天使と悪魔と虫の異世界大戦 ~厨二病君を添えて~
@maow
第1話 切り取られた平穏
ある時を境に虫という人ならざる存在が世界のあちこちに出現。それにより世界のあり方は一変した。人類と虫、世界の覇権を争う戦いが始まったのだ……とまあそれは置いといて。竹下イヴは大帝銀行第一支店と言う世界最高峰のセキュリティを誇る銀行に勤めていたのだが、ある日彼女の前に右腕に包帯を巻いた謎の少年が現れた。イヴは最初彼を思春期特有のアレに罹ったかわいそうな子だと思ったのだが……
「はあ」
たった今、偉そうな会社員の接客を終えた私は、受付の机に肩肘をついて盛大なため息を吐いた。
あの会社員偉そうなだけじゃなくて、私のことを口説いてきたのよね。
まあ確かに、私はかわいいのは事実だけど。でもさすがにあの親父は、ねえ。年の差いくつよ。私、年上より年下が好きなのよね。
私は自慢のスレンダーなモデル体型をこれでもかと見せびらかすようにストレッチをした。ここの制服、スカートは短いし、サイズも普通のやつより少し小さめに作られてるのよね。
おかげで体のラインがばっちり。これ、絶対お偉いさんの趣味よね。
ストレッチを終えた後、私は気分転換のために腕に巻き付けたゴムをとって生まれつきの長い茶髪を一括りに結んだ。
髪型を流したロングからポニーテールに変えているととなりから透き通る様な声が飛んできた。
「ため息がおっきいわよ、イヴ」
仕事中にこぼした私の大きいため息を私と同じ制服を着た同僚のセイラに咎められた。
セイラは私と同期入社で、私と同じ超がつくほどの美人。ウェーブさせた青い髪を流した姿が海を連想させ、豊かな抱擁感を醸し出す女性。
当然、男人気が高い。私と同じで。
どちらが高いかと言うと、それはまあ、世の男どもは贅肉の塊が大好きですから、特に胸にぶら下がった奴が。
私の隣で受付をしていたセイラもちょうど今お客さんの接客を終えたようで私と同じ様にストレッチをしていた。
私の目線は自然、セイラの二つの小玉スイカに吸い寄せられた。
てか、何だその胸は。何食ったらそこまで大きくたぷんたぷんになるのよ。絶壁の私に対する嫌がらせ。
セイラの苦言を私は口をとがらせて子供のように答えた。
「だって、退屈なんだもん。」
そんな私を見てセイラも呆れたようにため息を吐いた。
仕事中のため息はダメなんじゃないの。
ジトーとしたねちっこい視線をセイラに送るも、私の意味深な視線にセイラは気づかなかった。
もちろん仕事中にため息を零した私の方が悪い。悪いのだけれど、それでもこの何の変化もない退屈な日々にはため息を零さずにはいられらない。
私とセイラが働いているのはこの国随一のメガバンク大帝銀行の第一支店。私たちはそこで受付をしている。最も有名かつ最も多くの口座情報が保管されているこの第一支店はこの国で一番お金がある銀行と言っても過言ではない。
セキュリティは当然最高クラス、開設以降銀行強盗に遭ったことがなく、日常業務はもっぱらお金の出し入れとさっきみたいなエロオヤジの話し相手。
自分の物でもないお金があっち行ったりこっち行ったりするのを見せられても正直楽しいものでもない。これがカジノとかだったらまだ少しは緊張感でわくわくしたりするのかもしれないが……まあこんなザ・金庫のような場所でそんな危機感を感じたことは私が働き始めてから一度もない。
定期的にやる緊急事態訓練もみんなやる気ゼロだしね。
「退屈ってあなた、世間では虫の被害が最近増えて大変だっていうのに」
「はいはい、そうですね、虫のおかげでお金を動かす人たちが多くて私たちも大忙しですね」
