第42話 生存者

 いきなり扉の爆発と共にセキュリティが解除され、ドアが開き、銃を構えた男が入って来た。

〈僕〉を捕獲する為に壊滅した、制圧部隊のレッドチームの隊長が狙いを私につけた。


「動くな!」

 私を拘束しようと動く、保安部隊の生き残りの隊長。

「ほう、生き残れたのか……君は優秀だね。人間としてはだけど」

 眼鏡をすりあげ私は、血天使のサードと戦い生き残った、人間としては優秀な、興奮している隊長を関心なさそうに見る。


「オレだけ生き残った……もう一人さっきまでは生きていた……あいつは、地下の怪物はなんなんだ? 女の血天使とは違っていた」


 何か気体が昇る音と、気泡が弾ける音だけが響く静寂が占める部屋。

 大きな水槽があり、そこにゆらりと揺らめく者。

 赤い髪が腰の辺りまで長く伸び、瞳を閉じたままの痩身の美しい姿の女。


 私は姿勢を保持しながら、憧れの視線を水槽の女に向けたままで、呟く。

「サードが違う? まあ、そうかもね。殺しの衝動はセックスに似ている。女と違い男は一瞬の快楽を我慢できない。とくに初めてならね」

 銃を構えたままで隊長が疑問を述べる。


「予想していたと言うのか? この事態を?」

「まあね。でも君が生き延びるのは計算外だった」

「バカな……もし我々が全滅したら、あの化け物をどうやって止めるつもりだった?おまえの命も無いんだぞ!」

 ふむ、そんな考えもあるのか、少し関した私が言葉を返す。


「そうだね……でも、その時は私がやる事が一つ増えるだけの事」

 私の白衣は赤い血で染まり、その両手からは血がしたたり落ちていた。

「……おまえ、ここの職員を全員殺したのか?」


 赤いレーザー照準が、私の頭部を捉えた。

「まあね。これは私のプラン通りなんだけどね。君はイレギュラーだ」


 隊長は何か悟ったように、私から銃口を外し、構えなおした、赤いターゲットポイント光が水槽のファーストの美しい身体を照らす。


「まて! 君は撃つ相手を間違えている!」

 私が初めて見せた動揺を見て、隊長は確信した。

「いやこれが正しい。こいつさえ、ここに居なかったら……この化け物が全ての元凶だ!」


 警告なしで撃ち込まれる銃弾。

 フルオートで全弾が撃ち出され、血しぶきがあがった。


 ファーストの前に出て、私は全ての銃弾をその身体で受け止めた。

 眼鏡が粉々に砕けて、胸、手、そして頭部にも銃弾が命中する。

 一瞬で肉片に化し……床にボロきれのように崩れ落ちた私の身体。

 その行動に驚く隊長。


「こんな化け物を守るなんて、どうゆうつもりだ? 金のためか……こんなものはこの世界には必要無い!」

 弾倉を取り替え、大型のハンドガンを水槽のファーストへ向ける。

 ぐちゃぐちゃになった体を引き上げる私が、隊長を静止する。


「君……困るな……彼女は僕なんか比較ならないくらい、貴重な存在なんだよ」


 声に向いた隊長に、音もなく立ち上がった私の身体。

 急速に再生する身体。まったく素晴らしいものだ。

「人殺しの技術には長けていても、創り出す事には感心ないか」

 目の前で起こる再生に、血天使と戦った記憶が蘇る隊長。


「馬鹿な……おまえも化け物になったのか……」

「まったく君の言い方はひどいなあ。これこそ人類が望んだ不老不死の姿なのに」

「おまえが造ったクスリ、インフィニットは、人を怪物に変えるのか?」

「まったく、軍人とは……だが、君の役割からいったら(現実重視)至極当たり前だろう。ただ、少しもったいないな」


「何がだ?」

「君の戦闘力、人を破壊する知識と経験。そしてそのタフさ。この状況でも自分の考えを持ち、それを変える事がない」


 カン、カン、金属の跳ねる音が部屋に響いた。

「……なんの音だ?」

 再生する私の身体から、打ち込まれた弾丸が排出され、床に落ちて音を立てる。

「この身体のすばらしさが君に伝わらない事がもったいない」


「……化け物め!」

 なぜ目の前の男は、私を化け物と言うのだろう。

 今さっき、部下を失った怒りと悲しみが言わせている言葉だが、もし部下がこの身体を持っていたら、笑いながら私に「この身体は素晴らしい」と言うだろう。


 自分が持っていない力は、排除したいのが人間、そうでなければ自分の存在が危うい。


「君にもこの力は与える事が出来る」

 彼は私の考えを推し量っていた。

「そんなに構える必要は無いよ。私は素直に優秀な君を失うのをもったいない、そう思っているだけさ」


 彼は思案しているようだ。まあ、今までの経過を見ていればそうなるだろう。


「インフィニット……正確には、水槽で眠るファーストの血と肉を食べた、少女セカンドから得た抗体を使った免疫グロブリン。一度人間の身体を経由する事で、アイソタイプを人が取り入れられるものに変換したものだ」

 銃を構えたままで、隊長は答える。

「ああ、その辺は調べている。資料も奪取済みだ」

「フ、あの老人の指示か?」


 私の言葉に少し考えてから、彼は話し始めた。

「そうだ。元々、俺たちは老人達によって雇われている。そして目的はプロジェクトの遂行の障害を排除する事」

 やっぱり人間はあなどれない、とくにあの老人は私たちより怪物じみている。

「つまり、私が障害になったわけだ」

 彼は持っている小銃に私の頭に向けた。

「そうだ。この研究が破壊されても、被献体とおまえと、ここのサーバのストレイジがあれば、プロジェクトは進める事が出来る。この暴走は止めないといけない」

 私は彼の言葉に頷いた、隊長は言葉を足した。

「俺はおまえを殺し、水槽の女も殺し、研究所も破壊する。世界の滅亡を生み出す行為には我慢できない。だが……老人たちの高額な報酬も魅力的だ。ここまでの被害を出したのだから」

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