時空消滅魔法
「解析終了、名称不定、能力不定、推定スキルは『完全燃焼』深度六怪獣!?」
「シャルマー、ランドホエールを即時停止するんだ!」
室内に突如現れたクラウド。
はっとしたのちにすぐに操作盤に手を付けるシャル。
だがその表情に笑みは戻らない。
シャルが制御盤を両手で叩いた。
「制御を受け付けなくなりました」
『いたいいたいっ! かってにうごく、なぁ!』
マジで私も痛い、ぎりっと歯を食いしばって状況を再確認する。
室内から見える外の光景ではランドホエールから放出された小さな衛星のような部品が、複数燃えるそれを取り囲みビームのようなものを複数放っている。
ビームの先端部分が相手に噛みついてるように見えるけどどうなってんのかね、あれ。
それと同時にランドホエールの筐体が大きく形を変え砲台のようなものが胸部からせり出してきているのが見えた。
「シャル、要点を説明して」
私の言葉にシャルが呼吸を吸い込んでから答える。
「深度六は世界が崩壊する可能性のある水準の危機です。ファイアーマンの頭部が世界樹を喰らったことにより発生したと思われます」
まぁ、そこは私のせいでもあるのでいい。
「で、このクジラは何しようとしてるの」
「青の龍王の組んだ時空消滅魔法の発動準備に入っています」
「消失ってどんくらいよ」
「対象を中心に約千二百キロの球形範囲です」
ははっ、殺して決着つけようとした結果、さらに災害呼んだってか。
笑えないね。
「それって私らも巻き込まれない?」
「このままだとそうですわね。ランドホエールは飛行機能がないので回避のしようがありません。防衛機構が攻撃をしのげるかどうかといいますと……」
つーかキサの妹のカコもこれにさらされたのかね。
「止めるにはどうすればいい」
「分かりません」
「なんでもいい、コンピュータなら叩きゃ止まるでしょ。止めれば何とかなる? 不調になればフリーズするよね」
「未知数です。ですが、龍王様の構築された機構体に何らかの駆動不良を起こせれば糸口はつかめるかもしれません」
よし、ならやろう。
「幽子、フィーリア、このまま妹融合を強めてこいつを乗っ取る。クジラの中にスコップを出すくらいの勢いで」
『痛いしなにいってるかわかんないっ!』
実のとこ激痛なのは私も変わらんのだけどね。
マジ吐きそうだし。
あ、いや……その手があるか。
「沙羅! リーシャをだして! あと私の体も!」
「は? はいっ!!」
にゅるんととびだしてきたリーシャ、あと死体にもみえる私。
「へっ? なに?」
急ぎリーシャの手を引っぱって『勇者』の龍札に触れさせると私は宣言した。
「妹融合、水没少女、リーシャ!」
フィーリアの姿が元に戻りリーシャがかわいらしい水色のドレスに切り替わる。
『「「うげぇぇええええええええええええええええ!!!!!!!」」』
同時に外の表示、室内、そして目の前に液体が溢れかえった。
私は残った体力でにやりと笑いながら再度フィーリアの手を龍札に触れさせて言葉を絞り出した。
「妹融合、埋葬少女、フィーリア」
それでも喉に戻ってきたものをフィーリアが飲み込んでくれる。
流石に自分の体持ってくるの間に合わんかったからね。
いやほんといい女だわね、この子は。
『あんたはその前にあたしと皆、それとリーシャにあやまれっ! ていうかマジで謝って!』
ふと振り返るとランドホエールの内部は各所からスパークが飛び散っているのが見える。
「よし、フリーズ成功!」
『何考えてるの!』
「いやぁ、さすがの王機でもゲロ吐けば止まるんじゃないかなと思って」
『優! もうちょっと、もうちょっと、女の子としてましな止め方はなかったの!?』
「あったらやってる、よし一度元に戻るわ」
融合を解いて久しぶりに自分の体に戻る。
「ですが……おかげで製造時にかかわる根幹の部分に触れられるようになりました」
「マジで?」
私らがシャルの方を見るとシャルが呆然とした表情で頷く。
「ええ。今だけなら青の龍王様が作られたすべての命令が発行できそうです。ただし、今現在進行形で自己修復が動いていますのであまり猶予はありません。あと十分で戻ります」
早いよ、というかどんだけでき良いのよ。