虫、この世界に突然現れた人類の敵。虫たちの目的は分からないけれどそれぞれに独自の生態のようなものが存在している謎の生物。現在、人類はこの虫たちに食物連鎖の頂点を奪われないよう必死に抵抗しているのだけれども……
虫はみんな人間を超越した身体能力を持っている。それこそ人がどれだけの年月をかけてトレーニングしたとしても敵わないであろう程の能力を。
ニュースでは虫の被害が毎日報道されている。
今の人類は常に虫の脅威にその身を晒されていることになるのだが、
「でもここだとね~」
この第一支店は虫の被害に遭ったことがない。だから頭取が世界一安全と宣伝しまくっているんだけれど。
それでも虫が活発化しているせいで経済不安が高まりお金を動かす人はここ最近急増、おかげで私たちの仕事量も増えているんだけど、そうじゃないのよね。私が言ってるのは。
「もう、やる気がないんだったら、案内窓口手伝ってきてよ。そんな状態でお金触ってミスされても困るし。」
「はいはい、わかったわよ」
愚痴をこぼしながらも手を動かしていた私は取組中だった仕事が一段落すると、待っているお客さんを全部セイラに丸投げして、案内窓口に向かった。
受付が私とセイラの二人しかいない事もあって店内のお客さんはかなり多い。案内係の人たちも窓口から離れてあちらこちらに散って接客対応している。
まるで老人の介護をしているみたいね。
仕事への情熱たっぷりの案内係さんたちのせいでお客さんが案内窓口に来ない。
というか、みんな案内窓口を探す仕草をした瞬間、何かしらの超能力を発揮した案内係がお客さんを捕まえてテンプレ案内をしている。
おかげで私は受付にいたときより手持無沙汰だ。
係の人達みたいな超能力のない私が係の人のまねをしても足手まといになるだけだしね。
心なしか、係の人たちが私にアイコンタクトでそこにいろって言ってる気がする。ついでに私たちが対応できないときはあなたが対応してね、私たちが対応できないことなんてないけれどねとも言っている気がする。
仕方ないので誰もいない窓口で一人ポツンと座りながら、目線の先にあるガラス製の透明な出入り口扉から外の様子に物思いをはせていると、いつの間にか机を指でとんとんと叩かれた。
「あ、すみません。何かごよう……ですか」
慌てて営業スマイルを浮かべる私だったが目の前のお客さんを見て一瞬言葉を失ってしまった。
私が目の前のお客さんを見て浮かんだ感想は一つ。うわ~、だった。
顔はまあ、かっこいい。全体的に草食系っぽく見える優等生みたいな顔立ちだけど、眠たげながらも鋭い眼を見てると実は肉食系なんじゃないかなと思う。髪は染めてなく、色素薄めの黒で私的にポイント高い。
顔はいい、むしろ私的にはタイプ、なんだけど、服装がやばい。ファッションセンスが壊滅している。
何か茶色い染みが着いた白Tにところどころ糸がほつれたダークグレーのフード、下はダメージというか致命傷じゃないかと思えるほどずたぼろになったジーンズ。極めつけは厨二病丸出しの右手に雑に巻かれた包帯。隙間から青白い肌が丸見えになっている。
やるならもうちょっとちゃんと巻きなさいよ。私より年下でしょうけど、中学生、かしら、身長からして私と同じ百六十五センチくらいだから高校生、でも腕に包帯を巻くなんて高校生じゃしないような……
私は目の前の風変わりな、というか絵にかいたような厨二病男子を失礼なのは十分に承知の上なのだがそれでも痛々しい眼で見ずにはいられなかった。
「あの、聞きたいことがあるんだけど」
不躾な視線を送るだけで何もアクションを起こさない私を不審に思ったのか、彼の声は感情を感じさせない無機質な声だった。
「はい、なんですか」
心ここにあらずだった私は目の前の厨二病君に声をかけられ、つい肩をびくつかせてしまったが、すぐにいつもの落ち着いた受付嬢を取り繕った。
