第三章 歪曲都市編 優しい幸福がそこにはあった

妹の憂鬱 アカリ・アンドゥ・シス・ロマーニ編

 そも出会いからしてろくなもんじゃなかった。

 大体、あの魔導王まどうおうを従えてるからどんだけすごいんだとビビったのが間違いだったんだ。


「覚えにくいからアカリにしよう」

「え、あっ、はい」


 なんであの時食い下がらなかったのか自分の馬鹿さ加減にも腹が立つ。

 最初、自分の体が再構築されていることに気が付いた時には心底鳥肌が立った。

 大体、魔法なんてものは不安定で不確かなもんで、それを安定させた魔導は使い勝手は格段に上がったものできることに大きく制約がついてる。

 私も使えるけど性転換魔導は深度三、それも年や内臓疾患などは変わらない。

 あくまで化身関係の魔導の上位版でしかないし、時間とともに元に戻るという性質を持つ。

 わかりやすいのが体内の魔導回路、男が女になって生殖器が組み変わってもその臓器には繁殖能力がない。

 魔導の基礎であるマナがほぼないことからもそれがわかる。

 ところがだ、あの優というトライが使ったスキル、妹転換は本当に転換している。

 試しに女でないと使えないことの多い月系の魔導を試してみたら、深度一程度ならかろうじて動いた。


 正直、やっとツキが回ってきたと思ったね、月だけに。


 そもそも、私がここまではー食いしばって頑張ってきたのは楽していい生活をするため。

 目指せ酒池肉林、遊んでハーレム、立身出世でウッハウハっ!


 私が小さいころから夢見ていたそんなささやかなライフプランは国の崩壊とともに水泡に消えた。

 そもそもが私の生まれはロマーニ国でも辺境近くの貧乏な領地だった。

 諸外国からは裕福な国とみられていたロマーニでも、その領内には貧富の差は歴然としてあり隣国との境界線を持つ私の出身地は数年に一度は飢餓に襲われるほどの貧困地域だった。


 その原因は主に怪獣だ。


 私が生まれる数年前、二匹の怪獣が隣国から争いながら領内になだれ込んできた。

 大地を荒らし、水を枯らし、天候どころかその後三年ほどは夏場でも日によっては雪が舞うような気象異常が続いた。

 結果、耕作地は壊滅、生態系も大きく破壊され狩りをしようにもまともに育った野生動物がほとんどいないというありさまだったと聞いてる。

 それどころか怪獣が荒らしまくった影響か貧困地域によく発生するというゴブリンが大量発生し、そのゴブリンですらも共食いしたり飢餓で野垂れてるのをよく見かけたらしい。

 そんな中、王自ら来訪し隣の領から水を引き込む配管と魔導による給水装置の設置、および領内のゴブリン駆除に自身の手を汚すということまでしてくれたそうだ。

 私が小さい頃はそれはもう嫌って程、親に聞かされた。

 その後、すでに年も老齢へと差し掛かっていた父は何を考えたのかトライ招来に挑み、私という三人目の子を得るに至った。


魔導まどう


 それが私の龍札。


 さすがに生殺与奪いきるかしぬかを他人に取られたくはなかったので、随分昔に冒険者ぼうけんしゃギルド経由で赤龍機構せきりゅうきこう龍札保管庫ストレージに預けてある。

 やぶけりゃ一発でご臨終になる最大の弱点を持ち歩くなんてのは四聖みたいなイッテル奴、もとい札経由で強力な能力が使える強者か、うちの姉みたいな考えなしの馬鹿くらいなものだ。

 基本機能として耐水、耐火、耐圧、耐刃、耐毒、対魔、他各種補強がされてる龍札だけど、親と本人、それと龍王が関与したときはただの紙切れと化してしまう。

 死にたくないなら龍王は無理だとしても親を殺してどっか人の手に触れないとこに隠しとけば安全という話だな。

 まぁ、親殺しについてはあんま聞かないのはトライに呼ばれるのが主に平和な時代に育った日本人が多いのでそういう考えになりにくいってだけ。

 さて、話は戻るけど私の龍札は文字通り魔導特化だ。


 そのスキルはというもの。


 これのおかげで何度助けられたかわからないし、これのせいでカリス教に恭順するにも一苦労だったともいう。

 何せトライにはカリス教が使う魂の呪縛が効かない。

 理由は単純に連中の使う術の大半が、結局のとこ魔導のパワーソースをカリス神に切り替えて発動するもので龍札とか王機とかいった神代の魔法エンシェントマジックには歯が立たないからだ。

