リーシャとトラウマ

 トンネルを抜けるとそこは雪国だった。


『優、あのさ』


 うん、まぁ、何言いたいかはわからんでもない。


『後ろ振り返ってみ』


 大体見当はつくけどね。

 振り返るとアイラに寄りかかってるフィー、泥まみれのほかの妹たちと目を回してる沙羅や咲たちの姿があった。


「いやー、海峡の上を通れないんだったらトンネルほりゃいいじゃんってまではよかったんじゃないかと思うんだけどねぇ」

「うっさい、このばーか、ばーかっ! 一度、海流にのまれて死にかけてみろ、このアホ姉っ!」


 一人元気に全力で抗議してるのは最近妹になった可愛い外道少女げどうしょうじょことアカリである。

 全身のオーバーアクションで抗議するたびに揺れる胸がちょっとだけうざい。

 さて、現状を簡単に説明するなら、目指せ北の島ということで海峡を越える必要があった私らは海底下の土の中にトンネルを掘った。

 具体的に言うと幽子とシャルが全体の指揮を執ってトンネルを掘りながら壁を随時硬化、それに合わせて排水の魔導式や配管とかをこまめに設置しつつ順調に掘り進んでいったわけだ。

 掘った土は順次ポシェットに突っ込んで新しい足場にして、多少の海水もそのまま一緒に突っ込んで塩とれる池みたいになればいいかな、ぐらいのざっくりしたプランで。


『ほんとザルなのよ、あんたのプランは』


 心なしか幽子の突っ込みも弱いのは、海上空高くに飛び回るサメが本当に倒しても倒してもわいてくるものできりがなく、全員で話した結果やむなしということで海底トンネルルートに決まったという経緯があるからだ。

