第68話 警備隊本部4。賭け


 監察官の部屋にスケルトンちゃんを置いて、俺たち三人は今日も早いうちから喉をうるおそうと部屋を出たら、階段をドカドカ上ってくる一段と出くわした。


 革鎧を着た兵隊の一団で、十人ほどだ。これが憲兵隊なのだろう。下の方でもがたがたしているようなので、派遣された人員の数はもっと多いに違いない。



 捕り物のやり方とすれば、出入り口を確実に塞いだうえで、容疑者を順次確保するのだろうから、五十人近い憲兵隊員が動員されているかもしれない。せいぜいたくさん捕まえて、社会のダニを懲らしめてやってくれ。


 俺もさすがにこの連中の邪魔までしてひと騒動を起こそうとかは思わなかったので、階段を下りる際気を使って横に寄ってやった。


 二十歳前に見える俺と、子どもにしか見えない二人だった関係で、憲兵の連中に誰何されることもなくそのままやり過ごせた。


「あれが、憲兵隊です」


 いちおう憲兵隊の本部にお使いに行ったアズランが確認してくれた。


 罪状は何だか知らないが、この前の屯所の連中のやっていたことがもっと大掛かりになったようなものだろうから推して知るべしだな。


 今日はいろんなことが起こって、面白かったな。


「どんなヤツが捕まったのか、玄関ホールあたりで待ってみませんか?」


 トルシェは趣味がいいねー。


「不正を平気で働くような連中だ。そうとうな悪人面だと思うぞ」


「ダークンさん。悪人というのは良い生活をしていますから、意外と顔つきは温厚なんですよ」


「ほんとか?」


「じゃあ、どんな顔か賭けますか?」


「賭けると言っても賭けるものがないじゃないか。知っての通り俺は無一文だし」


「ダークンさんは、何もなしでいいです。わたしは、魔術師ギルドの議長の職を賭けます」


 何だよ、それは。ようは俺に議長を押し付けたいんだな。


 そんなに嫌なら仕方ない。その賭けに乗ってやろうじゃないか。どうせ俺が勝つわけだしな。


「じゃあ、トルシェは捕まって出てくるヤツが善人顔でいいんだな?」


「いえ、わたしは、悪人顔に賭けますよ」


「なんだよそれ、賭けにならないじゃないか」


 話しているうちに一階の玄関ホールに出た。上の方はまだ騒がしいので捕り物は続いているようだ。


 しばらく待っていたのだが、なかなか下手人げしゅにんが降りてこない。


「遅いなー」


 トルシェがとうとう木の実を食べ始めた。黒くてやや大きな乾燥果物のようだ。それを食べてはアーモンドほどの種を磨かれた石の床に口から吐き出している。プラムかなにかを食べているのだろう。


 全裸で走り回る野人だったはずが、ただの野蛮人でもあった。これが、現魔術師ギルドのトップと考えるとちょっと考えさせられる。


 先輩トルシェを見習って今度はアズランがなにやら食べ始めた。


 こっちは乾燥イチジクのようだ。こいつは皮も薄いので大抵丸ごと食べることができるが、たまに硬い皮の物もあるのでそれを口から『ペッ!』とか言って吐き出している。


 アズラン。そういったところは先輩を見習わなくていいんだぞ。


 今度は、トルシェは口から吐き出す種を飛ばす距離を伸ばそうとし始めた。一人で『やったー! 新記録達成!』とか言って遊んでいる。


 それを見たアズランが、負けじとトルシェと同じプラム風の乾燥果物を食べて種を飛ばし始めた。やはり運動に絡むものはアズランの方がトルシェの数枚上手なので、明らかな差が出てしまう。


 それでは面白くないので、トルシェは何やら吐き出す瞬間、魔法で種に細工をしたようで、今まで三メーターほどだった飛距離が一挙に倍増して、アズランの記録を破ってしまった。


 アズランはこれに対して、体全体を一度反らせて、その反動で種を吹き出した。今度はトルシェの先ほどの記録を一メートルほど上回った。さて次はどうなるかと思って見ていたら、玄関ホールの扉の外側で歩哨のように立っていた警邏のおっさんが俺たちを見ながら咳払いをした。


 怒られなかっただけ良しとしよう。おっさんがまた前を向いたので、コロに言ってそこらの種やら皮を処分させた。管理職は社員の不始末の後始末をしなくてはならないのだ。


 床の上をきれいに片づけた後は、やることもなく突っ立っていたら、大捕り物がやっと終わったらしく、縄を打たれた初老のおっさんを先頭に十人ほどの男たちが憲兵隊に引っ立てられて行った。その中には先ほど監察官室に押し入った男も数人混じっていた。


 最初の初老のおっさんがここの本部長なのだろう。一見、トルシェが最初に言っていたように好々爺なのだが、目だけはやはり本性を隠せないようで、ときおり相当なワルの目つきをして周りを見ていた。




「ちょっと見は善人だったけれど、目つきを見れば相当なアクだぞ、あのおっさん」


「そうですね。やはり賭けではダークンさんに負けてしまいました。いさぎよくわたくしトルシェ・ウェイストは魔術師ギルドの評議会議長の席をダークンさんにお譲りします」


「何言ってんだよ。今のは賭けが成立してなかったじゃないか」


「そこは女神さま。大きな心で賭けに勝ったことをお喜びください」


「それはそうと魔術師ギルドにどうしても議長は必要なのか?」


「いちおう代表者は必要じゃないですか」


「そうだったら、名まえだけ貸してやればいいだけじゃないか?」


「それもそうですね」


「だろ? あっ! いいことを思いついた。スケルトンちゃんはまだあと三カ月は消えないんだったら、評議会議長の席に座らせておくのも面白くないか? 口では話せなくても、文字は書けるんだろ?」


「いえ、文字も書けません」


「それだと、ちょっと議長は務まらないか。召喚したスケルトンが魔術師ギルドのトップだとかになればかなりインパクトがあると思ったんだがな」


「それなら、議長を召喚してしまいましょう」


「えっ? そんなことができるのか?」


「要するに、わたしそっくりな、ホムンクルスを素材を使わず魔法だけで作り上げればいいんですよ」


「ほう。こいつは素晴らしい思い付きだな。そんなことができるんだ。天才は一味も二味もちがうんだ」


「まだ、どうやったらいいのか分かりませんが、これからお酒を飲みながら考えますから期待しててください」


「おー! それは大いに期待するぞ。まさに神をも賞賛させる凄い所業だな」


「そうなんです」

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