左肩。掴まれて、引き戻される。

 振り払おうとして。

 懐かしい、てのひらの形。わたしを触る。彼の。


「何してんの?」


 彼。

 そうか。

 わたし。

 死んだのか。


「やっと逢えた」


「いや、踏切。電車来るから。飛び込んじゃだめでしょ。死んじゃうよ」


 どの口が言うんだ。


「あなた、爆死したじゃない」


「あれはほら、パフォーマンスだから。派手に死なないといけなくてさ」


「わたし。ごはん美味しく作れなくて。シャワーばっかりで。あなたがいないのに準備したりして。結局ひとりで」


「うん」


「逢いたかった。ずっと」


「なんで、死にたかったの?」


「死にたいから。死にたいから、死にたいの。それ以上説明ができない」


「そっか」


「ごめんなさい。生きれなくて」


「ごはん、作ったんだけど。お風呂も沸いてるし、諸々の準備もしてある」


「帰る」


「生きる気になったね?」


「そっか。わたし。生きてるんだ」


 生きてる。

 死んでない。


「ごめんね。俺、死にたくないタイプの人間だからさ。きみのこと分かんないや。死にたいっていう気分も、よく分かんない」


「爆死したのに?」


「仕方ないじゃん。仕事だし。戸籍新しくするまでは誰にも会えなくて。できあがって外歩けるようになったらまずきみに逢おうと思ってて、んで、今ここにいるんだけど」


「わたし」


「うん。目の前で死のうとしてるね」


「連絡してよ。生き返るなら生き返るって」


「爆死した人間が帰るって連絡できないでしょ普通」


「生きててよかった」


「書類上は死んでるけどね」


「違う」


「ん?」


「わたしが。生きててよかったって。死ななくてよかったって。いま。はじめて。思った。思ったよ」


 涙が出てきた。

 立てなくなって、彼にもたれかかる。


「泣くと動けなくなるタイプ?」


「わかんない。あんま泣いたことないから」


 彼の匂いがする。あと香辛料の香り。


「カレー?」


「うん。カレー」


「帰る」


「おんぶするよ?」


「うん」


「よいしょ」


 泣きながら、彼の背中によじのぼった。

 彼の背中。

 暖かい。

 生きている。それだけを、なんとなく、感じた。

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