第35話 屯所(とんしょ)にて


 ブタ箱は鉄格子で通路と仕切られているものだと勝手に思っていたのだが、ここのブタ箱は、角材を格子状に組み合わせたものが鉄格子の代わりになっていた。こんなちゃちな物なら、ちょっと体が頑丈な者なら簡単に蹴破ることができそうだし、俺なんかがなんかのはずみで力をちょっとでも入れたら簡単に壊れてしまいそうなくらいチャチい。


 中をあらためて確認すると、ブタ箱の中は石でできた寝台のようなものが左右の壁際に二つずつで4人分と床に穴が一つ。穴は用をたすためのものらしくひどく臭う。ここは地下室だから、どこかにつながっているのかは不明だ。最悪、タダの穴の可能性もある。


 石でできた床も不潔そうで社会科見学も楽ではないようだ。


 こんなことなら、来るんじゃなかったと思って、木でできた格子を蹴り破ってやろうかと思っていたら、


「おい、キサマ、取り調べだ」


 やっとお呼びがかかったようだ。


 警邏けいらの制服を着た男がやってきて格子の木の扉を開けた。見ていたらそのまま開いたのだが、最初から鍵などついていなかったのか? 大丈夫なのか?


 迎えに来た男について階段を上がり、屯所の奥の方にあった、いわゆる取調室に連れていかれた。途中屯所内にいた連中が俺のことをジロジロ見る。普通に不快だ。これが、トルシェだったら、今頃この屯所の連中は皆殺しにされていたかもしれんな。慈悲の心は大事。



「それで、おまえの名前は?」


 机があって、向かい合わせに椅子があり、片っぽうに取り調べの男が座って向かいに俺が座っている。なんだか本格的だ。取り調べの男は先ほど店にやってきた隊長だ。


「ダークン」


「ダークンな。それで出身は?」


 本来俺の出身は日本なのだが、説明がちょっと面倒なので、


「テルミナ」


「仕事は?」


「冒険者」


 男は俺に聞いて来るのだが、別に聞いて来るだけでどこかに何かを書きつけているわけではない。こんなのでいいのかどうかわからないが、やはりおかしい気がする。


「ふん。ランクは?」


「A」


「おまえ、ふざけてるのか?」


「さっき金カードを店で見せたらそう言われて、いきなり襲われたな。入り口で泡を吹いてたやつを見たろ? ほれ、俺の首に革紐でカードがぶら下がっている。自分で確かめてみろ」


 そう言って、首をかしげて革紐をおっさんに見せてやる。


 おっさんは俺の首から革紐を引っ張り上げて、シャツの内側に入っていた金カード取り上げた。


「俺が見ても本物かどうかはわからないから、どうでもいいか。一応これは預かっておく」


 おいおいおいおい。こんなところにトルシェのようなヤツがいたとは不覚だった。


「返した方がおっさんの身のためだぞ?」


「ふん。お前がたとえ本物のAランクの冒険者だとしても両手を後ろで縛られて何ができる? 何にもできないだろ。しかも、この屯所の中には大勢の腕利きがいるんだ。ハッハッハ」


「俺が魔術師だったらどうする? 腕が使えなくても、どうとでもなるのではないか?」


「ばーか、この部屋では攻撃魔法は使えないよう結界が張ってあるんだ。残念だったな。それに気づかなかったということは、たとえお前が魔術師だったとしても二流以下ということだろう?」


「なるほど、面白い。俺がどういった者かはおまえ自身が確かめてみればいい。その腰に下げている短剣で、試しに俺の足首を切り飛ばして見ろ。言っとくが足首だぞ、間違えて服は切るなよ、服がダメになっちゃうからな」


 そう言っておっさんの方に足を伸ばしてやった。


「ばーか、ここでそんなことしたら部屋が汚れるだろ。それにお前は上玉だ、傷物にできるわけないだろ」


「俺の話はどうでもいいみたいだな、それじゃあ、そろそろ俺は帰ろうと思うが、俺のカードちゃんと返せよな」


「ばーか、お前は、マイルズ商会の会長に手を出したんだ、帰れるわけないだろ。よくて奴隷、悪くても奴隷。冒険者ギルドの金カードは、それなりの値段で売れるだろ。ありがとよ。ワッハッハ」


 おっさんは俺のカードを革紐ごとポケットに入れてしまった。


「ところで、おっさんはマイルズ商会の会長との関係は何なんだ?」


「大人の関係と言えばわかるだろ?」


「うわー、おっさん、あのじじいとできてたのか!? すごーくキショイぞ」


「バカ! あり得んだろ!」



「そういえば、リスト商会から被害届のようなものが出てたんだろ?」


「ふん、知らんな。さっきも言っただろ、ここの屯所はマイルズ商会と大人のお付き合いをしてるんだよ。そろそろ、奴隷商人が裏口に来る頃だがまだかな?」



 なるほど、組織ぐるみの犯罪という訳か。よーく社会勉強になった。


 そろそろいいか。


 そんじゃあ、声を出して、


「装着!」



 ガシャン、ガシャン、ガシャンとか音がでればカッコいいのだが、無音でナイトストーカーが俺の体を覆う。


 後ろ手で俺を縛っていたロープもちぎれ飛んだ。


「な、なんだ、なんなんだおまえは?」


 左の鞘からエクスキューショナーを引き抜き、おっさんの首筋に切っ先を当てる。


「ダークン。もうお前には用はない。『慈悲』の心で一思いに殺してやる。ありがたく思え」


「だ、誰か、誰かー、……」


 一度、エクスキューショナーの切っ先を頸動脈あたりに突き入れて、それから真横に振り切る。首の後ろ側の皮一枚を残して、頭が落っこちないよう首を切断してやった。これぞ、打ち首の極意。昔漫画で読んだだけだけどな。


 おっさんが目を丸めて俺を見る。女神を見ながらおっちぬとは幸せなヤツだ。死ぬ間際に大声を出さなかったのは評価が高いぞ。


 あっ! 喉を切り裂いたら声を出ないか。


 鼓動に合わせて吹き出る血を浴びないようおっさんを蹴り飛ばしてやった。


「コロ、ここらをきれいにしてくれるか」


 おっさんのポケットから忘れないうちに金カードを回収して首からかけておき、そのあとは、コロに清掃を頼んだ。おっさんの死体も含め飛び散った血もすっかりきれいになったところで、エクスキューショナーを鞘に納め、


「収納!」


 また普段着に戻って部屋を出ようとしたら、屯所の中にいた連中が駆け付けてきた。

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