第86話 名まえ付き悪魔


 おっさんが名前付き悪魔を呼び出そうと、また変な踊りを踊り始めた。


 俺はその名前付き悪魔に興味があったので、おっさんの好きなようにさせてやった。



 おとなしくおっさんのキモい一人踊りを見守っていたら、おっさんの目の前の空間が赤く色づいた。まさに、地獄からの使者っぽい感じが出ていてなかなか良い。惜しむらくはここで、重厚な音楽が欲しかったが、そこまでは対応していないらしい。


 俺の後ろで体育座りをしたまま、木の実をパリポリ食べている二人から、


「おおー!」「これは期待大!」


 などと歓声が上がった。確かにかなり凝った登場演出だ。今度俺もまねしてやろう。もちろん俺の場合は音楽付きだ。できれば平沢〇先生の楽曲が俺の登場には最適だと思うがどうだろう?


 赤い空間の中に小さな稲妻が走り始めた。いいぞ!


 そして、ひときわ大きな雷が床に落ち、大音響が部屋の中に轟くと同時に振動が足元に伝わってきた。


われはお前の呼び出しに応じてやったのだ。いつものようにまずは対価をいただこうか? ……? 対価はどこだ?」


 落雷の後に現れたのは真っ黒で頭にこれまた真っ黒な角を二本生やした大柄な男。


 ソイツはなぜか上半身裸で下半身に腰巻のようなものを履いている。靴は履かずに裸足はだしだ。足の指は三本しかない。その三本の足の指からかなり長い爪が伸びている。手の形は人と変わらず五本指だがこちらも爪が長い。爪ぐらい処理しろよ不潔だな。


 一般人だと、さっきの至近での落雷音で耳が当分役に立たなくなっているだろうから、今の言葉は聞こえないんじゃないかな。視聴者をないがしろにした演出は、ちょっといただけない。


「いつものように魂瓶をやる」


「魂瓶などどこにもないぞ?」


「安置室に置いてある魂瓶を一つ持っていけ」


「部屋には一つもないぞ?」


「なにー!?」


「対価がなければ、お前の魂をいただくことになるが構わないな?」


「それでは、そこに立っている連中をお前に対価として捧げる」


「魂の対価は本人の同意が必要だ。ただ命を刈り取るだけでは魂の対価にはならない。それが我ら悪魔のおきて


 悪魔も掟に縛られているのか。世の中何のルールもなく野放図のほうずに生きていけば何かと周囲と軋轢が生れるものな。悪魔社会もそういった過去の反省の中からルールおきてが生れてきたんだろう。社会進化論的にはうなずける話だ。社会進化論なるものがあるかどうかは知らんがな。


 俺たちが事前に叩き壊してしまったあの壺が魂瓶なる物だったようだ。殺された連中の魂が入っていたに違いない。何かの悪魔的儀式を行うことで対象を殺した際にその魂を壺なり瓶の中に閉じ込めるのだろう。


 さて、悪魔への返答に窮して全案思案中のおっさんはどう答えるのか?


われを呼び出した以上、望みがあろうがなかろうが対価はいただく」


 おっさんは、いよいよ切羽詰まったようだ。だがしかし、この悪魔を呼び出していなければコロに今頃吸収されていたわけだし、いずれにせよ本人は滅びてしまっても、俺たちに対する復讐という意味だけはあるのだから、悪魔を呼び出したことは正解だったのではないかな?


 こんなちゃちな悪魔などに俺たちがどうこうされるわけはないので、俺たちから見れば、ちょうどいいおもちゃが増えたというだけだ。ありがたやありがたや。



「わ、分かった。儂の望みはそこの連中を殺すことだ」


「望みは了解した。対価は先払いが原則だが、お前が魂を差し出して後では俺が望みをかなえた確認ができない以上、後払いで結構だ」


 おっさんは俺たちを悪魔に処分させた後は何とかなるだろうと思っているのかいないのか。まあ、俺たちがこの悪魔を滅ぼしてしまう訳だから、おっさんは悪魔には対価を支払わずに済むわけだ。よく考えたらこの悪魔は貧乏くじだな。呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! の大演出で登場したものの、セリフは多少あるが結局のところやられ役。しかも報酬も無し。


 古文的な意味ではなく、現代文的な意味合いで、『あわれなり』



 話し合いが終わった悪魔が俺たちの方に向き直り、


「それでは、そこの三人、悪いがここで死んでもらおう」


 偉そうなセリフとともに、どこからか、真っ黒い大鎌を取り出した。まさに悪魔の大鎌だ。


 柄に直角に取り付けられた鎌の刃の長さは柄の長さとほぼ同じ、柄の長さを1とすると間合いの長さはルート2、ひとよひとよにひとみごろなので1.41421356に相当する。刃が柄に直角なため錯覚しがちだが、柄の長さの1.5倍近い間合いだ。


「それでは、まずは鎧を着たお前から刈り取るとしよう」


 悪魔が大鎌を振りかぶったと思ったら、俺の胴体に衝撃が走った。


 鎌の刃先が幾分俺のナイトストーカーの脇に食い込んでいる。意識を戦闘モードに切り替えるのが間に合わなかった。


 食い込んだ大鎌の刃を引き抜いていったん後ろに下がった悪魔が、


「ほう、なかなか立派な鎧を着けているな。いずれその鎧もボロボロになるが惜しいな」


 いや、もうナイトストーカーは勝手に直っているので、ボロボロにはならんよ。すでに俺も戦闘モードだ。簡単に鎧に手がかかると思うな。


 パリッ、ポリッ。


 俺の後ろから、二人が木の実を食べる音が聞こえてくる。緊張感のない二人だ。それだけ俺を信頼してるってことだな。



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