その幻想は茜色に染まっていた

 再び、埋葬少女まいそうしょうじょになった私が火浦の前に立つ。


「……げ……ほっ……めんど……くせぇ…………やれ……よ……」


 まぁ、殺すと思うよね、あれだけ脅せば。


「まぁ、そういわないでよ。少年。最後にもう一掘りさせてもらってからね」

「……か…………しろ…………」


 スコップを少年の前にかざしその額にそっと触れた。




















 夏が過ぎ、そろそろ秋も深まるかというそんな季節の河川敷。

 眼鏡をかけた父親と、車椅子に乗った母親。

 そんな二人の傍を小さな子供がはしゃぐように走る。


「おい、直也なおや。そんなにはしゃぐと転ぶぞ」

「だってさんにんででかけんのなんて、めったにないじゃん」


 くすくすと笑う母親が子供に悪戯っぽく説教する。


「こら、ナオ、お父さんのいうことちゃんと聞かないとだめよ」

「ちぇ、わかったよ」


 そんな三人を暮れの夕日が赤く包み込み始めていた。

 振り返った子供がすべてを染め上げる茜の空をみて声を上げる。


「すっげぇ、まっかだな!」


 はしゃぐ子供に苦笑する両親。

 母親がそっと口を開いた。


「ナオ、夕方の赤い色はね、優しさの赤なのよ」

「やさしさ? やさしいとあかいの?」


 怪訝そうな子供に母親が続ける。


「そう。お昼と夜の間のこの時間は逢魔おうまが時ともいってね、見ちゃいけない悪いものが見える時間だって昔の人は言ったんだって」

「へんなの、こんなにきれいなのに」

「そうね。だからお母さんはこう思うようにしてるの。この赤い時間はお母さんのお母さんやお母さんのお父さんみたいに遠い世界に行ってしまった人たちと触れ合える時間なんじゃないかって」