 で、いい感じに進んでいったのはいいんだけど穴掘りひと月半あたりで、ぶっちゃけ飽きた。

 そんでもって、ふとひらめいたわけだ。

 妹融合して埋葬少女まいそうしょうじょとしての能力スキル使えば早いんじゃね、とね。


『優のひらめきって碌なことにならないって分かりきってたんだけどなぁ、みんなとっくに疲れて穴掘りが嫌になってたんだよね』


 実際ものすごく速かった、というか早すぎた。

 もう少しで海面位置より上に出そうというあたりで、豪快に海水が噴出したのだ。

 そのあとはもう大騒ぎ、というか緊急時にはという手はずで決めてたポシェットへの誘導を全員でやりつつそのまま一気に地上まで掘りぬいて今に至る。


「あんたは妹全部殺す気か、というかあんなんまともに受けたら溺れ死ぬわっ!」


 ぐったりしてる妹たちの中、ポシェット内での資材移動を担当して一番疲れてるはずのアカリが一番元気に悪態ついているというね。


「おもしろかったな、ねーちゃん」

「まさに大海流でありましたな」

「腹減っただ」


 訂正、ほかにも何人かは元気だけど、何事にも例外もいるわけで。

 なお、今回海峡を通るために掘った土と途中で噴出した海水は全部ポシェットの中に入ってる。

 エウがこの調子ならポシェットの中に移植した世界樹の苗も大丈夫そう。

 ナオの頭の上のひよこも特に異常はないように見えるから、さすがはミニになっても宇宙怪獣というべきなのかね。


「いやぁ、トンネルが崩落するとは思わなくてさ、とっさにポシェットの中に全部入れちゃったのはほんと悪かったって」

「ごめんで済むなら警察いらないんだよっ! リーシャ姉見てみなよっ!」


 ふと視線を横にずらすと蹲る様に丸くなったリーシャがマリーに抱きしめられた状態で、ぽろぽろと涙を零しながらぶつぶつと呟いていた。


「洪水、怖いの……」

「いやほんと、ごめんね。私が悪かったわ」


 ガチであやまったがリーシャは泣き止まない。

 そんな私の隣にいたシャルがため息をついた後で手を一回たたいて皆の注目を集めた。


「さすがに今日はやすみましょう。それとお姉さま」

「なによ」

「リーシャよりひどい顔ですわよ。あとはこちらでしますので今日はお休みくださいまし」

「せやね……リーシャ」


 私が呼ぶとリーシャが涙まみれの顔を上げた。


「今日は隣で寝てくんない? 私も今日はしんどいわ」


 沈黙したリーシャが小さくうなづいた。


「うん」


 こうして私たちの北の島での一日目は始まる前に終わった。
















「お姉さま」


 夜、やっと眠りについたリーシャを傍にうとうとしているとシャルが声をかけてきた。


「ん、悪い、幽子お願い」

『了解』


 幽子が外に出るのを見計らって幽子に意識を合わせる。

 私とリーシャ、沙羅、咲が眠る仮づくりのテントの外、今日もステファとマリーが番をしていた。


『シャル、何の用?』


 一瞬だけ逡巡したシャルが口を開いた。


「リーシャが限界かと思われます」


 そりゃまぁ、わかってた。

 ここまで強行軍が続いた上にあれだけトラウマを掘りだされちゃえばね。


『水で死ぬのって苦しいよね』


 実体験だわな、リーシャは洪水に襲われはしたけど生き残ったらしいけどね。

 ここまではほんと余裕なかったからなぁ。

 最初のころは食事すら満足になかったのを考えると改善はしちゃいるんだけどさ。


「あの子には本格的な精神治療が必要です」

『それってお薬とか?』

「少なくともリーシャの心の病に効く飲み薬はありません」


 あらま、こっちには精神安定剤とかはないんか。


「精神に関する魔導はあります。ですが、いかんせんあの子たちには根本的に効きが悪いのです」


 あー、例の睡眠実験か。

 以前にシャルが五人まとめて妹転換した影響を調べた時のこと。

 シャルが実験としてステファに睡眠の魔導を掛けた。

 最初のころは全然聞く気配がなくて、徐々に重ね掛けして強度を強めた結果。


『魔導で全員一緒に寝ちゃったんだっけか』

「はい」


 つまるところだ。

 ステファ達五人は五人セットで生まれ変わったことにより、離れていても相互に影響が出てしまうという変わった体質になってしまったのである。


「ステファに意図的に傷をつけてもらい離れた位置のリーシャに回復魔導を掛けた時も傷が完治しました。これはごくまれになどに見られる特徴です」

『怪獣なんだ』

「ええ、間違いないでしょうね。そしてリーシャがいまだ精神を保てているのも、他の四人が精神負荷を肩代わりしているからだと思われます」


 なるほど。


『大丈夫なの、それ』

「今はまだ。ただ、ようやく安全な北の島に移動しましたので可能ならばこの機会にリーシャのケアをしたいところではあります」


 動物性タンパク質についてはアカリがサメを確保できるようになってる。

 いまはぐっちゃぐちゃになってるけど植物性の食物はポシェット内の畑で何とかなる。

 つまりは今なら多少はこの場で籠れるってことか。


『町に移動してからじゃダメなのかな』

「私の記憶する限りでは、少なくともこの島には集落は一か所しかありません。そしてまだまだ先です」


 そこまで急ぐ必要があるかね。

 私のその疑問を幽子がシャルに伝えるとシャルが苦い表情で答えた。


「リーシャ、最近は水操作に失敗するようになってきました。今はまだ本人だけで済んでいますが、状態が悪化した場合ほかの者にも影響が出る可能性があります」

『それは確かにまずいかも』


 水についてはリーシャに頼りきりだったしね。

 しゃーない、起きたらリーシャに聞いてみるか。



















「いいよ」


 起きて皆がいるタイミングで私が切り出すとリーシャが頷いた。

 今日は全員が外でご飯だ。


「月魔導による精神治療だからリーシャが見られたくないのも全部みちゃうけどいい?」

「それはお互い様だよ」


 私の言葉に苦い笑いを浮かべるリーシャ。

 まぁ、私の記憶も結構見てるしなぁ。


「でもいいんですか。私のためにそんな」


 リーシャが申し訳なさそうにシャルを見やる。


「どのみちお姉さまのお陰で調整に時間が必要ですのでいいタイミングです。この先、雪の多い地帯を抜けるにあたって食料の再準備も必要ですしね」


 はは、そりゃずいぶんとどストレートな嫌味だこと。

 シャルにしては珍しいけど昨日のあれはシャルもしんどかったからしゃーない。

 つい昨日、大量の海水を突っ込んでしまったポシェット内は海水と泥でぐちゃぐちゃだ。

 フィーとエウ、それとスライムたちが今、総がかりで海と島を作ってくれてるらしい。

 そういやあの中ってうっすらと明るいけど光源なんなのかね。


『優、ちゃんと話聞こうよ』


 おっと。


「では当人達の了承も得られましたので今後のプラン説明に入ります」


 シャルが簡略化した二人分の人型の図を描く。

 右のほうに勇者の龍札、左の人型の更に左には小さな人型の図が四つあり線でつながってる。

 右が私で左がリーシャだわね。

 シャルが魔導とボードに書いてそこから札とリーシャに矢印を引く。


「基本から。お姉さまの本体である龍札には魔導が効きません。またリーシャたちは以前話した通り実質五人で一体の怪獣です。その結果、幻想耐性が高く魔導が通用しにくい体質になっています」


