字が書かれているのが見える。


「アカリ、あの屋根の奴ってなんて書いてあるの?」

「アクアタクシー・ターミナルです」


 これ、命名したの絶対トライよね。


「あそこの大きい看板っぽいのが運賃かね」

「そうですね。先にチケット買ってきてください。人数は最大十名までで銀貨二枚です」

「ういよ」


 アカリには少しお金を持たせた子供たちの面倒を任せる意味で売店前に待っててもらうことにする。

 窓口で銀貨を二枚払うと受付のお姉さんから二枚の札を渡された。

 ふーん、割符か。

 合わせると接続部が淡く光るのは魔導かね。


「右が運賃証明で乗船の時に船員に渡す札です。左の乗船証明はそのままお持ちいただいて、各層にある乗船窓口近くの売店、もしくは当ギルドの協賛商店証のある店にお持ちいただければ代替にて保証金をお返しいたします」

「なるほど、その協賛店の一覧はどこでわかるんですか」

「こちらになります。こちらも汚さないで協賛店に持ち込みいただければ銅貨一枚で買い取らせていただきます」

「へー」


 なんというか結構細かい仕組みやね。

 私が紙を見ながらアカリの元に戻ると、アカリが私の方に手を出してきた。


「優姉、またスられると困るので証明と一覧の紙はこっちで預かります」

「ういよ、つーか下層に協賛してる店ってほとんどないのね」

「そりゃまぁ、商店が多いのが大体中層ですからね。セーラの店が協賛してたはずなのでもってけば換金できます」

「お、そなのか」


 アカリの言葉に紙に目を落とす。

 確かにセーラの服飾店について書いてあるね、ロックさんの店もそうなのか。


「これって協賛するとなんかいいことあるんかね」

「ここのギルドの証明は代替通貨として使えるんですよ。都市内限定ですけどね。優姉も報酬にちょいちょいもらってませんでしたか」


 あー、何枚かあったねぇ。


「私はてっきりありがたいお札か何かかと思ってたわ」

「それであんたは昨日薪替わりに火にくべようとしやがったのか。証明札一枚で銀貨一枚相当ですからね」

「うへぇ」


 ここ三日で結構ためてるぞ、私。


「現物貨幣は量に限りがありますからね。この町ではいくつかの代用貨幣があるんです」


 なるほど、ゲーセンのメダルみたいなものか。


「ほら、あの人。チケットを紙で買ってますよね」

「あ、ほんとだ。あの紙なによ」

「塩とかの保管証です。あれも魔導認証が使用されてるので偽造が難しいんですよ。後から追跡できるように日付と番号で作った通し番号いれてありますしね」


 うん、あれも何枚かもってるな、私。


「アカリちゃんや、私、昨日あんな感じの紙を適当に重ねて鍋敷きにしてたんだけどさ」

「ほんっと信じらんない。ちょーさいてー。あとで回収しますからね」


 アカリだと何枚かちょろまかしそうな気もするけど、まぁいいか。


「うーい。というか結構な種類あるんね」

「多いほうではありますね」

「どんなのがあるんよ」

「商売しておきながら知らないってどうなんだよ」


 再び額を抑えたアカリが指を順に折りながら説明してくれる。


「いい機会なので説明しておきますけど分類としては凡そ五種類あります。国として出してる金属貨幣、都市の公認紙幣、それに水先案内ギルドの発行した割符、あとは各種保管証書とギルドポイントです」


 最初の四種はなんとなくわかった。

 最後のはなんだろう。


「ギルドポイントってなに」

「冒険者ギルド、正確には赤龍機構に加盟するとステータスが拡張されるんですよ。その際にギルドメンバーでやり取りできる専用ポイントとしてギルドポイントが設定されます。ほらあれですね」


