第146話 帰国2


 ルマーニの都から魔界ゲートまで約五百キロ。時速三十キロで移動できるタートル号だと単純計算で十七時間。今回はマリアを連れているため、適当にトイレ休憩を入れながら進むつもりなので、到着には二十時間くらいかかりそうだ。


 タートル号が出発したのが朝の八時前だったから、この計算だと、明日の黎明辺りには到着できる。


「さすがにマリアもいるし、朝から酒盛りはできないな。そうだ!

 マリア、お前は、読み書きや算術はできるのか?」


「はい。一応商家の娘でしたから、一通りできると思います」


 少しマリアに家族のことを思い出させてしまったかな? ちょっとくらいはいいか。じゃないと話ができなくなるものな。


「そうか。俺たちで読み書き算術を教えてやろうと思ったが、それならそういった勉強は不要だな。

 じゃあ、これから数日何をして時間を潰そうか?」


「はいはーい! はいはーい!」


「なんだトルシェ?」


「わたしがマリアに魔法を教えましょう」


「トルシェは大賢者かもしれないが、天才過ぎて人にものを教えるのは難しくないか?」


「そんなことはないと思いまーす」


 ちょっと、頬を膨らませてトルシェに抗議されてしまった。確かに天才が教育者に向かないというのは偏見なのだが、トルシェはアズランに一度魔法を教えようとしたことがあるが、偏見ではなかった。


「それなら、試しに昼頃までマリアに魔法を教えてみろよ。以前アズランに教えたことがあっただろ? 相手は子どもなんだからもう少し分かりやすいおしけ方で頼むぞ。

 マリア、そういうことだからトルシェに魔法を習ってみたらいい。こう見えてもトルシェはトラン王国の魔術師ギルドの評議会議長かつ大賢者さまだからな」


「そんなすごい人だったんですか?」


 あの外見みてくれのトルシェだ。十歳の子どもから見てもそこだけは不思議だよな。それは俺も同意する。


「半神だから、人ではないがな」


「すみません」


「別に俺たちはそんなことは気にしていないから、そうかしこまるな」


「はい」



 ということで、マリアはトルシェに任せることにした。何だかアズランが不満そうな顔をしていたので、


「午後からは、アズランがマリアに何か教えてやれよ」


「はい!」


 すごく嬉しそうにアズランが返事をしたのだが、


「ところで、アズランはマリアに何を教えるんだ?」


「えーと、暗殺?」


「いやー、それは必要ないんじゃないか? 俺は将来マリアをトラン王国の女王にしようと思っているだから」


「それ以外だと何を教えればいいかわからないんですが?」


「無理に教えなくても良いから。マリアと遊んでてもいいし話をしててもいいぞ」


「良かった。それなら大丈夫です」




 その後、トルシェがどういった魔術教育をマリアに行っているのか様子を見ていると、


「まず、魔法というのは、魔力を使って何かを行うことなのだ」


「はい」


「それじゃあ、まず簡単なところから、ファイヤー」


 トルシェの指先に小さな炎が現れた。


「マリア、やってみ」


「えーと、どうすれば?」


「うん? 指先に火を灯す感じで、ファイヤー。簡単でしょ?」


 以前アズランに魔法教育した時と一歩も進歩していなかった。トルシェの説明で魔術だか魔法が使えるようになるなら、世の中、魔術師だらけになると確信した。まあ、暇つぶしだからマリアはトルシェに適当に昼まで付き合ってればそれでいいよ。


 あーでもないこーでもないとトルシェがマリアに魔法を教えようとするのだが、マリアは結局指先に炎を灯すことはできなかった。



「そろそろ昼休憩にしよう」


 雨はかなり前に上がって、今はすこし青空も覗いている。アズランはマリアを連れてトイレのためにタートル号から出ていった。


 トルシェは、テーブルの上にマリアのための昼食を並べてやっている。


「うーん。魔術を教えるのがあんなに大変だとは思わなかった」


「マリアが魔術を使えなくても特に問題ないから別にいいじゃないか。トルシェはトルシェ並みの天才が見つかったら、その時魔術を教えてやれよ」


「それもそうですね。そうしよ。どこか良い新人いないかなー?」


 トルシェは天才だけど、頭のつくりは単純だ。ある意味扱いやすい。



 タートル号にアズランとマリアが戻ってきたので、タートル号は出発。歩行中でもほとんど揺れることはないので、普通にテーブルに料理や飲み物を置いて飲み食いできる。このタートル号も天才トルシェが作ったわけだから凄いものだ。



 午後からアズランがマリアに話を始めたようだ。アズランの方がマリアより一応は大きいのでお姉さんのつもりなのだろう。



 どういった話をしているのか興味があって少し話を聞いていたら、


「大切なのは、いかに相手の不意を突くか。相手が油断していれば、たとえ相手が自分では敵わないような手練てだれでも簡単にたおすことができる。そのためには相手をよく観察することだ。……」


 結局アズランはマリアに暗殺術を教え始めたようだ。これはこれで将来暗殺者に狙われる可能性のある立場になるマリアには有益な講義かもしれないので、放っておくことにした。


 マリアも人がいいのか真面目な顔でアズランの講義を聞いていたが、さすがに十歳ほどの子どもが丸一日、初めて聞くようなことばかり教わっていたら疲れるだろう。


「それじゃあ、マリアも疲れてきたようだし、今日の勉強?はこの辺りにしよう」


 いったんタートル号は停止しマリアのトイレ休憩に入った。



 しばらくしてアズランとマリアがタートル号に戻ってきたので出発だ。まだ夕食には早そうなので、それぞれソファーに座って寛いでいる。


「そう言えば、トルシェ、収納キューブだけどな」


「はい?」


「トルシェは収納キューブを作れないのか?」


「考えたことがなかったけど、似たようなことはできるかも」


「あの延長線上で、このタートル号の中だけを広くできないかな?」


「大きさを変えないで、この部屋の中を広くするってこと?」


「そういうこと。難しい言葉で言うと空間拡張?かな?」


「おー、空間拡張。カッコいー。分かりました。ちょっと考えてみます。フフ、フフフフ」


 これで、トルシェも暇が潰れるだろう。実際タートル号の中が広くなればベッドルームも作れるし風呂や台所も作れそうだ。まさに陸上クルーザー。どこかの自動車メーカーが出していたが、それ以上のものができ上る。俺もワクワクだ。




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