 周囲の赤い色がさらに強まりまるで赤い絵の具で染め上げたような赤一色の世界へと変遷していく。


「え……それって」

「うん。懐かしい人に会えるってこと。それはすごくうれしい事なのよ、ナオ」


 振り返って太陽を見つめる子供。


「すっげぇんだな、あかいのって」


 視界に広がる茜色、その逆から両親の声が聞こえた。


「……お前」

「夕方くらいは会いたいもの。ダメな母親ね、私」

「ん、なんのはなし?」


 振り返ると両親がなんでもないとほほ笑んだ。


「ナオ、辛くなったら夕陽を思い出してね」





















 私の裾を左右からきゅっとつかむさき沙羅さら


「お姉ちゃん……」


 私は深くため息をついた。

 実のところ寄る辺や精神の破壊と再構築自体はさほど難しくない。

 しかしなぁ、まいったね。


「私にはこの幻想は壊せないなぁ」


 晴れ渡る青空の下。

 全てが焼け、そして水没した大地がそこにはあった。


「なぁ、少年」

「………………な……」


 手も足もない、皮膚も焼け爛れ荒い息をするその死にかけを見ると、何とも言えない気持ちにさせらられる自分に気が付く。

 とどめを刺したいような。

 助けてやりたいような。

 馬鹿にしたいような。

 こいつは稀代の殺人者だ。

 これを抱えて姉として守れる強さが私にあるのだろうか。

 今さらといわれそうだけど悪意から妹たちを守れるものだろうか。


『できるよ、優なら』


 ふと右横を見るとすっかり脱色された赤目の我が神がそこにはいた。


「そうだね。できるさ、私らなら」


 そう口にした瞬間、大地いっぱいに広がる巨大な光の魔法陣が出現した。

 ただし、前回とは違い大地だけではなく透き通る天空にも別な大きな魔法陣が広がっている。


 ま、なるようになるさね。

 右手の指二本を立て他の指を内側に握りこむ。

 すると立てた指先が金色に光った。


「北辰の流れは絶えずして、地へと還れぬ物は無し」


 左から右へ、金色の光が指の動きを追いかける。


「南天の輝きは帰せずして、天へと還れぬ者は無し」


 そのまま左下に、そして頭上へと指を動かすと光がなお一層強くなってゆく。


「我が前のもの、今まさに還り逝くものなり」


 指をそのまま右下に、魔法陣の輝きがさらに強くなる。


「このモノすでに渇くことなし、乾くことなし」


 光が付いてくるのを確認しながら一気に始まりの位置へと戻す。

 目の前に金色の光を伴って五芒星が光り輝く。


「我が崇める妹の神、シスに願い奉る」


 私が言うと同時に幽子の全身から空の魔法陣へと光が駆け上がっていくのが見えた。


「光さす庭に場所無き者に転輪を」


 焼けた大地が、森に飛ばされた兵達が、そして火浦も火の鳥も世界樹もすべてが光の粒子となって掻き消えてゆく。

 無かった事にはならない、むしろその惨事が在ったことを前提に、再びこの世界に私が愛することができる存在である妹ととして生れ落ちる、それが私の妹転換。

 それは幻想が支配するこの世界だからこそ許された私だけに優しい風景。


「全部まとめてっ、妹になれっ!!」


 いい加減、限界だった私の意識が薄らいでいく中、囁くような幽子の声が聞こえた。


『みんな、悪いんだけどうちの子になって。そんでもって一緒にアホ姉の面倒見てね』


 ははっ、ちがいない。

















 青空の中、馬のない馬車が進んでいく。

 フィーと私が前方を見るために御者台もどきに座っていると、九歳くらいに見える赤い長髪の女の子がひょっこりと後ろから顔を出した。

 頭の上には赤い毛色のヒヨコが寝ている。


「なぁ、ねーちゃん」

「なによ、ナオ。いまフィーとエロしりとりがいいとこなんだから」


 頬を膨らませたその子が口を開く。

 口元には八重歯が覗いている。


「あいつなんとかしてくれよ、勉強勉強ってまじだるいだって」


 そういうナオの言葉を受けて後ろを振り返ると、馬車の幌を突き破って伸びる床に根を張った小さな世界樹が見えた。

 そしてその木の前に浮かぶナオと同じくらいの年齢に見える緑の髪に緑の衣装をまとった半透明なドライアドの少女、エウがこちらを見ていた。


「まだ二限目の中盤なのでありますよ。姉上殿からも勉学の重要性をナオに再教育してほしいのであります」

「そうはいってもなぁ」


 あの後、大量に出現した妹たちにはとりあえず沙羅のポシェットにはいってもらって我慢してもらってる。

 やり方としては適当な大きい木の箱っぽいものをマリーたちに作ってもらってそれごと収納した。

 元兵士の子が四十七名、あの時生きていて私のスキルに巻き込まれたのがその数だったわけだ。

 大体ほとんどがロマーニ出身だったのもあって今のとこおとなしくしてくれてる。

 まぁ各々思うとこはあるだろうけどね。


『すごく窮屈そうなんだけど。あとトイレとかまずくないかな、あれ。あたしはあのプルプルしたのがいると思うと落ち着かないんだけど』

「なんとかなるでしょ、アカリもいるし」


 同じく魔法陣に巻き込まれていたシャルと戦ったという魔導士。

 その子も妹に転換していたので「アカリ」と名付けて増えた子らの取りまとめを任せてる。


『なんでアカリなのよ』

「昔、近所のにーちゃんのエロいビデオにそういう名前があったから。なんかエロそうだったし」

『あんたって奴は』


 今のとこトイレ替わりとしてエウが教えてくれた微生物や廃棄物を食べる緑色のスライムを沙羅のポシェット内に持ち込んでる。

 臆病なうえに腐ったものとか腐敗物を好んで食べるそうな。

 むしろこの半端にシビアなこの世界にヘビーじゃないスライムがいたことに私が驚いたわ。

 そういや廃棄物処理用の生物でどっかの文明が滅んだとかいう逸話もあったよなぁ。


『やめてよ、まじめに怖いから』

「そうはいってもね、あの人数を外連れて移動するのは無理よ」

『コンテナハウスっぽくてマジでかわいそうだからね、あれ』

「幽子はときどき変に生臭い知識あるよね」

『へんないわないでよ』


 植物であればマリーがどんどん増やせるのとエウが離れた場所の食べられる植物を知らせてくれるのもあって今のとこ飢えることにはなってない。


『絶対食べ物に飽きるし、嫌気さすと思う』

「それなぁ」


 私の目の前で沙羅が順番待ちだった妹たちを出すのが見えた。

 今のとこ順番に馬車の中に出しては授業を受けさせてはポシェットに戻すを繰り返してる。


「くっそ、学校とかオレ、マジで嫌いなんだよ」


 火浦と火の鳥が転換したのがこのナオと赤いカラーヒヨコである。


「最低限、町に入る前には基礎の文字だけでも読めるようにはなってもらうであります」


 それと結局世界樹は復元しなかった。

 まぁ、貰っとけばマリーが何とかするだろうと思ってた枝に根が生えてそのまま馬車で育ってた。

 世界樹はだめでも世界樹のドライアドであるエウが私と縁ができたこと、それと『縁のある対象の存在が失われかけている』という条件をきっちり満たしたらしく、貰った枝からマリーのスキルで強引に根を増やしたミニ世界樹の方に強制的に移動させられていたそうだ。


