コミュ障ぼっちなわたしが、イマジナリーフレンドと一緒に最高のVTuberになるお話。

円谷忍

夕陽と陽向

1話 きみ、VTuberになってみないか?

「幼稚園に入ったら、お友達がたくさんできるんだって」


 そう、よかったね陽向ひなた


「小学校に上がったら、友達百人できるってお歌にあったの」


 それは期待できそうね。


「中学生になったら、今度こそ友達ができるかな」


 そうね、陽向ならきっと大丈夫よ。


「……高校生にもなれば、友達の一人くらいはできる……よね?」


 さあね、それはあんたの頑張り次第じゃないかな。


「もしかして、わたしには一生友達ができないのかな?」


 客の少ない夕方の喫茶店で、ブレザーの制服に身を包んだ村谷陽向むらたにひなたはカフェオレの入ったマグカップを両手で握りしめる。ショートボブの黒髪と紺色のフレームの眼鏡が小動物のような顔を隠していた。


「ねえ、ゆうちゃんもそう思う?」

 

 私の知る限り陽向には友達ができた試しがない。幼稚園でも学校でも独りぼっちだった彼女は、その孤独を慰めるために空想の友達まで生み出してしまった。そう、それが私、夕陽だ。


「やっぱりわたしの友達はゆうちゃんだけだよ。一番の親友だもんね」


 普通、空想の友達というのは子供の成長と共に消えてしまうものらしい。けれど、陽向の空想の存在である私は、彼女が高校生になった今も消えずに残っている。


「あれ? ゆうちゃんとはいつから一緒にいるんだっけ? もう思い出せないや」


 思い出せないくらい昔からずっと陽向の傍に私はいた。だからこそ、現実の友達を作れずに、ずっと空想の友達と話し続ける彼女が心配だった。


「どうしたの? ゆうちゃんさっきから暗い顔で黙ってるけど」


 陽向が私の顔をじっと覗き込んだ。私のことが見えているのは陽向だけだ。誰もいないのに話し続ける彼女は、周囲から奇異の目で見られることが多い。幸いにも喫茶店には、文庫本を熱心に読んでいるお爺さんと、競馬新聞を顔に被せて眠っている背広のおっさんがいるだけで、誰も陽向のことを気にしていなかった。


 そもそも私と話す時みたいにクラスメイトに声をかけることができれば、友達なんて簡単にできるはずなんだ。


「え? そんな無理だよ。私、コミュ障だから、知らない人の前だと緊張して上手く喋れないの。ゆうちゃんは特別だから」


 じゃあ友達なんて夢のまた夢だろうね。花の高校生活もせいぜい孤独に過ごせばいい。私はもう口利いてあげないから。


「ええ、ゆうちゃん、そんなこと言わないでよ。ゆうちゃんがいなかったら、わたし本当に一人になっちゃう」

 

 高校生になった今度こそ陽向に現実の友達を作ってあげようと私は決意する。


 私は知っている。陽向が人を思い遣れる優しい心を持っていることを。だって私は彼女の心から生まれてきたんだから。


「ありがとう。わたしもゆうちゃんの優しいところいっぱい知ってるよ」


 陽向の魅力を少しでもわかってくれる人が現れたら、きっと友達なんてすぐにできるだろう。そればかりか、彼女は人気者にだってなれるはずだ。……そうなったらもう、想像の友達とお喋りなんて虚しいことをしなくて済むようになる。


「きみはさっきから誰と話しているんだい?」


 競馬新聞を顔に被っていた寝ていたはずのおっさんが、急に声を上げた。競馬新聞が外されて、これまた冴えないおっさんの顔が露わになる。


 どうやら狸寝入りだったらしい。陽向が一人で喋っているのをずっと聞いていたようだ。


「え、えと、あの、わたしは、その……」


 知らない人間に話かけられて陽向はコミュ障ぶりを存分に発揮していた。伊達にぼっちを長年続けていたわけではない。


「急に話しかけて悪かったね。ただ、少し気になったんだ。他に誰がいるわけでもなく、電話をしているわけでもないのに、いったい誰と喋っているんだろうと」


 おっさんがそう思うのも当然だろう。私の声も姿も陽向以外には届いていない。傍から見たら、陽向が一人で喋っているようにしか思えないのだ。


「もしよければ誰と話しているのか教えてもらえないだろうか?」


 おっさんの表情は朗らかな笑顔で、陽向を責めている様子はない。純粋な好奇心から陽向に話しかけたのだろう。


「えっと……ゆうちゃんは、わたしにしか見えない友達なんです」


 陽向は私の顔を窺いながら震えた声で答えた。両親以外で初めて他人に私を紹介するのだ。緊張するのも無理はない。


「きみにしか見えない? それは俗にいうイマジナリーフレンドやタルパのようなものかい?」


 イマジナリーフレンドとかタルパなんて単語がすぐに出てくるなんて、このおっさんも相当に変わり者なのかもしれない。


「そ、そうです。ゆうちゃんは、現実の友達ができない私の傍にずっといてくれる親友なんです」


「そうか。話には聞いたことはあるけれど、実際に会うのは初めてだ。……君はなかなか面白そうだな。いや失敬、実は君のような子を探していたんだ」


「?」


「ああ、まだ言ってなかったね。私はこういう会社をやっている者です」


 おっさんは名刺を陽向に渡してきた。陽向は名刺に書かれていることを読み上げる。


「『バーチャルタレント事務所 テレライブ 代表取締役社長 佐伯裕造』さん?」


 佐伯は大きく頷いた。


「きみ、VTuberになってみないか?」

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