第111話 ここでおしまい
鍛冶屋のあとは、雑貨や日用品などで利用しているお店を回り、そのあと少し遅いランチを二人は取ることにした。
暖炉の側にあるテーブルで、運ばれてきたパスタを食べながらエリスが口を開いた。
「今までのことは、今日のデートで水に流しますね」
「ん? この前の神託のことだけじゃないのか?」
「それだけだと思いますか? 私、ルイ様にはそこそこ邪険にされていると思うのですが?」
「そんなに邪険にしたつもりはなかったが、そんなにあったか?」
「はじめてルイ様に会いに行った日、私はすごく緊張していたんですよ?
どんな人かもわからない男の人に会うんですから」
確かにパナケイアの神託があったとはいえ、エリスからすればルイは赤の他人である。
そんな人物に突然会いに行くとなれば、緊張するのも当然のことだった。
「しかもルイ様は女神パナケイア様の御神託だと言っているのに、同行することを拒まれてましたし。
まさか御神託が拒まれるなんて、思ってもいませんでした」
「あれは身体強化の訓練をしていないエリスを同行させるパナケイアに問題があると思うぞ?」
「ルイ様がそう仰るから、私は必死に訓練したんですよ。
そしてワイズロアでは嘘を吐かれました」
「あ~……」
「ルイ様のお気持ちはわかりますが、あの嘘がなければ私はルイ様から離れることはなかったと思います」
これもエリスが言っていることは間違いではない。
あの状況だったからというのがあるから、ルイは嘘を吐いた。
そうでもしなければ、きっとエリスがルイと離れることはなかっただろう。
きっとそれはエリスだけではなく、クレア、アラン、そしてエドワードや他の騎士も同じだっただろう。
「それに――」
「おい、まだあるのか?」
「エスピトでは完全に置いてけぼりです」
「…………」
もはや言葉もないという感じだった。
こうして列挙されると、ルイがやってきたことはどれもパナケイアの神託から逆のことしかしていない。
それどころか、その神託すらエリスに嘘を吐かせたばかりだ。
あまりルイに自覚はなかったが、もしかしてけっこう不敬なことばかりしていたのか? とルイは少しだけ思った。
「こうやって言われると、けっこうエリスを困らせていたんだな」
「そうですよ? それをデートで水に流して差し上げるんです」
食事を取ったあと、二人はルイの家に向かって中央区を進む。
今日エリスはこのまま、ルイの家に泊まることになっていたからだ。
いつも教団に帰っていたので、たまにはみんなと一緒にということだった。
「ルイ様?」
「どうした?」
「一月一〇日がなんの日か、ご存知ですか?」
「……いや」
少しだけ考えてみるが、その日がなんの日かルイに心当たりはなかった。
「やっぱり。その日はクレアさんのお誕生日ですよ?」
ルイはガイアに転生してからというもの、誕生日など気にしたことがなかった。
リリスの呪いと噂されて忌避されていたこともあり、誰かに祝われたことなどない。
そんなルイが、他の人の誕生日のことなど抜け落ちていてもおかしくはないだろう。
繋いでいる手を少しだけギュッとして、エリスがルイを引っ張っていく。
その手はクレアやユスティアよりも小さく、もう少しだけ成長しそうな手だった。
「エリス」
ルイが呼ぶと、少しだけ首を傾げてエリスが見てきた。
エリスは聖女という立場があり、パナケイアの神託のこともある。
しかしエリスの年代であれば、まだ学友と楽しいときを過ごしているのが普通だ。
特に日本での記憶があるルイは、比較がそっちになってしまい尚更思ってしまう。
「クレアたちは無理なんだろうが、エリスだけでも残ってもいいんだぞ?」
ルイが言っているのはリリスとのこと。
察しが付いたのか、ルイを見たエリスは聖女の顔をしていた。
「ルイ様にとって私は仲間ですか?」
「仲間だ。だけどな――」
「なら、そういうことですよ?」
笑顔でそういうと、エリスはまた歩きだす。
そこからの帰り道に言葉はなく、ルイの家が近づいてきていた。
目の前の曲がり角を曲がればすぐの所で、エリスが立ち止まってルイを見た。
少しだけ寂しそうな顔をみせて寄ってくる。
「私のわがままに付き合ってくれて、ありがとうございました。
とても楽しかったですが、恋人ごっこはここでおしまいです」
ルイの頬にキスをしたエリスが、小走りに離れていく。
一瞬驚いたルイだったが、どうやらこれで約束は果たしたということのようだ。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
「おかえり」
エリスが玄関を開けると、なかからクレアとユスティアが出迎えに来た。
エリスの姿を見て、二人とも少し驚いている。
ルイと同じように、印象が違うエリスの姿に目を奪われているようだった。
「楽しかったですか?」
「はい。ルイ様には、今まで邪険にされたことも列挙して水に流して上げました」
「ふふ、そうですか。せっかくのお泊まりですから、あとで聞かせてください」
こうしてその日の夜は、三人での女子会が開かれることになった。
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