『ほんっと、優のやることってザルだよね。マリーが枯れないように枝をずっと持っていてくれなかったらどうなってたんだか』

「そん時はそん時さね」


 馬車の中には沙羅、エウ、咲、シャル、マリー、他に元兵士の子が三名出ていて最後がナオというメンツになってる。

 マリーはしばらくは世界樹の御守り、その他は勉強の教師と生徒で全員だと狭いので交代制である。


『ナオなんだけどさ、自分が女の子になったってわかってんのかな』

「さぁ、どうだろうね」


 可愛いからどうでもいいと思うけどね。


『だって、ついてないよね?』

「やけどでもげたって言ったしなぁ」

『ほんと鬼だよね、優って』


 私と幽子がじゃれていると今度は授業をエウに任せたシャルが顔を出してきた。


「お姉さま、今度の方針なのですけど」

「ん、なんかあったっけか」

「はい。トラブル続きではありましたがとりあえず王機とエウを確保できたこと、カリス教の追手を撃退できたことにより、当面の追撃はないと判断できます」

「そうなの?」


 見上げる私にシャルが悪い笑みを浮かべた。


「ええ、王機の起動と火浦の暴走、消滅は向こうにも確認できているでしょう。その後の時空消滅魔法も全世界の力あるものに捕捉されているはずなのですが、結果としてみると不気味なほど何も起きてないのです」

「それってあれかね。ごりっと大地が消えてないって話?」

「はい。少なくとも今まで過去二回の事例ではあれの発動を止めることはできなかったのです」

「そりゃ王機がゲロ吐いて火が消されて発動が止まるとか普通おもわんわな」

『あってたまるもんですか、あんなの』

「今回、きわめてイレギュラーな事象が発生した為どの陣営も当面は情報収集に入ると思われます」

「どんくらいよ」

「短くても十年単位かと」


 十年単位と来たか。


「ずいぶん気が長いね」

「国家レベルはともかくカリス教もドラティリアも最上位は龍王ですからね。神代より存在するので十年程度は誤差範囲です」


 龍王なぁ。


「んー、咲もそのくらいからいるわけ?」

「いえ、青の龍王だけは代を重ねています。人と混血し交雑していますので。白の龍王様の手元にも一人末裔がいますので、状況によっては一代世代交代も視野に入れて情報収取すると思います」

「なるほど、その時間がうちらにとってのつけ入る隙になるわけね」

「はい」


 そこまで話すとシャルは懐かしい世界地図を広げてきた。


「現在はこのあたりです」

「日本の青森あたりか」

「はい。とりあえず海を渡り北の島で一時潜伏するというのはいかがでしょう」

「その理由は?」

「情報収集です。どうにも私たちが逃げている間に世界情勢が大きく動いているようですので一度必要な情報を洗いなおしてみる必要があると考えました」

「なるほどねぇ、終戦後の世界についてとかね?」

「はい」


 妹化した元カリス教兵士の子らから聞いたところによると、カリス教の連中はシャルたちの停戦申し入れはことごとく蹴っていた一方で、他の国に対してはロマーニ国陥落と同時に講和を申入れていたそうだ。

 つまり戦争を続けていたのは逃げていたシャル達とカリス教の間だけだったということになる。


「形式的なものであれば落城時にロマーニ国としては降伏宣言はしているのです。ただ、カリス教がそれを受け入れなかったことから泥沼化しました」

「で、他の国にはそこで受け入れたということにしたと。いやー、つってもさ、シャルたちが逃げながら戦ってた間も他の国を通ってるわけで、さすがの私でもそれは無理があると思うんだけど」


 私の言葉にシャルが苦い笑みを浮かべた。


「連中とそれに乗った他の国による建前ですよ」

「そっか」

『それで、難しい話はいいとして北の島でしばらく生活するってことでいいの?』

「私としてはそれを推奨したいと思います、ただ、お姉さまの名前はもしかしたらカリス教に伝わっている可能性もありますので、潜むとしても仮の名を用意する必要があるでしょうね」

「咲みたいなもん?」

「はい」

「んー、屋号とかでもいいかな」

「屋号といいますとトライたちがたまに使う商家の通称ですね。それでもかまいません」


 屋号ねぇ、越後のちりめん問屋じゃだめなんかね。


『あんたはどこのご隠居だ』

「あーでもいいねぇ、その方向で行くか。よしっ、商売するときには越後屋エチゴヤと名乗ろう」

『山吹色のお菓子に変わったっ!?』


 屋号だからね、だれが使って悪いとかも別にないし。


「正式な屋号が決まりましたら教えてくださいまし」

「うぃよ」


 シャルが中に戻るとずっと黙ってたフィーが話しかけてきた。


「エチゴヤですか」

「うん、テラの物語によく出てくる剛腕商人の屋号よ」

『それちがうとおもうな』


 そうかね、私としてはただの呉服屋さんって印象が強いけどね。


「それはどんなお話なのですか、お姉さま」

「嫁に織らせた黄金色の織物で一介の商人が成り上がる話よ」

『それ絶対何か違うから』


 さて、次の大騒ぎはどんな感じになるかね。


『大騒ぎ前提なのね』

「嫌いかね」

『ううん、心底疲れるけど嫌いじゃない』


 そう言ってくれると思ったよ、我が神様マイシスター

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