 さっきの窓口で受け付けの人に赤銅色のカードらしいものをかざしているのが見えた。


「あれは?」

「冒険者ギルドで発行される冒険者カードです。正確には赤の龍王の加護を証明するための疑似龍札ですね」

「ほー。トライでもはいれるんかね」

「入れますがやるなら後にしてください。トライの場合はギルドの龍札保管庫に龍札を預ける必要があります。優姉が入るのは今は無理です」

「しゃーないわね。さてじゃぁそろそろ船に乗りますかね。リーシャ、沙羅、お菓子かったかね」

「うんっ、お姉ちゃんありがとう」

「ありがとう、おねえちゃん」


 二人のお菓子が細かかったのもあって店員が袋を付けてくれた。

 地味にサービス良いね。

 さて、それじゃぁ遊覧、もとい船に乗って川上りとしゃれこみますかね。















「わー、すっごくきれいです」

「せやね」


 水面に映りこむ夕日が水にはねて壁に当たり、白壁が多い町全体を赤に染め上げていく。

 こりゃ、綺麗だわ。

 ナオも連れてくりゃよかったわね。


 私たちがのったのは大きめ、十数人は乗れそうな木造の船で初老のおばーちゃんが船頭に立っていた。

 その操舵は見事なもので水路の分岐路やほかの船との衝突をきれいに避けて、最低限の櫂裁きで誘導をしていた。


「楽しんでるようで何よりだね」


 船の主でもある女性、マーサさんが私に声をかけてきた。


「ええ、きれいですね、この町は」

「まぁ、色々あるけどね。ほら、ああいうのもね」


 そういう指さした上には水路の上を渡る形で引っ張ったひもに洗濯物が吊り下げられていた。

 風にたなびく洗濯物が水にはねる赤を受けて同じく赤い色の一部へと溶けていく。


「そうですね。今日、マーサさんの船に乗れてよかったです」

「あはは、お世辞でもうれしいよ。最後にこんなかわいらしい子たちを乗せれて、この船もきっと喜んでるだろうさ」


 マーサさんの何気ない言葉にアカリと私の視線が足元にそろった。

 そこにはマーサさんの月華王が丸くなって眠っているのが見えた。


「最後なんですか?」

「そうさねぇ、最近腰もひどくてね。今日でしまいにしようと思ってたんだよ。王都にいる娘夫婦に来いって言われてるのさ。わたしゃ行くのは構わないんだけど、この子を残していくのがつらくてねぇ。廃棄にするしかないんだろうね、この子も」


 そういって船の舳先に手をやるマーサさん。

 大きいこの船、もう何年も使っているのかあちこちの修理の跡や塗装が剥げているのが見える。

 なるほど、これがこの人の未練か。


「もったいないですね、いい船なのに」

「しょうがないね」


 よし、ならこうしてみるか。


「マーサさん、この船、私に売ってもらえませんかね」
















「船なんて買ってどうするんですか」

「ちょっとね」


 マーサさんと少し話し込んだのもあって少し時間がかかっちゃったね。

 おかげですっかり暗くなってるし。

 遠目に店かたづけをしているセーラの姿が見えたる。


「あ、おねーちゃん、ただいまー」

「おかえり……」


 瞬間、水煙を上げてセーラの姿が掻き消えた。


「ひっ!」


 声に振り替えると後ろにいた沙羅がどこからともなくわいた水にまるで縄のように縛り上げられたのが見えた。


「こんなとこまでゴブリンが入り込むなんて……さて、どう処分してやりましょうか」


 そういうセーラの右手には水でできた槍が出現していた。

 そのとがった穂先が沙羅の喉元に張り付いている。


「セーラ、その子は私の妹」


 振り返ったセーラの目からは色が抜けている。


「冗談、こんな緑の人間がいるわけないでしょう。あなた、亜人よね」


 カリス教は亜人を排斥してる。

 マジで先にセーラを説得しておいてよかったわ。

 多分、そうでなかったら、私の静止とか聞かないで問答無用でやられてた。

 後は、何度か張った予防線を沙羅が分かっているかだわね。


「わ、私、私はっ!」


 私に投げてよこした沙羅の訴える視線に私はアイコンタクトで答えを返す。

 そんな私の返しに沙羅がついにあきらめた表情をした。


河童かっぱですっ!」

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