沙羅
「はーい、みんな注目―」
手をたたいて皆の注目を集める。
死体も何もかも、居た痕跡すら消え失せたゴブリンの巣を後にした安藤探検隊はベースキャンプたるこのなんちゃって馬車まで戻ってきたのであった。
なお、洞窟内には天然温泉はなかった。
『その設定、まだ生きてたんだ』
私達が留守の間に壊滅、なんてこともなく散発的に襲い掛かるゴブリンなどを処理していた以外は極めて平和だったらしい。
「お疲れ、ステファ」
「姉さんほどじゃないよ。ところで姉さん、その子は?」
ステファの視線の先には緑色の肌に肩口まで届く黒髪に茶色にも見える大きな瞳。
首には髑髏の形に掘りこまれている琥珀色の透明な石が沢山配置されてたネックレス。
同じく淡い緑色のワンピースを着た十一歳くらいの娘が立ちすくんでる。
「みんなに紹介するね。この子は現地で調達した新しい妹だよ」
『調達って、あんた妹をなんだとおもってんの』
ちなみにこの子の腰についてる小さなポシェットは私が特別にイメージした特注品。
私の紹介に合わせてぺこりとお辞儀をして頭を上げたのにあわせて私が捕捉を入れる。
「カッパの
「へっ?」
目を丸くして私を見る沙羅。
いいねぇ、こういう新鮮な反応。
最近は誰も驚いてくれなくてさ、幽子以外。
『ちょ、ちょっとまって。この子、ゴブリンだよね!』
「姉の名において幽子に命ずる。驚愕時の反応は基本「ふえっ!?」から始まるものとする」
『ふえっ!? ちょ、ちょっと何してくれんの!』
「うんうん、やっぱこういうあざとい反応も妹の神であれば必要だと思うわ」
『いらないから! さっさと戻して!』
「可愛いと思うんだけどね」
さて、悪ふざけはそこそこにして直すか。
言動を拘束したのを自由に、だとふわっとしてるか。
驚いたときの反応は自由に、これもなんか違うね。
式鬼って規制を全解除すると消失したり自動で主に報復に走ることもあるから難しいのよね。
幽子自身の意思に関係なく暴走されたら目も当てられんし。
あーやっちまったわー、言動規制は今後は慎重にやらんとだわねー。
「ごめん、すぐに直すのは無理だわ」
『ふえっ!?』
私と幽子がワイワイやっている傍で咲がシャルに聞いているのが聞こえた。
「シャルお姉ちゃん、カッパってなんですか」
「かつてテラに広く普及していたといわれる水棲妖怪です。科学文明の普及とともに衰退し絶滅したと聞いています。緑色の肌にサラサラの髪、手には水かきがあったりするそうです」
「そうなのですか」
私も初耳だわ、その河童話。
キラキラした眼を沙羅に向ける咲。
「わ、私、水かきなんて持ってませんよ」
そこでヌカル私じゃないんだな。
「あるよ、腰のポシェットに。手を突っ込んで触れたものだしてみて」
驚いた表情でポシェットの中いれた沙羅が恐る恐る取り出したのはビニールのようにに見える謎素材の水かきグローブ。
「水かきなのです!」
「水かきですわね」
シャルやアイラ達の時は余裕がなくて細かな調整できなかった分、今回は細部にこだわってみました。
『優、あんたさ、その繊細さを他にも割り当てなよ』
しらんね。
納得がいかないのか首を捻るシャル。
「ですがカッパであれば頭に皿があったりするはずなのですが」
「かっぱにもバリエーションがあるのよ。皿や甲羅がないのもいるのよ。だからとりあえず名前をサラにしてみた。つーことで沙羅、挨拶」
私の勢いに押されて沙羅が口を開く。
「え、あの。沙羅です。よろしくお願いします」
「慣れるまではアイラが面倒みてあげて」
「うん、わかった」
色々あった結果、日が暮れかけていることもあって今日は強襲された場所から少し離れた森の中での宿泊。
皆が沙羅を囲んで質問攻めにしている一方で、シャルが私の傍に寄ってきた。
「あの子、ゴブリンですわよね」
「たぶんね」
「首のあれはなんですの」
ああ、髑髏ネックレスね。
「あの子が死なせた子のよ」
「なるほど。ではあのポシェットは」
「甲羅の替わり」
『それであの模様なんだ』
そう、沙羅のポシェットはわざと亀の甲羅っぽくデザインしてる。
「なぜそのようなことを?」
「ちょっとね。沙羅、いまちょっといい」
「あっ、はい」
