第36話 屯所にて2


 コロがおっさんの諸々もろもろをきれいに片付けて、ナイトストーカーから普段着になったところで屯所の連中がやってきた。


「隊長がさっき叫んでいたはずだが、隊長はどうした?」


「俺にもう帰っていいといって、便所に行ったぞ。じゃあな」


 バカづらをした連中をしり目に、俺は取調室を出て、屯所の中を出口に向かって歩いていく。


「おい、待て! お前は大事な商品・・のはずだ。隊長がおまえを帰すはずがない」


 俺が『商品』ねえ。


 一応見逃してやろうかと思ったが、自分から共犯を自白したんじゃ対応せざるを得んな。大事な普段着を汚してはマズいので、右の《そで》袖をまくり上げながら振り向いて、


「おまえらに俺が止められるのか? ほれ、ほれ」


 手のひらを上にしてコイコイをしてやったら、俺を取り押さえようと男が二人が前に出てきた。


 そいつらに向かい今度は右手を手刀のようにして、カンフーの達人になったつもりで右足をつま先立ちにして一歩踏み込み、


 アチョチョー!


 左右の男の胸に手刀で突き入れてやった。意外と警邏の制服は丈夫だったようで、少し穴が空いたが指が制服ごと胸の中にめり込んでしまった。心臓を貫いた関係か、一度血が勢いよく吹き出しただけで、すぐに吹き出しは収まった。


 バタバタと倒れ伏した同僚を見て、残りの連中も俺が相当ヤバいヤツだとやっと気付いたようだ。残った後ろの連中が短剣を引き抜いて構え、


「きさま、何者だ?」


「Aランク冒険者と言ったら?」


「あのな、王都の冒険者ギルドにはAランクの冒険者なんていないんだよ。嘘をつくなら調べてからにしろ」


「俺はな、ちょっと前にテルミナから来たんだよ。知ってるだろ? 迷宮都市テルミナ」


「それが本当だとしても、この人数で囲めばお前ひとり斃すのはたやすい」


「そう思うならかかってこい。えーと、仲間同士でケガをしない自信があるなら一度にかかって来た方が勝ち目があるぞ。希望があれば切り飛ばしてほしい部位を言ってくれれば希望にそえるようにしよう。現在のデフォルトは首チョッパだ。ワッハッハ」


 口上は、まさに殺人鬼のそれなのだが、女神さまが直々に首チョッパしてやろうといっているんだ。光栄なことだろ?


 大勢の前で余裕をかましている俺の姿を見て、怖気おじけづいたのか誰もかかってこようとはしない。一歩俺が前に出ると一歩引くという調子だ。私服姿でしかも何の武器を持たない俺が怖いものかね。さっき手刀で心臓をえぐらなきゃよかった。


 そうこうしているうちに、屯所内の連中がどんどん集まって来て俺は周囲を囲まれてしまった。


 ここまで俺が不利な状況になっているにもかかわらず、誰も俺にかかってこようとはしない。こいつら捕縛術ほばくじゅつならぬ保身術だけはけているようだ。


『ダークーンさーん!』


 そうやってにらみ合っていたら、屯所の外から能天気な声が聞こえてきた。近所の女の子が『あっそびーましょー!』ってお遊びの誘いにきたノリだよ。


『あれれー、ダークンさんが一人で楽しそうなことしてる! 混ぜてもらお。こいつらがまだ生きているところを見ると、殺しちゃいけないんですか?』


『一応は皆殺しにする予定だ。トルシェは逃げ出さないように出入り口を見張っててくれるか。逃げ出したヤツは適当に処分してくれていいぞ。一応通りに汚物は散らかさないようにな』


『りょ・う・かーい!』


 ウキウキ感が半端ないな。


『アズランは?』


「ここに」


 知らぬ間にアズランがフェアを肩の乗せて俺の隣りに立っていた。


 いきなり現れたアズランに、俺を囲む連中は相当驚いたようだ。


「ダークンさん、皆殺しにするとして、裏口がありましたがどうします?」


「そしたら、アズランがその裏口の前で逃げてくる連中を処理してくれ」


「あと、何人か地下の牢屋の中に居ましたがそいつらも殺しますか?」


 俺のしらぬ間に内部まで調べてきたらしい。


「そいつらは殺さず牢屋の鍵だけ壊しておいてやれ。牢屋から逃げれば脱獄犯になるだろうから、あとは自己判断だな」


「了解」


 そう言って、またアズランは目の前から消えてしまった。スピードだけで瞬間移動しているように見える。


「それで、お前たちはどういった死に方が望みだ? さっきも言ったがデフォルトの首チョッパが一番苦痛が少ないと思う。お勧めだぞ」


 あおってもだれも俺にかかってこない。なんかこう、時代劇の殺陣たてのように華麗に舞いたかったがどうもこれでは無理のようだ。よく考えたら、刃物で首チョッパなら納得できるカモしれないが、手刀で首チョッパは嫌かもしれない。


 仕方ない。俺の正体がバレようがどうせ皆殺しだ。いや、いま素顔を出しているから今さら正体がバレるも何もなかった。


「装着!」


 漆黒のダークストーカーに身を包んだ俺が、おもむろに真っ黒な剣身のエクスキューショナーを抜き放ち、同時に手近てぢかな二人の首が宙に舞った。


 あまりのことに一瞬俺を囲んでいた連中の動きが止まったのだが、俺にかかってくる代わりに、俺を放っておいて我先にと逃げ出していった。俺の後ろ、出口側にいた連中は出口の方に、俺の前にいた連中は屯所の奥の方や地下のブタ箱の方に。


 地下にはアズラン。出入り口には、もっと怖いトルシェ。俺にさっき首チョッパで殺された二人がおそらくもっとも楽な死に方だと思う。


 ギャー。助けてー、ひー。悲鳴と懇願が屯所中で響いていたがすぐに静かになった。


 これにて一件落着いっけんらくちゃーく? んなわけないか。




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