 神聖術しんせいじゅつとかいってありがたがってるやつらの頭がおめでたすぎて笑えてくる、とか調子乗ってたら国の崩壊と同時につかまった。


 けどまぁ、自分はトライだしぃ、本体は龍札だからぁ、とか余裕かましてたらマジで拷問しやがる。

 自慢じゃないけど、痛いのも辛いのも腹が減ってるのも眠いのもめっちゃ苦手だったので泣いて許しをこうた。

 もう、それこそ下も上も駄々洩れで泣きわめいたら、感銘を受けたのかお情けをいただけたってあたり、やっぱ何でもやってみるもんだ。


 その後、私はは神聖術を研究する部署に配属された。


 あ、これ楽なデスクワークだとか思ってたら気が抜けてさ、てきとーにレポート書いたらあとは三度の飯と同じくらい好きな酒と女でだらけてた。

 その後、なんでか追撃隊に配属されて極東の辺境行き。

 そこで魔導王を禁断の大魔導で撃破、その隠し子と思われる銀髪紫眼の美少女と激戦の後、今に至る。


 だったらよかったんだけどなぁ。


「あっかりー、おかわりちょーだい」

「あ、こっちもー」

「はーい、ちょっとまって。いま新しいごはん外からもらってくるから」


 そも四十七人の兵士と私が転換したこの中で、私が一番上のはずなのにこの態度。

 私、お前らの姉だからね。

 シャル姉の監視の目さえなければ放りだすのに、なんでこっち来てまで中間管理せなならんのか。

 いつかきっちり仕込んで骨の髄まで姉に尽くす妹集団にしてやるわ。

 そんなことを考えながらポシェットからでると主要な姉たちが馬車のそばで食事をしてた。


「ごはん、おかわりください」

「はーい、どんどんもってってね」


 持ってってねとは言うがそもそもがこれ、ポシェットの中に持ち込んだ土の上に私らが育てた芋なんだけど。


「あの、そろそろ他の料理も食べたいなぁ、とか」


 私が切り出すと姉たちの手が止まった。

 ヤエ姉とかフィー姉とかの手が止ってないことはこの際見ないこととする。


「あのっ! そろそろ草と芋以外が食べたいんですけどっ!」

「せやなぁ」


 相槌を打ったのは一番上の姉、優だった。

 この時、私は己の失敗をまだ理解してなかったのである。


「そんじゃあかりちゃん、ねーちゃんと一緒にサメハンティングといこうか」












 襲い来るサメ、私と一緒に逃げる優姉。

 この海峡の海沿いで最も手軽に取れるたんぱく源、それはサメ。

 焼いてよし、煮てよし、刺身でもおいしいという三拍子。

 ただし日持ちはしない。

 最後のおまけにトライたちの持ち込んだ非常識のせいもあってこっちの世界じゃサメが空を飛ぶ。

 おかげで海峡の上はサメだらけだ。


「エアロシールドッ!」


 ここしばらく、海峡を渡るのに苦戦してるとは聞いていた。

 当たり前だし、普通はたまに空を流れていく浮島を狙ってその上に乗って移動する。

 つーか私らもシャル姉たちもそれで移動したし。


 そしていま私はアホ姉の一言のせいで空にいる。


『あかり、うしろっ!』

「アイスバレットッ! サンダーランスッ!」


 もう一人の姉のかけ声でフローティングボードを反転、シールドをサメにあてつつほかのサメを打ち落とす。


「大した腕ですわね。これだけの腕があるならあの時外法を使わずとも勝てたかもしれませんのに」

「っ! ライトニングジャベリンッ!」


 下から聞こえるシャル姉の声に反応してる余裕がない。


「ひゃっはー、サメを駆逐だぁ」


 そして私の後ろにがっしりと抱き着いて離れないこの大荷物の優姉が心底邪魔くさい!

