第35話 優秀なもの

「君は本当に有望だね、もうインフィニットも定着しそうだし……痛みも減っただろう? そして君は変化を始めている……進化の階段を登り始めている」

 僕の口の中に、噛まされていた物が取り除かれた。


「少し話そう。君も痛みが無くなって退屈だろう?」

 僕は所長に今まで感じた事がない、強い感情に捕らわれていた。

「ほう、その目の力は……本当にいけるかもしれないね」

「……僕に何をしたんだ? いつも打っているクスリは何なんだ?」


「君が打たれているクスリは何かって?……ほう、まだそんな元気があるのかい?」

 所長は眼鏡を外して僕を見た。その時強い感情が僕に言葉を則する。

「おまえを殺してやる」

 僕は初めて人を殺す事を考えていた。

「おまえを殺してやる……か。いい言葉だね。好きの反対は嫌いじゃない、無関心さ。最高の嫌われ方はまったく興味を持たれない事。憎しみは強い感情だ。相手に興味を持っていなければ起こらない」


「興味だって? ああ、確かにあるよ。僕はおまえに苦しみを与えられ……そして」

 僕の言葉に頷き、その続きを所長は話し始めた。

「そして、あの娘にも同じ苦しみを与えた。私を殺す程に憎い……分りやすい理由だね。でも本当に君は、私が憎くて殺したいのかな?」


「何を言っている? 僕が楽しみで人を殺す事を考えているとでも?」

「違うのかね? 君はインフィニットにより進化の階段を登っている。人は自分より下等だと認識した者には容赦がない。必要もないのにハンティングと称して、何千種もの動物を狩ってきた……その中には人間すら含まれる」


「違う! 僕は、僕と彼女に害を加える者を排除したいだけだ」

「うんうん、解るよ。君とあの娘は特別だ、それ以外は虫けら以下。足にくっついて微かな痛みを与える蟻など、潰してしまえばスッキリする」

「僕と彼女が特別?」


「火の鳥。不死であり若返る事が出来る生物。想像上の生物みたいだけど、この地球上にもいるんだ、若返る事が出来る生物はね。ベニクラゲって知っているかな。老衰で死ぬ寸前に、さなぎのような状態になり若返り再び成長を始める」


 眼鏡を布で拭いて、掛けなおした所長は続ける。


「インフィニットは再生を人にもたらす。その実験体に君が選ばれたんだ。名誉なことだ。まあ多少無理やりだけどね」

 所長が僕を見るその目は、前回までのモルモットをみる無関心なものではなく、貴重な宝石を見る眩しそうな視線に変わっていた。


「……前に彼女が僕は特別な人間だと、いつか僕にもそれが解ると……」

「うんうん、そうだ、まさに君は特別。人としては冴えないけどね。順調に血天使へと進化を進めている」

「ちてんし?」

「本当は智天使、と名付けたのだが、ここの職員達が君たちを血天使と呼んでいてね」


「血天使……僕は何になるんだ?」

「まだハッキリしないんだ。それに途中で駄目になるかもしれない。初潮前の少女ならセカンドという実績もあるけど、男はまだ成功例がないんだ。だから君には頑張ってもらわないとね」


 手招きをする所長。白衣の男が近づいてきた。

 拘束具で縛られ大量に打たれたクスリの激痛で、疲労した身体は抵抗できない。


「もう止めてくれ!」


 白衣の男が、注射器を僕の腕に差し込むと激痛と意識の混濁が始まった……壊れていく精神と身体。恐怖と激痛で無くなる心と気力……僕は辛うじて心を繋ぐ、諦めたくない想いを心に浮かべる……少女に会いたい……と。


 必死に心を保とうとする僕の様子に、所長は頷き話しを続けた。


「これでインフィニットの投与は最後になる。成功するのは正直難しいと思っている。でも人間はこれまで、たくさんの疫病に襲われた。スペイン風邪、コレラ、エイズ……しかし100%の人間が発症し死するわけではない。生き残る人間が必ずいる。その遺伝子は子孫に伝えられる。それが進化の一つの道だ。ケルブの血を受け入れる男。その確率は0.02%つまり一万人に二人くらい。一万人を殺して適合者を見つけるか?そんな事はしない効率が悪い。ケルブに見つけさせるのさ。ネットを漂い、少女が出すシグナルを受け取りビジョンを見る、インフィニットに、適合する可能性のある男をここに連れてくる。百人程失敗したが、今度はいいよ、本当に君は優秀だ」

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