「そもそもなんだけどさ、さっき動きかけてたトンでもなさそうな兵器っぽいのって最初からついてた代物なわけ?」
「ええっと……違う、見たいですわね。後付けのようです」
『ならフォーマットしちゃえば?』
あ、幽子の目が座ってる。
よっぽどきつかったんだわね、これ。
ごめんよ。
「はい?」
『初期化しなさいよ、大戦前の状態まで』
「あ、い、いえそれはさすがに問題があるのではないかと」
「僕としてもそれはさすがにちょっと困るのだけど」
しれっとシャルの傍によって表示板を見ていたクラウド。
「シャル、そも初期化ってあるの?」
「ええ、まぁ……ここのリストのこれですわね」
シャルと私がリスト覗いている傍で幽子とクラウドの痴話喧嘩もどきが聞こえる。
『なに? クラウドは痛くて死にそうなあたしとランドホエールどっちが大切なの!?』
「そういう問題じゃないだろう、そも君レイスだよね」
『ごまかさないでっ!』
「ごまかしてはないよ。僕としてはどちらも大切なわけでね」
ランドホエールとの妹融合も完全に解けば幽子の痛みも解けるだろうけど今はあえて説明しない。
つーか幽子、完全にてんぱっててこっちの意識も読んでないね、これ。
『優だったらすぐにあたしって答えるのにっ!』
「いや、そのだね」
シャルと二人でじっとコマンドを見る。
「シャル、初期化したら追加されたのってどうなるのかな」
「一時的に機構に乗り切らなくなるので強制的に外部放出されると思います」
シャルが操作盤をちょいちょいいじっている。
「それ今融合してる幽子につっこめない?」
「さすがに全部は無理です。破裂しますよ」
数字がなんか出てるのがそれかな。
「なら今回の消失云々だけ全部幽子行きで」
「それなら何とか」
シャルがさらに操作を進める。
クラウドが慌てた表情で振り返る。
「ちょ、ちょっと待つんだ。シャル、やるんじゃない。それはさすがに後で僕の責任問題に……」
『待ちなさいよ、話は途中なんだからね』
「それどころじゃないんだ、放してくれ、ハニー」
『いーやっ!』
ナイス幽子。
「シャル、やって」
「準備はできました。よいのですね?」
「うん、姉として指示する。ランドホエールを初期化する」
「はい」
シャルがぽちっと表示板を押すと風景が一変した。
水浸しの大地に焦げた世界樹、ぐったりと伸びた幽子を抱き留めつつ額を手で押さえるクラウド。
その頭上には手のひら大の小さなクジラがふわふわと浮いている。
つーかなんか幽子の髪の色が真っ白になってるな、まいっか。
ゲロ吐いてぐったりしてるリーシャ、それを介護するフィーリア。
呆然とした咲と沙羅。
「いやはや、こりゃまたある種の地獄だわね」
ガチで頭痛いんですけどと私がボヤいてると白髪化した幽子がゆっくりと目を開いた。
『誰のせいだと思ってるのよ』
そう言いながらこっちをにらむ幽子の瞳は暁の赤を思い出す様な、美しい赤目に変わっていた。
白衣と緋袴にもなんか複雑な紋章が入り込んでるね。
ま、似合うからいっか。
「お姉さま、あちらを」
シャルに示されたを方向に視線を向ける。
世界樹の根元、そこには火の鳥との融合前よりも一回り小さくなった火浦の残骸らしきものが見えた。
焼け落ちてすでに黒い部分しか見当たらない世界樹の根元。
両手両足がなく全身黒焦げの火浦がまだかろうじて生きていた。
それに寄り添うように傍に丸まった手のひらより小さい火の鳥もそこにいた。
それらがもう長くないのは誰に目にも明らかだった。
「だ……れ……だ……」
私と妹たちが囲む中、何も見えないのか火浦がうめくように声を上げた。
「私だよ、少年」
「……て……ぇ……かよ……わ……よ……」
「お前さんが笑われて楽になるならね」
全員が傍にいる中、ステファが一番複雑な表情をしてるのがわかる。
まぁ、同僚を一番殺されたのはステファだわね。
「ステファ、仇討できるけどどうする?」
私がそう言って振るとステファは困ったように頭を振った。
「姉さん、ボクたちがしたのは戦争であって私怨の戦闘じゃない。彼はカリス教の軍属で戦っただけだ。追撃指示も組織の指示、ボクが仮に彼を殺しても晴らせるものは何もない。友や家族を殺された恨みは殺したくらいではなくなりはしないんだ」
