第93話 捕虜


 アズランが『闇の使徒』の下っ端の女を捕まえて俺のところに運んで来てくれたうえ、気絶していたところを目を覚まさせてくれた。



 俺たちに囲まれていること気づいて、床の上で硬く目を瞑り体に力を籠めて身構えている女に向かって、


「ここは、どこなんだ?」


 と、俺もしゃがんで、まずは確認のため無難な質問をした。


 よく考えたら、自分がどこにいるのか分からないことを白状したようなもので、どう見ても普通の質問ではない。それでも怖そうな全身鎧のヘルメットの中から聞こえてきた声が女性おれの美声だったことで多少は安心したのか、女はおずおずと、


「ここは『闇の使徒』の大神殿の地下一階です」


 やはりそうだった。


「それで、お前の格好からすると、『闇の使徒』の下っ端のようだが、ここでどんな事をしている?」


「見習いとして、キノコの栽培をしています」


「キノコ? あれか。死体に生えた白いキノコ。『パルマの白い粉』の原料か?」


「『パルマの白い粉』が何かは存じませんが、乾燥させて粉にしたものは白い粉薬こなぐすりになります。火であぶって立ち昇った煙を吸うことで、この世の悩みや苦しみから解放されます。わたしたちはその薬を大司祭長ガジュマさまの名を取って『ガジュマの慈悲』と呼んでいます」


 こいつには罪悪感はないらしい。その前に麻薬という概念もないようだ。


「死体はどのようにして集めているのか知っているのか?」


「信者の方々がお亡くなりになったあと、この大神殿に献じていただいていると聞いています」


 寿命がそんなに長くはなさそうなこの世界だ。過度な麻薬摂取による衰弱で死んでしまえば老衰死と見た目はほとんど同じだろうから、若い女では区別できないのかもしれない。


「死体から衣服をはがしてキノコの菌を植え付けてるんだろ? 死体の胸はえぐられてはいなかったか?」


「故人の象徴として心臓を取り出していますから、見た目は抉られています」


「取られた心臓がどうなったか知っているか?」


「大司祭長さまが祭礼を行って弔い、聖なる火で焼かれて灰になると聞いています」


 聖なる火だと! 物は言いようか。この女は見習いゆえか、生きながら心臓を抉り取り魔神にささげているとは知らないようだ。素直に仕事として作業をしていたようだ。


「ここで一番偉いヤツの居場所は分かるか?」


「大司祭長ガジュマさまは、この大神殿中央にそびえる『白き塔』の中にお住いのはずです。ですが私はガジュマさまが塔のどこにお住まいなのかは知りません。神にも等しいお方ですから最上階ではないでしょうか」


 神にも等しいとはおこがましい。とにかくその塔に登って、そいつを叩き潰してやる。もちろん『パルマの白い粉』がらみの施設は完全破壊だ。いや、このふざけた建物自体完全破壊してやる。


「あと一つ。この下の階にダンジョンの出入り口があるだろ。アレはどうして建物の中にあるんだ?」


「『闇の使徒』の中でも認められた者だけが、ダンジョンの中に入って、修行と訓練を行っています。神殿の中にダンジョンの出入り口があるのは部外者をれないためです。

 大神殿の下にあるダンジョンは我らが『黄昏のあるじ』の体のようなものなので、認められた者以外の出入りは禁じられています」


 これって公共物ダンジョンの私物化だろ? 俺の知ったことではないが、他の連中が良くそんな勝手なことを許したものだ。


 だいたい聞きたいことは聞いた。この女をここで殺しておいた方が良いとは思うが、一応協力させた手前『慈悲』の心で生かしておくことにした。


「もうじき、この大神殿を俺たちが破壊する。なるべく遠くに避難しておくんだな」


「たった三人でそんなことができるはずはありません」


「お前の目の前で仲間の頭の上半分が吹き飛ぶのを見たくらいじゃ、分からないかもしれないが、俺たちはその気になれば、一つの国の都を壊滅させることくらいわけないんだぞ」


 女が胡散臭そうな目で俺の顔を見る。信じないならそれも本人の勝手だ。


「それじゃあな」



 俺たちは女を部屋に残して、神殿の真ん中にあるという塔に向かうことにした。


「あの女を始末せずに残しておいて大丈夫なのか? 今までのお前たちでは考えられないな」


「ああ、あの女がどこの誰に何を言おうが俺たちを止めることはできないからな。どこかに駆け込んで俺たちのことを言ってくれればそれはそれで楽しくなるだろ?」


「確かに、お前たちを人の分際でどうこうできるはずはないか」


「そういうことだ」




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