第27話 録画されて少女の物語

「おい!大変だ、来てくれ!」


 研究員達が集まっている、小さなクスリ品棚の前。

 集まった研究員の一人が指をさす先。

 クスリ品棚の扉が少し空いていて、そこから赤い液体が流れていた。


 数人で、何かが引っ掛かって開かない扉を、無理やり開けようとしている。

 ガラガラ、扉は突然開いた。覗き込む研究員達。


「うっ!」


 全員の息が止まり、手で口を塞ぐ。

 そこには……身体を小さく小さく、A4の用紙の大きさまで折りたたまれた、女の研究員が詰まっていた。


「これはなんだ、どうするんだ?」

 研究所で小さな鞄に入りそうなくらい、折りたたまれた女性職員の死体。

「こんな状態じゃ、警察には見せられないだろ?」

「じゃあ、どこかに……」


 警備を担当する、二人の黒服の男が無言でビニールで死体を包む。

「行方不明になる人間なんてたくさんいる、いやな仕事とはさっさと終わらせよう」


 研究所の最下層。エレベータでたどり着いた巨大な部屋。

 部屋に広がる巨大なプール。そこは何かの液体で満たされている。

 生臭い匂い口に付く鉄の味。


 研究所で、死んだ者はここに秘密裏に運ばれ、処分されていた。

 自然に無無口になった二人は、ビニールに包まれた死体をプールへと運び出す。

 二人でタイミングを合わせて、シートを振り、その中身を出来るだけ遠くへと放り出す。水の弾ける音が聞こえ、すぐに女性職員であった塊は、赤い液体に沈み込んでいく。


「さあ、帰るぞ」


 一人が振り返り歩き出す。

 沈んでいく死体を見ていた男も、声に従いエレベータに向かった。

 バッシャン、その時、後方で水が弾ける音が聞こえた。

 二人は緊張し後ろを振り向く。

 薄暗い赤い水のプールの中央で大きな波紋が広がっていた。



研究所の女が殺されてから、私たちの監視は厳しくなった。

でも不思議な事に、女の死は、まるで無かった事のように処理された。

その後の調査は行われなかったし、警察が研究所を訪れる事も無かった。


そんなある日、研究所の廊下を走り抜ける少女を見かけた。

私は少女の後を静かに追った。

十二才の誕生日に、初めて飲まされた赤い液体。

毎日それを飲まされ続けた、私の身体能力と知能は、驚く程の成長を遂げていた。


「すぐにオリンピック候補になれる」


 研究員があたしの体力測定を行う度に、冗談半分に言っていた。

 その言葉どおり、大人を凌ぐ身体能力を発揮して、あたしは誰にも気付かれる事無く、少女の後を追えた。


 私の前には、同じく少女の姿を追う、二人の黒服の男と一人の白服の研究員。

 黒服の男は、この研究所の警備員で武装していた。

 少女はこのフロアの奥にある、普段人気がない方向に向かって走っていた。


「……覚醒しているかもしれん」

 研究員の言葉に頷く黒服の二人。

「わかった……気をつける。さっき見たばかりだしな」

 発達したあたしの聴覚は、男達の言葉を捉えた。


(覚醒……気をつける?……いったい、何があったの?)

 二人の黒服の男の手には、大きなハンドガンが握られていた。

 三人はすごく緊張と興奮しており、追っている少女の事しか見えていないようだ。

 あたしは見つからないように、三人の視覚の影に入り追跡を続ける。

 少女はフロアの隅へと追い込まれ、一番奥の使われていない実験室に逃げ込む。


 廊下に置かれた荷物に身を寄せ、実験室を覗き込むと、あたしの同じ十二歳くらいの少女が、部屋の隅に立ち震えていた。

 少女を囲むように、三人の男は歩を進める。


「……私は、傷つける気は無かったの」

 少女が呟く。その瞳は薄く赤みを帯びていた。

「解っている……」

 銃を構えながら、黒服の二人が少女との距離を縮めた。

「……だが、もう助からないだろうな……お前に腕を……肩から引き千切られたから」

 部屋の隅にジリジリと下がっていた少女の瞳が、男の言葉で曇りその動きが一瞬止まる。


 ガンガン、二発の銃声が連続で響く。

 黒服の一人が、少女の胸を撃ち、胸から血を流して倒れた少女。


「気をつけろ! まだ動ける!」


 研究員が二人の黒服に注意を促してから、少女に警戒しながら近づく。

 その様子は、まるで少女が、野生の肉食獣でもあるかのようだった。


 少女が動かない事を確認した研究員は、慎重に少女の首に太い注射を打ちこんだ。

 ビクッと反応した少女は、瞳を開いたまま、動かなくなった。

 少女の様子を確認した研究員は、警備の黒服の一人に目配らせをする。

 頷いた黒服の男は、少女の身体に拘束具をつけた。


「……よし、連れて行け」

 研究員の言葉で黒服の二人が、少女を白いシーツで包んで部屋から運び出す。

 一人部屋に残った研究員。

「5%の覚醒でこれか……本物100%のだったら……いったいどうなるんだ?」

研究員は呟き、そして部屋から出て行く。


(覚醒??)


 あたしは今あった事が、リアルな事と思えないでいた。

 自分と同じくくらいの少女がハンドガンで撃たれる。

 そして赤く輝く私の瞳。


 男達が去った研究室に入り、その後を確かめる。

 少女が流した血が床にベットリと跡を残し、今起こった事が本当だと伝えてくる。

 立ち尽くすあたしの姿を、この部屋の監視カメラが見ていた。


 視線に振り向いたあたしの顔を、カメラがズームする。

 研究所の管理センターのディスプレイが、強く輝く赤い瞳の少女の姿を映し出す。


「セカンドは、やはりあの子だった。ついに見つけたな」

 眼鏡を指で直しながら、若き所長はまばらな拍手をする。

 それを奇異な表情で見ていた職員達に、所長は催促を促した。


「何をしている? 早くあの娘を連れてこい。ただし頭は壊さないようにな」

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