第91話 栄冠はきみの手に


 悪魔サティアス・レーヴァを入れた鳥かごを片手にぶら下げた俺は、トルシェとアズランを引き連れてダンジョンの黒渦のある部屋から人の気配のする左側の通路に移動した。檻が小さくなって、本体も小さくなった悪魔ではあるが、容貌が変わったわけではないので、全然可愛かわいくはない。


「なあ、サティアスくん、少しは可愛かわいらしくならないのか? しかも爪は伸ばし放題。エチケットって言葉は悪魔にはないのかね?」


 からかうと面白そうなのでまずは嫌味を言ってやった。


「我の爪は敵を引き裂くためのもの。この爪で、あらゆるものを引き裂くのだ」


「そんなら、俺の武器が切り裂かれたはずだが、そんな感じは全くなかったぞ」


「ぐぬぬ」


「それに、着ている物は腰蓑みたいなボロッちい腰巻一つ」


「腰に巻いているのはわれら悪魔の由緒ある衣装だ!」


「由緒があってもボロはボロ」


「お前たちにはこれの良さが分からないだけだ」


「分かりたくはないわな。ボロは着てても心はにしきという言葉があるが、悪魔の性根なんか錦なわけないものな」


「ダークンさん、錦って何ですか?」


「超高級な布地のことだな」


 アズランが聞いてきたが、俺の説明で納得してくれたようだ。


 そうだ! こいつの今の大きさなら、フェアの服が着れるんじゃないか。せめてパンツくらいは履かせてやりたいところだ。


「アズラン、この悪魔にせめてパンツくらい履かせてやりたいんだが、フェアのパンツが余ってないかな?」


「ありますよ」


「それじゃあ、頼む。

 トルシェはそのパンツを檻の中の悪魔に渡してくれ。できるだろ?」


「大丈夫でーす」


 アズランから受け取った小さな花柄パンツをトルシェが魔法かなにかを使って檻の中に送り込んだ。


「おい、悪魔、腰蓑はみっともないからそのパンツを履けよ」


「こんな小さなものは履けないだろ」


「何を言っている。おまえがもう少し小さくなればいいだろうが」


「あっ」


 もう二回りほど悪魔が小さくなった。その後いっちょまえに後ろを向いて腰蓑を脱いで、フェアのパンツを身につけたのだが、悪魔のおっさん顔に花柄パンツが似合わない!


 それを言ってはさすがに悪魔が可哀かわいそうなので、黙っていたら、トルシェとアズランが顔を真っ赤にして明後日あさっての方を向いていた。どうもこの二人は笑いの沸点が低いようだ。いつぞやのコンちゃん騒動の時も大笑いしてたものな。



 悪魔をからかいながら、大広間から通路に入るとその少し先に上り階段があった。人の気配はその先だ。


 階段を上り切る前に、その先を覗いてみたら、また通路が続いていた。階段はその階止まりだ。覗いた先の通路にいたのは、黒ローブ黒覆面の『闇の使徒』の下っ端構成員だった。そいつらは俺たちに気づいていないようだ。


「おっと、ここはやっぱり『闇の使徒』の本山みたいだぞ。トルシェ、今見えているヤツらを、とりあえず、スッポーンしてくれ」


了解りょうかーい!」


 スポポポポーーン!


 見えている限り、五人ほどいた『闇の使徒』の構成員の頭の上半分が覆面と一緒に通路の天井に向かって跳ね上がっていった。


 覆面付きだと記録更新はおぼつかないようで、思ったほど頭の上半分は舞い上がらなかったようだ。


 後ろの方から、「チェッ」とかいう舌打ちが聞こえてきた。


「おいおい、いきなり、殺してるじゃないか?」


「何を言ってるんだ? 悪魔のくせに細かいことを気にするヤツだな。あいつらは俺たちのれっきとした敵なの。敵は見つけたら殺すのは当然だろ」


「そうなのか?」


「そうなのだよ。サティアスくん」


「なんだか、お前たちはわれ以上だな」


 そこで立ち止まり、悪魔に対して説教を垂れることにした。説教も女神の大切な仕事だ。多分だけど。


「サティアスくんも俺の神威に触れれば、そんな悠長なことは言っていられなくなるぞ」


 何が悠長なのかは俺にも分からないが、そんなことは些末なことだ。


「神威?」


「サティアスくんにはこれまで言ってはいなかったが、この俺は『常闇の女神』さまだ。れっきとした神さまだから、悪魔と言えども崇めろよ」


「げっ! 神だったのか。どおりで我が太刀打ちできなかったわけだ。その神さまが平気で人間を殺しているということは、邪神? 魔神?」


「バカ者! この俺が邪神や魔神に見えるか! 俺はな、魔神アラファトネファルを斃して神化したのだ、ハハハ」


「えっ? 魔神アラファトネファルを斃した!? あの魔神は長らく封印されていたはずだが」


「そう。おれたちが封印を解いてヤツを斃したわけだ」


「本当だとすると、それはすごいことだぞ。我ら悪魔にとっても喜ばしい」


「俺がこうして神さまになっていることからも事実であることがわかるだろ?」


「お前のどこが神さまなのかは我には分からないのだが」


「それなら、試しに俺がお前を祝福してやろう。そうすればおのずとおまえにも理解できるだろう。その代り、お前が消滅するかもしれないがな」


「たしかに神の祝福なんぞを受ければ我は消滅すると思う。試されては大変だから、いちおうお前を神と認めよう」


「サティアスくん。きみは依然として自分の立場が分かっていないようだな。いま自分がどこにいるのか忘れてしまったのかな?」


「申し訳ありませーん! わたくしは、あなたさまを『常闇の女神』さまと認識し崇め奉りまーす!」


「それでよろしい。ついでに俺に礼拝してみろ。そうすればお前も俺のれっきとした信者だ」


「えっ? 信者? 我が信者?」


「そう。記念すべき悪魔信者第一号の栄冠はきみの手の中だ。

 アズラン、サティアスくんに礼拝の仕方を教えてくれたまえ」


「はい。よく見てまねをするように」


 そう言ってアズランが俺に向かって正式な礼拝、二礼二拍手一礼を行った。


 アズランは俺の眷属なためか、別に快感が体を巡るわけではないようだ。


 サティアスも今のを真似て、二礼二拍手一礼を行った。後光スイッチを点けるのを忘れていたが、サティアスの体が七色に輝き、俺の体に快感が走った。


 フォオー!




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