第33話 マイルズ商会3、会長


 手長足長も痛みで泡を吹いて気絶してしまったし、殺すほどでもないので放っておいてトルシェの後を追うことにした。


 途中、扉の空いた部屋が何部屋か並んでいたので中を覗いてみたら、すっからかんの空き部屋だった。元は応接室か何かだったのだと思う。文字通り根こそぎだ。ここのところ金目のものがほとんど見つからなかったからトルシェのヤツ、欲求不満が溜まっていたのかもしれない。


 こうなったらトルシェは放っておいて、アズランがここの会長を連れてくるのを待っていた方が良さそうだ。


 トルシェのおかげでどこにも椅子がない。女神さまが、床の上に体育座りするわけにもいかないので、立ったままアズランを待っていなくてはならない。地味に疲れる。いや、実際は全く疲れはしないのだが、疲れたような気がするだけだ。


 仕方ないので俺もキューブの中から、紙袋に入ったピスタチオもどきを取り出して休憩することにした。


 このままでは俺の権能が『破壊』と『殺戮』、申し訳に『慈悲』になるくらいで、『闇』がなくなってしまう。


『コロ、無毒でこのあたりに黒い瘴気を出せないか?』


 腰のベルトに擬態中のコロにたずねてみたら、あっさりとコロから猛烈な勢いで黒い瘴気が噴出してきた。とはいっても、辺りが闇に包まれるわけではない。これでは『闇』とは名乗れない。


『そうだ! コロ、触れると目が一時的に見えなくなるような闇属性っぽい瘴気はどうだ?』


 コロが俺の腰を少し締め付けた。ような気がした。


 毒やら病気に完全耐性を持つわが身、実感は全くないのだが、おそらく今コロの出している瘴気は、視神経に作用する一過性の毒が含まれているに違いない。誰か手ごろなヤツを捕まえて確かめたいが、ここには誰も来てくれない。


 しかも、権能会議で打ち合わせた大見得おおみえも言い忘れてしまった。仕方がない、観客はいないが予行演習のつもりで、


「闇よ集え! わが権能はあまねく世界を覆う!」


 鳥肌ものだな。イヤいい意味でだ。




 しばらくうっすらと漂う瘴気の中でピスタチオもどきを食べていたら通路の方でバタバタ音がする。しばらくしてアズランが大柄な男を引きずって部屋の中に入ってきた。


「やっと運んでこれました。かなり重たかったんですが、この部屋の辺りに黒い瘴気が漂っていたので頑張れました」


 アズランがここの会長を捕まえて連れてきた、というか気絶した大男を運んできてくれた。小柄なアズランはいくら身体能力が高くても基本的には速度と技巧特化なので相当重たかったろう。コロの瘴気は俺たちにはスタミナ役にもなるようだ。まだまだ新しい発見がある。


「アズラン。ご苦労さん。こいつがここの会長か?」


「本人はすぐ眠らせたので何も答えていないんですが、目ぼしいのがこいつしかいなかったので連れてきました」


 目ぼしいのがひとりしかいなかったのなら仕方ないな。別人じゃなければいいだけだし、別人ならたたき出すだけだし。


 仰向けに寝転がっているこの男。年のころは六十から七十。おっさんというよりじじいだ。上等そうな上下を着て、両手に大きな指輪を何個もつけている。たしかに、らしい・・・じじいだ。


「暴れられて間違って殺しちゃまずいからフェアに眠らせてもらいました。万能薬で起こしますか?」


「俺が優しく起こしてやるからいい。何と言っても俺の権能の一つは『慈悲』だからな」


 じじいの横にしゃがんで、胸元を持ち上げ、ガントレットをした手で軽く頬をはたいてやった。


「起きろ!」


 なんとか男は目を覚ましたようだ。目をぱちぱちしている。


「儂の目に何をした? 何も見えん、何も……」


 おっと、コロの瘴気に当てられたようだ。まあ、口がきけるなら大丈夫。問題ない。


「死んでないだけましだろ? それから無駄口は叩かず、俺が聞いたことにだけ答えろ。いいな? おい、返事は?」


 軽くたるんだ頬をはたいてやったら鼻血が出てきた。


「わ、わかった」


「おまえ、その齢で口の利き方も分からないのか? 立場をわきまえろ!」


 もう一度じじいの頬をはたいてやった。


 こんどは、口の中が切れたようだ。口の横から血が流れ出てきた。


 俺のやってることは、まさに反社エリートの行動だな。


「それで、おまえがここの会長か?」


「そうだ。儂がここの会長、デリー・マイルズだ」


 俺は口の利き方のできていないじじいの頬を黙ってもう一度はたいてやった。新しく切れたところは無かったようだが、汚い血が飛び散ってしまった。


「そ、そうです。わたしが会長のデリー・マイルズです」


 やっと分かってくれたらしい。頬を張るのはかなり高い教育効果があるようだ。余談ではあるが、子どもに対する体罰は厳に慎むべきとは思うが、ここ一番で一度だけなら体罰があってもいいかと俺は思っている。全くの余談だな。



「おまえ、リスト商会を知ってるな?」


「おまえは、リスト商会の者なのか?」


 今度は、少し力を入れてじじいの頬をはたいてやった。内出血でもしたのか、たるんだ頬が急に青あざになった。やはり体罰では高い教育効果が望めないようだ。


 何度叩かれても分かんないじじいを睨んでやろうかと思ったのだが、こいつは目が見えないんだった。


「リスト商会にちょっかいをかけていたのはおまえだな?」


「……」


「どうなんだ! おまえなんだろ?」


「はい」


「ケガをした店の者も大勢いたようだが、おまえをその分傷めつけようか?

 それと、リスト商会の商隊キャラバンを襲わせたりしていないか? どうなんだ? ちゃんと答えろよ」


「リスト商会の商隊キャラバンも襲わせました」


「そうか、やっぱりな。それでおまえはどうオトシマエを付けるつもりだ?」


 おっさんがもごもご口の中で言っているのだが店の外がうるさくなってきたようでよく聞き取れない。


 誰だ? 女神さまおれの大事なお仕事の邪魔じゃまをするヤツは?





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