 確かに幽子姉の警戒網がなければここまで善戦できなかったろうけど、そもこいつ一緒に来る意味なかったんじゃないの。


『あ、気が付かれた』

「胸おっきいねぇ、もんでいい?」


 もぉいやだぁ!!


 一気に空に駆け上がると体の向きを下に向け、あの日目に焼き付けた魔導構造を再現リトライする。


「エアロバースト!!」


 サメが落ちてくなかついに切れた私のマナ。


「あっ」


 死を予感したその時、迫りくるサメの前に銀色の髪がたなびいた。

 トライとしてこの世界に生まれた時から魔導が使えた。

 こっちの親は熱く語ってたけど、しょせんは能力でありスキル、道具。

 私利私欲のために使う以外に何の価値があるのかと冷めた目で見てた。


「グラビティ」


 あの時と違って間近で見るその魔導は芸術的な美しさを持っていた。


「あはっ」


 なんで笑ったのか自分にもわからない。

 ただ、綺麗だと思ったんだ。










 ポシェットの中、魔導の光だけが頼りの部屋の中でいいにおいが漂う。

 年長の姉たちには空間の拡張とほかの明かりや空調魔導具を頼んでるのだけど一向に実装される気配がない。

 あの姉たちに任せてるととことん放置される。

 いい加減、そのうち自分で作ろうかな、生活コモン魔導具。


「あかり、もう一切れ頂戴」

「こっちにも。あかりちゃんがとってくれたこれすっごくうまいわ」

「あ、私も」


 こんがりと焼かれたサメのソテーに群がる妹たち。

 そしてその皿にのせてく私。


「あんたら自分で盛り付けなよっ!」


 私だって食べたいんだよっ!


「まぁ、まぁそういわないで」

「よっ、未来の魔導王」


 え、それなんかよくない?

 そりゃ私なら一度見た魔導は再現できるしさ、もーしょうがないなぁ。

 悪くない気分で妹たちに追加をふるまってたら私より小さいひよこ付きの姉に裾をひかれた。


「おい、アカリ」

「なんですか、ナオ姉」


 元上司なのもあって絡みたくないんですけど。


「お前結構強いのな」

「そりゃまぁ、仮にも元四聖の部下ですから」


 なんかすっごくやな予感がするんですけど。


「今度オレと勝負しろよ」

「いやですよ、興味ないですし」

「なんでだよ、面白れぇだろ」


 周囲の妹たちが見つめる中、私は胸を張って答えた。


「私の夢は褒めちぎってくれる美少女たちに囲まれてうまいものを食べながら面白おかしくただれた生活することなんです」

「いるじゃねぇか、かわいいのがたくさん」

「私が言ってるのは妹じゃねぇよっ!」


 私が切れつつそういうとナオ姉は首を傾げた。


「ところでお前、なんで女になってんの。馬鹿じゃね」

「あんたがいうなっ!」


 なんでこうなった。

 くそ、いつか家出してやる。


「ねぇ、おかわり」

「はい、どうぞっ!」


 ポンと肩に置かれた手をみると珍しく中で一緒に食べていた優姉が笑っていた。


「どんまい」

「誰のせいだと思ってる」

『わかる』


 なんかそのうち血管切れそう。

 くそ、家出するのはシャル姉の治療魔導を見て盗んでからにしよう。

 その前に生活改善とポシェット内の環境整備しないと。

 もうやだ、これでもなお私が前世で死ぬころの向こうの世界よりましだというのがね、もう泣きたい。


「ほんと、どうしてこうなった」


 ああカリス以外の神よ、転生してなお苦難に満ちた哀れな私を救ってください。

 できれば三食、昼寝に酒と嫁付きで。


『ん、あかりなんかあたしのこと呼んだ?』


 あんたじゃねーよ。

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