第36話 進化と恐怖
(……なんだ……なにが鳴っている……)
「に……逃げ……逃げて!……今すぐに……セキュリティを外した……」
(この声…………赤い瞳の少女?)
意識が肉体が、僕の力が急速に戻ってくる。
「ケルブ……目が覚めた?」
一人の研究員が僕を見て顔色が変わった、
僕から距離をとるように、徐々に後ずさりを始めながら呟いた。
「ち、血天使……」
(血天使……なんの事だ?……それより、ここは何処で……僕は誰なんだ?)
その時、突然、僕の全ての細胞が、力強く活動を開始するのが感じられた。
クスリと拘束着に縛られた身体と心が、高熱を帯び始め、濃霧の中から現れた新しい感情。輝き出す赤い僕の瞳が、今すぐに、世界の全てを理解出来そうな超感覚を目覚めさせる。
同時に、争いごとが嫌いな僕に、荒ぶる感情が竜巻のように強烈に巻き立つ。
(……殺せ……全員殺せ!……おまえを縛る全てを破壊しろ!)
僕が僕に命じる……全てを殺せと……粉々に破壊しろと。
拘束着に手をかけると、紙のように簡単に破けた。
悠然と立ちあがる僕の耳に、非常用のサイレンが聞こえる。
サイレンの音と同時に、悲鳴をあげて逃げ出す研究員の頭を掴み頭上へと持ち上げる。
叫び声を上げて足をばたつかせる、白衣の男を見て僕は思った。
「うるさいな……コレ」
グシャ、軽く力を込めただけで、男の頭蓋はゆで卵のようにぐちゃぐちゃに砕けた。
「ハハハ、愉快だ……なんて爽快なんだ」
血が滴る手を目の前に挙げて、僕は生まれて初めての殺しの快感を得ていた。
「……だ……めよ!戦っては……ダメ!……」
足下に転がるディスプレイに映る、青い髪の少女が必死に僕を止めようとしている。少女の美しい赤い瞳を見ながら、僕は首を傾げる。
「どうやら、君が僕の呪縛を解いてくれたようだね……ところで君は誰なんだ?」
「……力に酔ってはダメ……自分を押さえて! 我慢するの!」
僕は初めて見た美しい少女に首を傾げる。
「我慢? 何を我慢するの? ここにいるツマラナイものを壊す事かな? もう動かないけど」
少女の赤い瞳は悲しそうな表情を見せた。
「綺麗だね、君の瞳……もう一度聞くけど、君は誰なのかな?」
「あたしは……あなたは忘れてしまったの?」
右手で悲しそうな少女が写るディスプレイを持ち上げた。
「僕が忘れた? いいや……今から始まるのさ。僕は今目覚めたばかり」
「違うわ、あなたはあたしと一緒にいた。思い出して……あなたには自分の世界がある、忘れられない思い出も……」
「クク、そんなものが僕の得になるのかい?そんな事はどうでもいいことだよ……感じているんだ。今の気持ち分るかな? 爽快な気分なんだ……壊したい、殺したい、全てを!」
「待って!ダメ、そんな事をしちゃ……」
少女の戒めの言葉が終わらないうちに、右手でディスプレイを握りつぶした。
部屋の入り口から迫ってくる黒服の男達。
「今度は強そうだ。少しは足掻いてくれそうだな」
狩る獲物が現れたのを見て、舌なめずりした。
それから僕は部屋の入り口へと、超速度で移動を開始する。
非常ベルが鳴り始め、研究所全体に緊急放送が流された。
「緊急! 血天使サードが暴走を始めました! 繰り返します! 男の暴走! これより館内を迎撃シフトに移行。対血天使の制圧を開始します!」
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この研究所は、世界の大富豪の力の元、私設の軍隊を非合法で所持している。
現在、スタンバイ状態なのは、レッド、グリーン、ブルーの3チーム。
ひとつのチームは四人で構成されている。
最新の戦闘服ACUにIBAボディアーマーを装着後、手にした巨大な銃を見て、チームの若手が尋ねてきた。
「隊長、こんな銃でいったい何を撃つのですか?」
隊員が手にしているのは、デザートイーグル改。50口径の巨大なハンドガン。
火薬の量を二倍に増やして、スコープ、ドットサイト、レーザー照準機をセットしてある。
本来は、人間を撃つ銃ではない、反動も大きく連射も効かないからだ。
俺は巨大なハンドガンのフレームをスライドし動作を確認しながら若い隊員へ言った。
「これでも、倒せないかもしれない相手だ」
弾倉に特別性の太い弾丸を詰めながら、俺は今回の戦いの危険さを感じていた。
あらゆる条件下での戦いの経験がある。だが今回の相手は人間ではない。
装備品が入った棚へ向かって歩き出し、そこからM4A1-Eを取り出し隊員へ手渡す。
短銃身で室内での近接白兵戦から、比較的長距離からの狙撃まで対応可能で、ノーマルタイプより大きな銃弾を撃ち出すようにカスタム化されている。
近代の小銃、アサルトカービンは、小型の銃弾を高速で撃ち出すように設計されている。
銃弾の小型化により多くの携帯・連射を実現する為だ。
だが近代でもあえて大きな弾丸を装着している銃もある。
それは目標物の破壊に重点を置いている銃。
暴走する車両を止める為にエンジンごと破壊する。
低速の大型の弾丸を装備する、これも人を撃つ銃ではない。
「これも……持っていくのですか? 本当に必要なのですか? 相手は実験体で一人だと聞きましたが」
装甲車をエンジンごと打ち抜き、破壊するライフルを受け取った隊員が驚くが、固い表情のままで、俺は次の武器を手にした。
「ああ、そうだ……あとこれも持っていけ」
隊長は隊員に収束手榴弾を手渡した。
この手榴弾は戦車を破壊するのが目的。
複数の爆薬が装填されており、同時爆発で、戦車や装甲車などの分厚い装甲を破壊する。
超大型拳銃、大口径アサルトライフル、収束手榴弾。
信じられない装備に絶句する隊員達。
「……怪獣と戦うみたいですね」
いつも陽気で冗談を欠かさない俺だが、固い表情のまま首を振る。
「怪獣ではない……モンスターだ。しかも人の血を好む」
想像がつかない敵に、質問を続けようとした隊員の言葉を、緊急放送が遮った。
「地下八階を閉鎖。レッド、グリーン、ブルーの3チームは、十五分後に八階へ突入。フロアの間取り、進入経路をシュミレーションして作戦に備えろ」
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