妹の微笑 フィーリア・アンドゥ・シス・ロマーニ編

 フィーリアです。

 今日も、お姉さまの指示にて部屋を掘っております。


「ということで悪いんだけどフィー、そっちの端とむこうの左にも同じように部屋創っておいて。広さはとりあえず同じくらいで」

「わかりました、お姉さま」


 お姉さまが立ち去ってすぐに作業を開始します。

 土を意識し押しのけるような感じでググっと力を入れると、最初は強い抵抗があるのですがそのうちその力が抜けて簡単に動いてくれるようになります。

 そうやってこれまで穴を掘ってきました。

 お姉さまが私たちを生かしてくださったときに身に付いたこのスキル。

 私は土操作なのですが本当に便利です。

 昔、埋葬人まいそうにんをしていた時にこの力あれば、千でも万でも穴をあけられたでしょう。

 そうであるならば、戦時にお亡くなりになられた方々の遺体が腐敗する前に埋葬できたことを考えると少し残念です。

 ですが、今のように生きている誰かのために仕事をするというのも悪くないのかもしれません。

 二部屋の穴あけが終わったあたりでお姉さまが再び来られました。


「おー、さすがフィー。はやいね」

「いえ、そんなことはありません」


 私が申し訳ない気持ちで頭を下げるとお姉さまが私の頭をそっと撫でました。

 この頭を撫でるという行為、正直言って微塵もし嬉しいわけでもないのですが指示いただいたお姉さまにおほめ頂いているということを体現する報酬としては大変ありがたいものだと考えています。


「今日はこのくらいにしよっか。明日からはもっと北の方に進めてみよう」

「承知いたしました」

「じゃぁ、あとは適当に休んでおくこと。いいね」

「はい、お姉さま」

「あとさ、フィー」

「なんでしょう」


 私が首を少し傾げるとお姉さまはこう続けられました。


「穴掘り楽しいんでしょ。楽しいとき、嬉しいときはもっとはっきり主張してもいいのよ」

「主張、ですか」


 少し困ったことになりました。


「ちょっとずつでいいから頑張ってみそ」

「わかりました」


 私は感情を出すのが苦手なのです。

 私がそう考えるとお姉さまが苦笑なさいました。


「フィーは顔に出やすいわね、怒っちゃいないからだいじょ-ぶよ」


 顔に……出やすいですか?

 侍女の中でも一番愛想がないといわれたのが私なのですが。


「とにかく今日は後は休むこと」

「承知しました」


 そういってお姉さまが立ち去ってしまうと私には本当にやることがありません。

 昔、墓守をしていた時も本当に暇なときには穴を掘って穴を埋めていたものですが、残念なことに今は木製のスコップもないのでどうしようもないですね。

 そのうちマリーに木でスコップを作っていただいた方がいいでしょうか。

 ですが、正直あの二人のいちゃつきに割り込めるかというと……やめておきましょう。









 少しだけ、元埋葬人で今は侍従をしております私の話を聞いていただけますでしょうか。

 私の育ちはロマーニ国北部の寒村、コナラ村です。

 コラナというのはテラにある樹木の名前だということを、随分昔にトライの方に教えていただきました。

 リーシャはそのトライの方が連れていた子で、後に怪獣によって住んでいた都市が消え去った後に侍女となっていた私が引き取りました。

 そのコナラ村なのですが、北部で発生した怪獣被害で食っていけなくなっていました。

 その折、偶然に縁ができたシャルお姉さまによって私とアイラは王都へと引き取られました。

 その後、王城地下にあった研究施設にて怪獣によって被害を受けた地域の子供がどのような影響が出ているかを調査されることになり、数年をその地下施設で過ごしました。


 ステファお姉さまとマリーもその施設の出身者です。


 世間の建前的には医療研究施設ということになっていましたが、実態としてはシャルお姉さまが個人で研究していた対怪獣用の新型魔導のための基礎研究施設でした。

 そのようにいうと非人道的な施設の様に思われるかもしれませんが、存外そうでもなく研究の一環と称して各種学問を教えていただいたり新型魔導具の動作検証を行ったりするかわりに一切の生活の面倒を見たいただけたうえ、ある程度の年になると王城への採用の道が開けるということもあり決して悪いところではありませんでした。

 その一方で施設の対外的な評判はあまり良いものではなく、カリス教に至っては施設の存在こそがロマーニの民が普通の人間ではなく邪悪な魔族である証左であると言ってはばからなかったのをよく覚えています。


 その後、戦争が起こりました。


 戦局は芳しくありませんでしたが圧倒的な強さだったカリス教にたいして良く持ちこたえてた方だと思います。

 後にステファお姉さまより聞いたところによるとカリス教から提示された追加の停戦条件の中に全ての魔導の廃棄、および研究にかかる全成果物の廃棄、ロマーニ国民の生きる権利の剥奪が含まれていたそうです。

