クリスマスの告白

早瀬茸

第1話

 今日の放課後屋上で待っています。



 簡素にそう書かれた一枚の手紙が私――崎原さきはら咲希さきの机の中に入っていた。差出人はなく、その一文以外何も書かれていなかった。

 今日は皆が心躍るクリスマス。そして、今年で最後の授業の日である。なぜか、この学校は冬休みに入っているにもかかわらず、クリスマスイブとクリスマスの日に補習と称して登校を求めてくるのだ。一種の嫌がらせではないかと考えたこともある。

 ただ、この手紙を見た瞬間、補習を開いてくれてありがとうという気持ちになった。今日も例年通り、家族と一緒にケーキを食べるだけの退屈な日になるだろうと思っていたが、それを回避できそうだ。



―――――――――――――――――――――――――


「まだかな……。」


 屋上に来て、10分以上経過していた。運動場のほうを見てみると、三三五五、生徒たちが帰っているのだが、未だ相手が現れる気配はない。

 どんな相手が来るのだろうと期待8割、不安2割の気持ちで待ち構えている。ただ、心当たりがないわけではなかった。ここ最近、よく話しかけてくる男子が一名いる。会話していても良い感じで、私も彼に好意を寄せていた。そいつだったら良いなと思っているところだ。



 ガチャ、

 町の景色を眺めていると、ドアの方向からそんな音が聞こえてきた。その音と呼応するように私の心臓もうるさくなってきている。


「「あ……。」」


 そこに現れた人は私の思ったとおりの人だった。

 最近よく話している男子――海原かいばらかいだ。

 ……胸のドキドキがより高まっているのが感じられた。



――――――

―――

――



 ……それから、何分が経っただろうか。5分か、もしかしたら10分以上経過しているのかもしれない。

 ―――その間、発せられた言葉は一切なかった。


 え?どういうこと?私から話しかけろってこと?そっちから呼び出しておいて?告白するっていう重要な役割は俺がやるから、せめて話しかけるのはそっちからにしろってこと?ことここにおいて、それは情けなさすぎるのでは……?

 ……仕方ない。私から話しかけるか……。


「それで、何で黙ってるの?」


「何でって……。それはこっちのセリフなんだが。」


 ……え?こいつ、今なんて言った?それはこっちのセリフって言った?おかしくない?


「いや、この状況で話しかけるのはどう考えてもそっちからでしょ……。」


「そ、そういうもんなのか?いや、こういう経験がなくってな。……じゃあ、どうぞ。」


 ……どうぞ?どういうこと?私が何を言えと?


「いや、どうぞって言われても……。こちらこそどうぞ。」


「いや、どうぞどうぞ。」


「いや、どうぞどうぞどうぞ。」


「いや、どうぞ……ってガチョウ倶楽部かよ。」


「……。」


 いつもなら面白いこのやり取りもこの状況においては全く笑えなかった。ていうか何で早く言わないの?いや、緊張するし勇気がいるのは分かるけど……。それにしても……。


「それで、何か言うことないの?」


「言うことか……。俺は崎原のお願いに答えるつもりだよ。」


「……お願いとは?」


「この状況なら一つしかないだろ……。あれか?いざ本番になると怖じ気づいてしまったのか?」


「いや、あんたに言われたくないんだけど……。そっちから言ってくれないと私も何も言えないよ。」


「どういうことだ?」


「いや、こっちが聞きたいんだけど……。」


「……だって、これ書いたのお前だろ?」


 そう言って、海原は一枚の紙を取り出した。それは、見覚えしかないもので――


「……何で海原もそれ持ってるの?」


「海原って……、お前も持ってるのか?」


「うん……。」


 そう言って私は今朝、私の机のなかに入っていた一枚の手紙を取り出し、彼に見せた。


「今日の放課後屋上で待ってます……俺の手紙と一緒だ。」


「どういうこと?」






「いやあ、良い物見させてもらいましたよ。」


 頭の中が?でいっぱいになっていると、貯水タンクのほうから声が聞こえてきた。 

 その方向には海原の親友である宅牧たくまきたくがいた。


「拓……。これ……、お前の仕業か?」


 海原はそう言って、手紙をつきだす。宅牧はそれを見て、口の端をつりあげる。


「ごめんごめん、どうしても映像クリエイターの血が疼いてさ。」


「……ということは、撮ってたのか?」


「もちろん、ばっちりと。……崎原さんが手紙をみつけたシーンからね。」



――――――――――――――――――――――――



「はぁ?じゃあ、これはあんたが仕組んだってこと?」


 意味が分からない。どうして、そんなことをしたのだろうか。


「そういうことになるね。……まあでも、これは2人にとっても悪い状況じゃないんじゃない?」


「そうかもしれないけど……。」


 それにしても何でこいつはこの状況でこんなにも堂々としていられるんだろう。自分は恋のキューピット何だから、別に良いでしょとでも思っているのだろうか。


「お前……、さすがにこれはやり過ぎじゃないか?」


 海原はそう言って、詰め寄る。


「そうかな?僕も2人を見ていて思うところがあったんだよ。……今なら、本心を伝えられるんじゃない?」


「お前……、とりあえずこっちこい。」


 そう言って、男2人は屋上から出て行った。海原が宅牧を引っ張って行っている。


「はぁ……。」


 本当にさっきまでのドキドキを返して欲しい。どうりで会話が噛み合わなかったわけだ。こんなことを仕組んで飄々とできるなんてどんな神経してるんだろうか。

 

 ――――ただ、このあとどうなるのだろう。あいつはもう一度ここに来て、私が望んでいることを言ってくれるのだろうか。……もしそうなったら、今日は確実に良い日になるだろう。



―――――――――――



 ガチャ


「ごめん。ほんとあいつ無神経なやつでな。良いネタになりそうだったら、なりふり構わないんだよ。」


 数分が経ち、海原は姿を現すとすかさず謝ってきた。


「まあ、私もあとであいつに言いたいことが山ほどある。……それで、どうする?」


 私がそう聞くと、海原は深呼吸をした。


「……この状況で言うのは嘘っぽく聞こえるし、どうなんだろうと思うけど。良い機会ではあるからな。」


「……うん。」


「今日は俺と過ごしてください。」


「……はい。」


 ―――今日は忘れられない一日になりそうだ。



――――――

―――

――



 さきほどまで寒空のなかにいた男は、屋上に設置しておいたカメラから男女2人の会話の一部始終を眺めていた。


「……これは良い素材になりそうだね。海原くん。」




 


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