「………………」
大人なんだか大人じゃないんだか。
「シャルはどうする」
「私、前の人生で消した人命は万を優に超えますわよ。人にとかく言えた義理ではありませんわ」
それ、ゴブリンとかの命も数に入れてそうだわね。
ヤエの方をちらりと見ると心配そうに黒く焦げ堕ちた世界樹をみていた。
興味ないのが傍目にもわかる。
さてと他の妹たちもとどめを刺したそうなのはいないか。
「咲、この少年はね。逃げるために人を屠り続けてきた臆病者だ。その執念はたぶん海よりも深く山よりも高い」
「どうしてわかるのですか」
「私と同類だからだよ、方向は違えどね」
妹たちが息をのんだ。
私も逃げ続けてきた人間だからねという言葉は今は飲み込む。
「だからわかる。事ここに至ってもこの少年の心は折れきってはいない。助けても妹にしても間違いなく報復を狙う、それこそ焼死こそ最高の救済だと嘯いてね」
私はこの世界で最初に妹にした最愛の龍王の青い瞳を覗く。
「それでも咲はこいつを助けてほしいのかい」
「はい」
前々から気になってたのよね、この子の考え方が。
最初は温室育ちのお嬢様固有の考えなしの意見なのかなと思ってたのだけど、どの状況に至ってもこの子はこの方面についてだけは頑として折れてくれない。
決して地頭が悪いわけでもなく、一度聞いたことは自分なりに解釈してきちんと覚えているこの子がだ。
やむを得ない時にはひいてはくれるけど、どんな相手であっても可能な限り助けることをあきらめようとしない。
「手が届くからと言って助けて回ってたら最後は自滅するだけよ。その行動は自分のみならず周辺を滅ぼす。それに救われることよりも放置されることを望むものだって存在する。男ならなおのこと生きることよりもつまらないプライドや生き様が大切だってのは腐るほどいるさね。それでも助けたいのかい」
「はい」
「感謝されずに逆恨みされ報復を受ける可能性も高い、それでも?」
「はい」
出来れば私はここで咲に……
何考えてるんだか、何と言ってほしいのだろうね、私は。
「どうして?」
「生きてて辛いことがあるというのはわかります。それでも、できるのなら助けたいのです。今は無理でもいつかは仲良くしたいのです。好きでいたいと思うのです」
「咲、それは幻想よ。同じ家族であっても、そう、姉妹であっても憎むことはある。殺したくなることだってたくさんあるのよ」
「はい」
咲以外の皆が、そして一番幽子が驚いた表情をしてる。
「犯罪者を生かす理由は通常は罪の清算の為よ。罪を認知でないものに罪刑は意味をなさない」
「かもしれません」
「ならどうして?」
「生きててほしいからです。いつか楽しいこともあるかもしれないからです、いつか嬉しいこともあるかもしれないからです」
咲は一息とめると言葉を綴る。
「いつか傷つけた人のことを思って泣くことができるかもしれないからです」
理想論にもほどがあると私は思う。
自分でも忘れていた苛立ちに私自身が戸惑う。
「人間ってのは簡単には止まれない生き物よ。一皮むけば獣性にまみれる、神が作りたもうた完成品でもない、欲に際限はない、そして理解せずに踏みにじることを理性とうそぶいて実施する。それでも助けたいとおもえるのかな」
「お姉ちゃん」
咲はちょっと小首をかしげると私のさらに傍によってきて見上げた。
「私はそんな人間も含めて皆が好きなのです。それに大体今言ったことはお姉ちゃんが自分をそうだと思ってることではないのですか」
言われた瞬間
「それとおねえちゃん」
「うん」
「私が一番助けたいのは……」
透き通るような青い瞳が正面から私を射抜く。
「あの人と同類と言ったお姉ちゃんなのです。だからこれは私の唯の我が儘です」
まいったねぇ、完敗だわ。
同じことを言われたことはあるけど、この短期間の付き合いで言ってきたのはこの子が初めてだわ。
「じゃぁ条件を付けよう。この少年の最後の心の傷を掘り起こしてそれで決めるってことでもいいかな」
「はいなのです」
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