第88話 棟梁

 棟梁の現場まではすぐに着いた。

「そこは要の柱だから真っ直ぐ立てろっていってんだろ!」

「すみません!」

「水平器使えば楽なのに……」

「おっと、術士のあんちゃん。水平器って何だい?」

 なんで棟梁が知らないのか疑問が残るが地面に設計図を書いてやる。

「水はこの空気が平らにならないと水平にならない。なんで知らないんだよ……」

「それりゃあ。あんちゃん。木の一本一本に癖があるからさ。急ごしらえなら十日で作れるが、何十年も住むなら癖を計算して作るのが一流って奴さ」

「生木で作るからじゃないか? 乾燥させた木材ならそんな事起きないだろ?」

「乾燥させても癖は残る。それを見極めて作るんだよ」

「ま、俺は家づくりは素人だからな……。棟梁なら水平器くらい簡単に作れるだろ?」

「大黒柱に使わせて貰うよ。そっちのあんちゃんは誰だい?」

「ああ、俺の弟でルドルフだ。家を作って欲しくてね。連れてきた」

「ルドルフです。よろしくお願いします」

 儀礼的な礼ではなく握手を求める。これはルドルフの美徳だと思う。

「なんだ。やわっこい手だな。一度も力仕事なんてした事が無い手だ。訳ありかい?」

 ルドルフではなくウルルスに聞いて来る。

「いいとこの坊ちゃんだったんだが、平民と結婚するために家を捨てたんだ」

「術士のあんちゃんには借りがある。いい家にしてみせるぜ? プランは有るのかい?」

「あ、はい。いつかこんな家に住めたら、と走り書きで汚いですが……」

「ふんふん。合理的で悪くねえな、今作ってるの家が仕上がったら最優先で作ってやるよ!」

「ありがとうございます! その手間賃はお幾らでしょうか?」

「術士のあんちゃんの弟なら手間賃はいらねえ。材料費だけでいいさ」

 今作ってるこの家は誰が住むんだろ……。ま、余計な事は言わない、聞かない主義だからどうでもいいけど……。

「術士のあんちゃんには返しきれない恩があるからな。町で困った事があったら言いな大抵の事は片付けてやるぜ? これでも顔は広いからな!」

「助かります。よろしくお願いします!」

「はは、術士のあんちゃんの弟とは思えないほど素直だな!」

「俺は患者には優しいけど、健常者に厳しいんだよ」

「後遺症で左半身に痺れが残ってるんだが……」

「命が有るだけ感謝して欲しいけど、リハビリは続けてるんだろ?」

「ああ、杖を使えば歩ける程度は回復したよ」

「続ければ杖なしでも歩けるようになるさ。根気はいるがな」

「兄上が回復術士として優秀なのは知ってましたが、アフターフォローもばっちりですね!」

「日常生活まで回復までフォローするのが回復術士の矜持だよ」

「それがなぜ暗殺者に?」

「回復術士は金が安い。以上だ」

「ホントにそれだけですか?」

「一生懸命に治した患者が喧嘩で死んだときに俺には向かないなって気付いたからかな」

「それは、心が折れそうですね……」

「折れたよ、ぽっきりと」

「術士のあんちゃんにも苦労した時が有ったんだな……」

「それは、棟梁でも有ったでしょう?」

「この年まで生きてれば、そりゃあるさ」

「今度酒の席ででも聞かせてくれ。それじゃあ、家の件は頼んだよ」

「おう、任せとけ」

「よろしくお願いします」


 


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