 引いた矢印にバツ印を引くシャル。


「そこで今回のプランとしては妹融合を経由し、お姉さまの肉体にリーシャを下すことを基本とします」

「できるのかね」

「できるかではなくやるですわね。妹融合を完全な状態ではなく再構築の途中で止めてください。そこからお姉さまの身体に対して私が治療魔導を掛ける形で進行します」


 話は分かるけどこりゃまた複雑なやり方だこと。


「そして一番重要なポイントなのですが、お姉さま」

「はいよ」


 シャルの瞳が私も見つめる。


「お姉さまもリーシャの精神に入っていただきます」

「そりゃまたなんでよ」


 ついと視線をずらしたシャル、そこには幽子が浮いていた。

 シャルがそのまま私のほうを見やる。


「人の心を分解するの、得意ですわよね、お姉さま」


 おおう、そう来たか。


「いっちゃなんだけど私にまかすとどうなるかわからんわよ」

「承知しています」

「私にできるのはふんわりと共感して、それとなく分解して、適当に再構築しちゃうことぐらいだけどそれでもいい?」

「ええ、それで構いません」


 構わんのかい。


『あたし、マジ不安なんですけど。というかあたし、そんな適当なのでいじられてこうなってるわけ?』

「せやな」

『リーシャ、無理しなくていいからね』


 幽子がそう振るとリーシャが久しぶりに笑った。


「うん。お姉ちゃん、お願いね」

『不安じゃない?』

「んー、そこは大丈夫だと思ってるから」

「なんでよ」

「だってフィーお姉ちゃんやアイラお姉ちゃんのこと助けてくれたし、なんだかんだいってもみんな何とかしてくれたから」


 いやぁ、結果そうなっただけでもあるんだけどね。


「だから大丈夫。お願いします」

『リーシャのトラウマってことは優にとっても正念場かもね』


 まあね、とはいえいい加減、私もリーシャも向き合う時期ではあるわね。

 しゃーない、お姉ちゃんとしてちょっとだけ頑張ってみますか。


「お姉ちゃん、帰ってきてくださいね」


 そういって不安そうに見上げる咲。


「もちろん。ただ、今回も無茶するかもしれない」


 私がそういうと咲が私の手を取った。


「無茶しないわけにはいきませんか」

「流れ次第かな。先々、私たちに有利にできそうな流れがあったらやる。そうでもしないと……」

「あのですね」


 咲が私の手をきゅっと握った。


「私は確かにカコは助けたいと思っているのです。でも、お姉ちゃん達を犠牲にしたくもないのです」

「そっか」


 私は咲の頭を撫でた。


「ま、今回は逃げないで最後まで頑張ってみるよ」

「逃げても良いのですよ?」


 そんな私に咲が困ったように微笑んだ。


「そんときゃそん時で。じゃ、いってくるわ」

「はいなのです」

















 草で編まれたテントの中、シャルが展開した魔導の陣が床に広がる。


「お姉さま、お願いします」

「うぃよ。じゃ、幽子、リーシャ、いくよ」

『「うん」』


 私は勇者の龍札をリーシャの胸元に張り付けてから宣言する。


「水系少女リーシャカッコ仮」


 いつもと違いイメージを緩めに、そして幽子がリーシャを完全に支配すると私とリーシャが逆に押し出される形で私の中に揃ったのが感覚的にわかる。


「できたね、あとは終わるまではこのままだったよね」

「こっちも大丈夫みたい」


 リーシャの体でしゃべる幽子と私の体でしゃべるリーシャ。

 そして私は体は一切動かせない状態で元のままと。


「ではアカリ、月の魔導で接続を」

「え、ああ、優姉たちが無事に内面世界に入れるように導入補助するんですね」


 アカリがそういうとシャルは微笑んだのちに口元を隠した。

 その様子を見て同意だと思ったらしいアカリが魔導を発動する。


「では、マインドコネクト!」


 シャルの魔導の上にアカリの魔導が重なり一つに溶け合った。


「あとは任せましたわよ」

「はいっ、もう、どーんっとお任せください、送り届けたら留守番しっかりこなして見せます。ですからシャル姉も早くマインドコネクトをですね」


 そういうアカリの口元がめっちゃにやけてる。

 なんか悪いこと考えてるなぁ、これ。


「ではアカリ。お姉さまのナビをお願いしますわね」

「はいっ、おまか……え、ちょっと、話がちがってませんかっ?」


 発動するシャルの魔導。

 逃げようとするアカリの精神を私ががっしりとつかんで離さない。

 いやね、幽子がついてこれないっぽいからちょっと不安だったのよ、ちょうどいいわ。


「ちょうどいいわって、おまっ、は、離せっ!」


 この子はお約束の地雷をきっちり踏んでくれるからほんと楽しいわ。

 そんな私たちの目に映るシャルの満面の笑み。


「ご武運を」

「はかったなぁ、シャル姉!」


 そんなアカリの叫びとともに私たちの意識が落ちた。

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