 あの当時、赤の龍王様よりロマーニ国に預けられていた青の龍王の末裔、キサ様はそれに激怒なさいました。

 基本的に怒るということを見せることのないキサ様があそこまでの怒りを見せたのは他には記憶にありません。


 その後、様々なことがありましたが結論としていうとカリス教の後ろ盾を得た王子の一人がクーデターを起こしました。


 混乱の中、シャルお姉さまは城を即時に明け渡しご本人はキサ様を連れて単身逃亡されようとしました。

 ですが、いくらシャルお姉さまでもキサ様の養育を続けながらの逃亡には無理があると判断された宰相閣下により、各部署より選りすぐりの逃亡部隊を選抜、王命に背き各自無断でついていくという形でここまでお供させていただいたのです。

 私含む施設出身者四人は施設で戦闘訓練を受けて居たこともあり野党相手であればまだ何とかなりました。

 ですが物もない逃避行、カリス教の追撃や怪獣との遭遇は厳しく常にギリギリでした。


 そして今のシャルお姉さま、当時の王様が怪獣のスキルによって重い病を受けたあたりから状況は悪化しました。

 武具や各自が保持していた魔導具の補修が追い付かなくなり、野にいる魔獣相手にも敗退するようになったのです。

 対人で守るだけなら施設を出た後に冒険者の経験を積んできたステファお姉さまとマリーだけでも十分でした。

 ですが魔獣相手となるとその逆。

 病の為、シャルお姉さまは十分な魔導が使えなくなり、私たちも満足な刃物もない状態で狩るどころか私たちが魔獣に追い回される有様。

 その結果、私たちは十分な休憩も食事もしだいに取れなくなっていきました。


 そんな中、覚悟を決めたキサ様によるトライ招来が行われました。

 それは私たち全員にとっての最後の賭けでした。















「フィー、ここちょっと追加で掘ってくれる? 正方形の大きさに大体二メートル四方で」


 人好きのしそうな笑顔を浮かべながらお姉さまが私に指示をくださいます。



「承知いたしました、お姉さま」


 毎日行っているのもあってほぼ無意識で実施できるようになてきました。


「よし、次はベットかな。フィーありがとう、キサの所に戻ってて」

「わかりました」


 少し探すと赤い顔をされたキサ様が困った表情でいました。


「キサ様」


 私がそう声をかけると


「あ、もう終わったのですか」

「はい。なにかされましたか」


 少し困ったような表情を見せた後でキサ様はいつものように笑ってくれました。


「いえ、なんでもないのです」


 ご本人がそうおっしゃるのならそうなのでしょう。


「あ、いたっ! おねーちゃん、キサ様」

「こんなとこにいたんだ、フィー」


 そうこう考え事をしているうちにリーシャとアイラが来ました。

 アイラの手元には木箱が見えます。


「お弁当にしてきたから一緒に食べよ」

「はい」


 四人で作ったばかりの部屋に入って食事をすることとなりました。

 木箱の中には複数の野菜を基にした主菜と幽子お姉さまと私で罠にかけてとった魔獣の肉、それと何かの幼虫のようなものが入っています。

 つい先日、幽子お姉さまが絶叫されていましたね、この虫で。


「うわー、ごちそーだー」


 リーシャのはしゃいだ声が響きました。


「やっぱり、食べれるものがいっぱいあるっていいよね。ね、キサ様」

「はいなのです」


 そういうキサ様もアイラも楽しそうです。

 こういう時、私もうれしそうな顔をできればよいのですが。


「あ、フィーが笑ってる」

「あ、ほんとだ。おねーちゃんも久しぶりだもんね」


 そういう二人。

 キサ様は何も言わずに青い瞳を細めました


「私、笑っていましたか?」

「「うん」」


 そうですか。

 笑えていましたか。

 なるほど、こういう時に主張すればよいのでしょうか。


「私、嬉しいのですね」


 そういった私に三人が笑いかけてくれました。

 私、頑張れていますでしょうか、お姉さま。

 私の心の中のお姉さまも笑ってくれたような気がしました。













「あっ、いたいた。フィーリア、ちょっといいかね」


 お姉さまが手招きで呼んでいます。


「なんでしょうか?」

「私さ……」

「はい」


 お姉さまは楽しそうにこういわれました。


「シャルから王位継いだから。フィーたちみんな今日から王妹ね」


 私の思考が止まりました。


「はい?」

「フィーの場合だとフィーリア・アンドゥ・シス・ロマーニになるのかな。他のみんなにも適当にいっとて。じゃっ」


 そういって片手を軽く上げたお姉さまが立ち去っていきました。

 私がしばし呆然としているとアイラが見とがめて近づいてきました。


「フィー、なにかあったの?」


 思考がまとまりません、仕方がないので思ったまま言葉にすることにしました。


「いつのまにか王妹になっていました」


 アイラの表情も笑顔のまま固まりました。

 どうやら私たちは最後の最後にとんでもない結果を引き当てたのかもしれません。


「王様の妹の私の婚約者も王妹のようです、よかったですねアイラ」

「わけがわかんないよっ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る