私が手招きで呼ぶと、他の妹との会話を一時止めた沙羅がやって来た。
「そのポシェットにそこの馬車詰めてみて」
「え、詰めるってこれに?」
『大きさ的に考えて無理でしょ、普通』
困った様子の沙羅に頭から否定する幽子。
「いいから。ほらやる」
「えっと、こう?」
どちらかというとポシェットを馬車に押し付けた沙羅。
瞬間、馬車がにゅるんとポシェットの中に消えた。
『ふえっ!?』
「「「「「えーー!」」」」」
騒ぐ幽子と妹たちに対して納得した様子のシャル。
「空間圧縮魔導ですわね。入れるときに尺が歪んでいく術式は初めて見ました」
「妹転換スキル発動時に特殊アイテムごと沙羅をイメージした」
「面白い、そんなことまで」
私や幽子のいたという科学世界テラに対して、シャルが呼ぶこの世界の呼び名は幻想世界アスティリア。
その名が真ならばどこまでできるのか試してみたくなるわけさ。
「そっ。妹転換の時についでにイメージすればついてくるかなって。ゴブリンだといまいちいいものが思いつかなかったから、緑の肌つながりでカッパに転換すれば神話や創作上のガジェットも再現できるかなって思ってさ」
原点だと
中で溶かされちゃ困るのでカメが首引っ込めるようなイメージの方をつかって収納とした。
「なるほど。ところでお姉様」
「なに」
「あの馬車には救い出したエルフの子が寝ていましたが一緒に圧縮してしまってよろしかったのですか」
「沙羅! すぐ馬車取り出してっ!」
数分後、ポシェットから取り出された馬車から降ろされたエルフっ子はとくに怪我もなく寝ていた。
『優』
「なによ」
『あんたって真性の馬鹿でしょ』
いやぁ、私だって結構失敗するんだって。
「どっちかいうと阿呆の方では」
『それだっ!』
シャルも言うね。
まぁ、否定はしないけどさ。
そうこうしているとエルフっ子が少し目を開いた。
「お、起きたね」
「ここ、どこだべ」
ほう、方言なまりのロリっこエルフときたか。
『なんでそこ喜んでるのよ』
「んめだ」
「えへへ、よかった」
起きたロリエルフ。
食われそうな感じに吊るされてたわけでいきなり騒ぎ出してもおかしくはないと思った私はとりあえずアイラに頼んで餌付けすることにした。
金髪に緑目のロリっこが食べやすく調理されたアイラのスープを食べ切るのを待ってシャルが話しかけた。
「貴方、ヤエスヴィティニトラーヴァですわね」
「なしてオラの名を」
きょとんとした表情でヤエスヴィティ……めんどい、ヤエでいいや。
『あんたはそういうとこがズボラなのよ』
驚くヤエにシャルが畳み掛ける。
「私は霊樹のドライアド、エウリュティリアの古い知人です」
「ね-ちゃんの!? なら、なら!」
「ゆっくりでいいので教えてください。私の知るエウリュティリアは支配地域内にゴブリンやあなたのような幼子を放置したりはしません。なにがありました」
「おら……」
急にぐずぐずと泣き出したヤエをなだめつつシャルが要点をかいつまんで聞き出した。
ヤエの主観が混じるのでぼやけているところも多いけど、簡単にまとめると今いる場所の少し北にある霊樹のもとでエウリュティリアに保護されていたヤエ。
何からの保護かというと亜人種の根絶を唱えるカリス教からだそうだ。
「エルフ駆逐されてるのか」
『みたいね。シャルとあの子の話ぶりだと下手するとあのヤエって子が最後の一人かもね』
「私のエルフの妹三昧で森のなかできゃっきゃうふふ大作戦が」
『そんな計画潰れてしまえ。あんたは爪の先ちょっとでいいから真剣になりなさいよ』
さらに続くヤエの話。
何度も訪れてはヤエの引き渡しを要求するカリス教の使いに対して力を以て突っぱねていたドライアドのエウリュティリア。
話の中で聞く分にはシャルが言うとおり結構な猛者みたいね。
「そこです。始まりの霊樹の子である希少な世界樹、そのドライアドであるエウリュティリアは最低でも深度四相当です」
「怪獣がきただ」
「エウリュティリアの強制空間転移は? あの子なら最悪深度五の怪獣でも一度であれば遠方に放逐できたはずです」
「んだ、ね-ちゃんは飛ばしたんだ。んだども戻ってきたんだ」
「怪獣が自分の意思でですか」
首を横に振るヤエ。
