第113話 騎士の剣
ルイの言葉を聞き、デューンの目が明らかに変わっていた。
他の貴族という言葉が侮辱にあたるのかは怪しいところではあるが、少なくともルイが今言った言葉は侮辱と受け取れるような言い方だ。
「ブルクの騎士を騎士団のサポートにしたのは誰だ? アンタか?」
「……早い段階で措置を講じたのはリドリア宰相だ」
「そうか。確か宰相も三大貴族だったな」
さっきまでと違って、ルイとデューンの間にはピリピリとした緊迫感が出ている。
まだ割り込むようなことはしないがクレアは不安そうな顔をルイに向け、ユスティアは目を大きくしてキョロキョロと見比べていた。
「ルイくん。今しがたの言葉、どういう意味か訊ねたい」
「そのままの意味だが。ハッキリ言うが、ブルクの騎士の措置は愚策だ」
「ブルクの騎士たちに剣の矜持を捨てさせ、金のために剣を振るえと?」
「そこだ。アンタはそこが見えていない」
「どういうこと?」
我慢しきれなくなったのか、ユスティアが問いかけてきた。
ユスティアの呑気な雰囲気に、ルイは毒気を抜かれたように話しはじめる。
「軍の討伐よりも、傭兵として討伐したほうが実入りがいいのはわかるな?
軍で討伐した魔物は、想定外の高ランク以外は軍が換金する。
高ランクの魔物で騎士に還元されたとしても、断然傭兵として動いたほうが効率がいい」
「まぁ、お金だけ考えるとそうよね」
「以前なら構わないが、今ブルクは国自体がないんだ。
領民たちは住む場所もなく、極端に言えば明日の食事すら不安な状況。
アンタならどうする?」
ルイがデューンを見て問いかけた。
「自分の領民がそんな状況に置かれているんだ。
傭兵として動けば領民たちの大きな助けとなるのに、矜持がそれを許さないか?」
ルイの問いかけに、デューンは固まってしまっていた。
ルイが向ける目は、その答えでデューンを見定めるもの。
短い問いかけだが、そこにはそれだけではない意味がある。
傭兵として動くことは、客観的にみればお金のためといえる。
だが今のブルクという状況下では、そのお金や魔物の材料は領民たちのため。
これは日常と非日常での違いであり、ルイはデューンにこれが見えていないと言っている。
そしてこれは同時に、デューンが領民たちのために剣を振るう領主でいろという問いかけでもあった。
「珍しくあんな態度を見せたけど、完全にデューンの負けね」
固まってしまったデューンを見て、ユスティアが茶化すように言った。
デューンは緊張した顔を綻ばせると、緊迫した空気が一気に緩む。
「……はい。ちょっと相談するくらいの気持ちでしたが、まさかこちらが見定められるようなことになるとは思いませんでした。
しかしルイくん、さっきの言葉は私だったからいいが、他の貴族が相手だと問題になるぞ?」
「話が切られそうだったからな。ちょっと行き過ぎた感はあったが、アンタは問題にしないだろ?」
「ちゃんと相手を見た上でのことか。私の参謀になってもらいたいくらいだな」
デューンが呟いたことに、ルイは少し驚いた顔をみせていた。
デューンはセイサクリッドの軍を預かっている将軍であり、紛れもなく魔法騎士団のトップだ。
その参謀ともなれば、低めに見たとしても軍のナンバー二か三くらいにはなる。
意外な言葉に少し驚いていたルイだが、そうではない二人がいた。
「お父様! ルイさんは私の騎士だということをお忘れですかっ!」
「デューン。アンタ私がいるクレアの隊から、引き抜きをしようとしてるの?
ファビアン王に言って、問題にしてもいいのよ?」
ちょっと呟いた程度のことだったのだがクレアからは非難され、ユスティアにいたっては牽制されることになっていた。
特にユスティアの牽制は冗談で済むようなことではなかったので、デューンは慌てて弁明することになってしまう。
「いや、それくらいの評価をしたという意味で、ルイくんを引き抜こうとしているわけでは。
クレアもそんな目をしなくていい。
ルイくんからもなんとか言ってくれ!」
本当に呟いた程度で、デューンにそんなつもりはなかったのだろう。
ルイはそんな現状が少しおかしく、笑ってしまっていた。
「ルイさん! 笑い事ではありません! ルイさんとは今まで共に戦ってきたんです。
それに聖戦も発動されていることを考えれば、エリスだっているんですからパナケイア教団から抗議がくるかもしれません!」
失念していたルイだが、確かにエリスのこともある。
仮にルイがデューンの参謀になったとすれば、エリスは間違いなくルイについてくるだろう。
だがそれとは別に、エリスはクレアたちの仲間でもある。
今更クレアの隊から離れるなんてしたくないだろう。
エリスが教団から抗議をするかはわからないが、苦言をていすることはありそうだ。
「さっきの俺じゃないが、失言だったみたいだな」
後日、ブルクの騎士たちはギルドに登録することになる。
セイサクリッドの軍はブルクの騎士たちに対し支援を惜しむことはなく、討伐任務なども優先して回すようにした。
食料や資材、人材まで派遣するという措置を取る。
ほぼ時を同じくしてパナケイア教団の招集に応じた各国が、聖都へ集まってきていた。
聖戦の招集には各国の王が集まるので、聖都周辺は各国の炎幕がズラッと並ぶことになる。
その光景は、聖戦が発動したことを人々に実感させるには十分なことであった。
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