「今日、ここら辺で虫は現れましたか」
「はい、い、いえこの辺りに虫が出たという情報は現在知らされていませんが」
突然彼の口から飛び出した不穏なワードにお腹のあたりから温度が消えていくのを感じた。
「そうですか、まだですか」
「ま、まだ」
「ああ、僕、虫の気配を感じ取れるんです。あまりにも弱いやつは無理なんですけど。」
「……………………」
何を言っているの、この子。
いや、まあ厨二病ってそういうもんだし、そういう病気だから仕方ないんだけど。それにしても内容が安直というか、私が子供の時ももうちょっと作り込んでた……あっ、突然頭痛が、ちょっと今軽く死にたくなってきた。
昔の心の傷、もといパンドラの箱が開きかけ軽く頭を抑える私を厨二病君は黙って水晶のように全ての光を反射する瞳に映していた。
彼の瞳に映る自分と目が合って、今私が彼をほっらかしにしていることに気づいた。
いつまでもこうしているわけにはいかないし、かといって彼はお客様、でも厨二病という病に犯されている。いったいどうしたら……
「あ、ああ、なるほどなるほど、それは大変ね。でも大丈夫よ、ここは大帝銀行の第一支店、世界最高峰のセキュリティが守ってくれてるんだから、虫が来たってへっちゃらよ」
なんか子供をあやすみたいで恥ずかしいけど、とりあえずここは当たり障りない感じにしておきましょう。あんまり大人の対応をして厨二病君の世界を壊してもかわいそうだしね。
「ふうん、そう」
私の優しさを一切感じ取っていないようなそっけない厨二病君の返事に少しいらっとしたけど、まあこのぐらいの年の子ってみんなこんなものよね、うんうん。
無理やり自分を納得させ、厨二病君に他に何か質問はないか尋ねようとしたその時、厚さ五センチ以上のガラス製扉が突然、粉々に吹き飛ばされた。
「へ、なに」
ガラスの破砕音を聞いた私は厨二病君の後ろに視線を向けた。するとそこには今までなかった黒い塊が他のお客さんを下敷きにこの部屋の中央へ陣取っていた。
鉄球と言うよりは運動会でよく小学生が数人で押して運んでいる大玉にそっくりなそれは、塗装にしては不自然なほどに鈍い光沢を放っていた。
下敷きになったお客さんはケガこそしているようだが命には別状ないようで必死に自分を押しつぶす黒い塊をどかそうとしていたのだが、見た目以上にかなり重いのだろう、びくともしていない。
「だ、大丈夫ですか」
下敷きになったお客さんを助けるため私が黒い大玉に近づこうとしたとき、厨二病君が私の腕を掴んだ。
「いくな、死ぬぞ」
「へ」
掴んだ腕から伝わる温度と同じように、厨二病君の声も冷え切っていった。
それほど強くつかまれているわけでもないのに、私は即座に彼の腕を振り払うことが出来なかった。
私が彼に止められている間に、黒い塊はその形を変貌させていった。
「え、なに、あれ」
黒い塊は結ばれたリボンを解くようにゆっくりとその丸まった体を伸ばしていき、力士を超えるほどの巨体を現した。
私たちの目の前にいる外殻を固い甲羅のようなもので覆ったそれは、世界を破壊し文明を蝕む人類最大の敵
「虫……」
ニュースでは毎日のように聞く虫の襲撃。知識としては知っていても今まで虫と遭遇したことのない私は目の前の光景を受け入れられずその場で立ち尽くしてしまう。
動転して周りの狂騒すら聞こえない私だったが自然と、彼の声だけははっきりと聞こえた。
「コガネムシだな」
そう言って私の前に歩み出た彼は無造作に巻きつけた右腕の包帯を解いた。
解かれた彼の右腕にはいつの間にか呪文のような黒い紋様が浮かび上がっていた。
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