「ちがうだ。あの怪獣は使われてるだ」
「なるほど。あれですか」
『シャル、あれってなに』
アイラをはじめとして妹たちが沈んだ顔をしている。
ふーん、何かは分からんけどこのあたりかね、シャル達のロマーニが滅んだ理由って。
「カリス教が編み出した大地を踏み荒らす怪しき獣を操る技術。コントロールビーストです」
「んだ」
「ヤエスヴィティニトラーヴァ、襲ってきたのはどんな怪獣でしたか」
「わがんね、火でできたとりっぽかっだ」
まいったね、よりにもよって火か。
アイラに無理してもらって最悪怪獣にあたる可能性も見て新しいスキルを作ったけどこれは無理筋かもね。
『アイラじゃだめなの?』
「普通にいくなら水で対処だわね。ただなぁ」
『なによ』
「私の最初の妹、津波でいなくなったんよ。だから水はちょっと苦手なんだ、私」
『えっと、そのなんか、ごめん』
「しゃーない」
私らの会話の間にもヤエから聞き出していたシャル。
一旦ヤエを他の妹に預けると私の方に来て口を開いた。
「お姉様、おそらくになるのですが悪いお知らせが」
「なによ」
「目的地にいる怪獣についてなのですが」
「うん」
「おそらく宇宙怪獣です」
やばいね、それは。
あれだわ、こうなってくるとこの世界で銀の巨人に丸投げして逃げたくなった気持ちが分からんでもないわ。
「申し訳ありません、私の読み違いです。さすがにリスクが高すぎます、霊樹への立ち寄りはやめた方がいいでしょうね」
『そんなに危ないんだ』
「はい。奥の手を使えない現状ではほぼ間違いなく壊滅します」
私は特撮はあんまくわしかないけど宇宙怪獣ではそうかもね。
「そもそもあの子はなんであんなことになってたん?」
「怪獣襲来時に安全確保のためにエウリュティリアがあの子を遠方まで飛ばしたようです」
「ああ、戻ってきちゃったのか」
「はい」
姉が心配で怪獣が荒れ狂う場所まで戻ろうとして途中でゴブリンにつかまったと。
『……優』
馬鹿だなぁ、
「どうなさいますか、お姉様」
シャルに対しての答えを保留した状態で私はヤエに近づいた。
「ねぇ、ヤエ」
「おらのことだか」
「そうよ。私は安藤優、この子たちの姉なの」
「ねーちゃんか」
「うん」
見た目的には六歳くらいに見えるロリっ子。
まぁ、中身的にはもっと年いってるんだろうね、受け答えはしっかりしてる。
「たぶん、今からいってもヤエのお姉ちゃんは助からない」
「………………」
沈黙か。
そりゃそうだわね。
「それでも行きたいのかな」
「んだ」
「なぜ」
「心配だ」
「それだけ? 無駄かもしれないのに」
朝露のように輝くブロンドヘア、淡い緑の瞳を持ったエルフは私の質問に首を傾げた。
「好きだから。おらがねーちゃんに会いに行きたいの、そだにおかしいだか」
そういうとヤエは下を向く。
いやはや、まいったね。
私一人で動くってのも何度か考えたんだけどね、たぶん意味がない。
私が消えて特殊なスキルで転換した妹たちがそのまま世界に残れるって保証が今のとこ微塵もないんだわ。
最悪、それこそ幻のように奇麗さっぱり消え去るってのもあり得るわな。
今いる自分の妹たちを危険にさらして馬鹿やるとか自分でも狂気の沙汰だわ。
それでも私はこのエルフの子を「じゃ、頑張ってね」と見捨てることが出来ないでいる。
『どうせ決まってるんでしょ。地獄の果てまで付き合うよ』
幽子はいいね。
いつも私の欲しい一押しをくれる。
「愛してるよ、マイシスター」
『はいはい、言ってなさい』
よし、腹は決まった。
「シャル、無理をするだけの成果ってあるかな」
「あることはありますが……ハイリスクハイリターンです。よいのですか」
「人生そんなもんよ。皆、悪いけどまた危ない橋付き合って。ヤエ、案内お願い」
ヤエが跳ねあがるように顔を上にあげた。
「いいんだか」
「姉を助けたいと思う妹を見捨てるわけにはいかないからね。私らの神、シス・幽子もこういってる、『姉を助けよ、されば妹がついてくる』」
『あたし、そんなこといってないからね』
さて、行くにしてもどう準備したものかね。
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