第86話 ミリー
ルドルフの案内で庭師の家まで歩いていく。馬車は近くで待ってもらった。ティア達には馬車の中で待ってもらう。ミリーが馬車で余計な誤解を招かない様にウルルスもルドルフについて行った。
「庭師はなんて名前だっけ?」
「ヤコフですよ……。なんで知らないんですか……」
「いや、おっちゃんと呼んでたからな」
「兄上を心配してましたよ。暗殺者になった事は知らなかったみたいですが……」
「それは黙っていた方がいいな」
ルドルフが地図と睨めっこしている。直接会いに行くのは初めてらしい。案内すると言うから、何回か来たことがあるのかと思ってしまった。
「地図の見かた分かるか?」
「……。兄上、見てもらえます? 黒く塗りつぶいてある家がミリーの家です」
「お前は……。行き過ぎてるじゃないか、戻るぞ」
地図の家に着くとドアを叩く。
「どちら様で?」
「久しぶり、ヤコフ。ウルルスだ」
「坊ちゃま! 懐かしゅうございます!」
「ヤコフ。ミリーは居るかい?」
「ルドルフ坊ちゃままで今日は一体何の御用で?」
「端的に言うとミリーをルドルフが嫁に欲しいそうだ」
「コル家に、ですか?」
「いや、ルドルフは家を捨てた。俺みたいに」
「……。中で詳しく話を聞いてもよろしいですか?」
「そのつもりだ。昼間から酒は良くないと思うが、とっておきを実は持って来てる」
「兄上はぬかり無いですね」
「どうぞ、お入りください」
六人掛けのテーブルに三人で座る。家の内装は少し古びていた。コル家の内装とは真逆の印象を受ける。グラスに蒸留酒を注ぐが、誰も飲もうとしなかった。
「ウルス様の後はルドルフ坊ちゃん、失礼。ルドルフ様が継ぐものと思っておりました」
「私は元々家を継ぐ気はなかったんだ。生死不明の兄上を探すくらい切羽詰まったいた。ミリーを連れて遠くに行ってしまおうかと思ったが、私にはそもそも生活力がない……」
「そうですな。私も末娘が攫われたと大騒ぎするでしょう」
「まあ、とりあえず乾杯しないか?」
「そうですね」
「お酒は妻が亡くなった時に止めたのですが……。今日は妻も許してくれるでしょう」
「「「乾杯」」」
幻のブランデーには劣るが、これもいいブランデーだ。
「きついです。しかし、美味い」
「美味いですな。体に活力が漲るようです」
「大きな声で言えんが金貨一枚はするからな」
驚き過ぎてルドルフとヤコフは咳き込んだ。気管に酒が入ったらしく咳が止まらない。
「おいおい、吐き出すのは勘弁してくれよ?」
「なんでそんな高価な酒を……」
「いや。俺は良い酒には金に糸目はつけんから」
「それにしたって……。酒場のエールで銅貨三枚ですよ?」
「だからなんだ? 俺は蒸留酒が好きなんだよ」
「坊ちゃんの近くならミリーも貧乏暮らしはしなくて済みそうですな」
「俺は身内に甘いからな。その辺は安心してくれ」
ルドルフ達が行く場所が異端者の楽園だと聞いてヤコフは渋い顔になった。
「噂では聞いていますが……。まともなのですか?」
「教会が無いくらいだよ」
「十分まともじゃないですね……」
「墓守が町長で俺が副町長だ。ルドルフは俺の補佐で日銭を稼ぐといい」
「私は兄上ほど頭が良くないのですが?」
「難しく考えるな。ほとんど俺がやるし、ルドルフは書類のチェックだけでいい。暇な時間に詩を考えればいいさ」
「ミリーが絶賛してましたな。ルドルフ様の詩集」
「初期の作品はミリーにしか見せてない……」
「ただいま~」
当事者が帰って来たようだ。ルドルフの姿を見て買い物袋を落とした。
「え? え? なんでルドルフ様がウチにいるんですか⁉」
「君を嫁に欲しいからだ」
「そ、そ、そんなの無理です。私平民ですし……」
「家なら捨てた」
「どうして! 一生安定した生活が出来るのに!」
「君が欲しいからだ」
自分の弟ながら男前な事言うな~、とウルルスは思った。
「ミリー。その気がないなら振ってくれて構わない。ただ、もう一生会う事はない」
「そ、そんな……」
ミリーは困惑している。ここは助け船でも出すか……。
「ミリーさん。お試しでルドルフと同居してみるのはどうだろう?」
「貴方は?」
「ルドルフの兄のウルルスだ。異端者の楽園で副町長をしている。ちょうど空き家が出来てね。すぐに生活出来る」
「その、一晩考えさせて下さい……」
「え? ダメだけど?」
「はいぃ? なんですかぁ?」
ヤコフにそっと白金貨を差し出す。
「坊ちゃまコレは?」
「ミリーを家事手伝いとして雇う前金」
「……。ミリー、何事も経験だ。辛かったら帰ってきていい。行きなさい」
「なんでお父さんが私の人生決めるの⁉」
「可愛い子には旅をさせよっていうだろ」
「いやいや、嫁に出されても!」
「馬車で待たせてる子達がいるから。さっさと行くよ」
ウルルスとルドルフは示し合わせたようにミリーの腕を掴むとそのまま家を出る。これは拉致かも知れないが親公認なので問題ない
「ドナドナされてる! お父さん助けて!」
ヤコフはブランデーを飲みながら手を振っている。白昼堂々、花嫁拉致が敢行された。
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