第82話 奇跡
「目が覚めたんですね。飲み物を用意したのでどうぞ」
クレアが控えめな焚き火を起こし、紅茶の用意をしている。
まだ他の三人は意識が戻っていないので、ルイは焚き火の側へ行って紅茶を受け取った。
一口飲むと、さっきのエデンとは違い現実感のようなものを感じる。
神域というだけあり、やはりエデンは特殊な場所だったのだろう。
戻ってきた現実はまだ夜で、控えめな焚き火がルイの隣に座るクレアを照らしている。
焚き火の炎で、少しだけ赤く照らされているクレアがルイを見た。
金色の髪を耳にかけて、少し顔を傾げるようにして視線を合わせてくる。
「なんか機嫌がよさそうだな?」
「そうですか? でも、そうですね。私の啓示のこと、ルイさんも聞いていましたか?」
「聞いていた。あの話は、女神という存在を感じたな」
「そうですね。女神パナケイア様の啓示は、ルイさんと私を引き合わせてくれました。
神々によって他の世界から喚ばれて、元々世界が違うルイさんとめぐり逢えたんです。
こんなこと、神々のお力がなかったらあり得なかった奇跡です」
「――――」
「そして私が隣にいられることも、うれしく思っています」
「そうだな……。俺もクレアでよかったと思っているよ。
面倒なことを押し付けられた感じだが、クレアたちと会えたことだけが唯一の救いだな」
「面倒なんて言ったら、エリスが起きていたら怒られていましたよ?」
「そうかもな」
エリスの怒る姿が想像できたからか、ルイは少し笑っていた。
少ししてエリスたちも目を覚まし、みんなで焚火を囲む。
話は自然と今回のこと、ルイのことになる。
「話は聞いてたから嘘とか思ってたわけじゃないんだけど、それでもやっぱり驚いちゃうよね」
「はい。ですが失敗できない重要な役目です。私たちで終わらせなければ、リリスから解放されることはなくなってしまう」
パナケイアからガイアの状況を聞いたからか、アランの顔は真剣そのものだ。
「ですが、リリスとどう戦うかという問題があります。現状どこにいるのかわかりませんし」
「たぶんだが、南の森にいる」
ルイの言葉で、クレアたちの視線が集まった。
「ティアマト、つまりリリスはガイアとの関係が深い。俺も加護のせいなのか、ガイアの魔力を感じるしな。
ダンジョンでガイアの魔力を探ったとき、ワイズロアの南に魔力を感じた。
まず間違いないと思う」
「厳しい場所ですね。リリスとの戦闘になる前に、他の魔物との戦闘が避けられません。
それにあの森を進むことを考えれば、軍で動くべき規模です。
むしろセイサクリッドの軍だけでは手に余る可能性も」
「それはあとで考えるとして、まずはこのあとのこと考えない?」
ユスティアが苦笑いで提案してくる。
だがそうなってしまうのも理解できる。エスピトでユスティアはルイと剣を交えるという状況になってしまったのだ。
ルイたちが山を下りたら、またなにかしらトラブルになりそうなことは想像に容易い。
「ユスティアが間に入ってきたとき、エルフのなかでも反応がだいぶ違ったように見えたが、なにかあるのか?」
「それはね――」
ユスティアが言うには、エルフは年代で価値観がだいぶ違うということだった。
昔はエルフの寿命は六〇〇年くらいだったことがあるらしいが、少しずつそれは縮まって二〇〇年の辺りで落ち着いているらしい。
この寿命の長さは、世代間の価値観の変わり方を緩やかにした。
元老院などのエルフは閉鎖的な考えの者が多く、若いエルフほどその傾向は薄いらしい。
それが今では交易へと繋がっているようだが、昔は交易もされていなかったということだ。
「でも勘違いしないでね! エルフは他の種族を排除したいとか、好戦的というわけじゃないんだよ?
ただ、変化を他の種族より恐れてるエルフが多いだけなの」
以前ユスティアが言っていたことだが、黒い色に人は敏感に反応しているが、エルフはそうではない。
それがよくわかるような話だとルイは思った。
「――!」
「ルイ様、どうかしましたか?」
ルイが地面に手をついて、探るような目を向けた。
それはダンジョンで魔石に触れていたときと同じような感じで、クレアたちはルイが顔をあげるのを待つ。
「ユスティア」
「え? なに?」
「たぶんエスピトに、魔物が出現する」
「ちょっと待って、どういうこと?」
「ダンジョンと似たような感じで、エスピトに魔力が流れてきている」
「それって、ダンジョンがエスピトに現れるって、こと?」
「そこまではわからないが」
ベヒーモスのことが頭を過ぎったのか、ユスティアは悲壮な表情をみせる。
取り乱すということはないが、いても立ってもいられないという感じだ。
「ごめん。私、行かなきゃ。みんなにあんなことしちゃったけど、あれでも大事な人たちだから」
「ルイさん?」
クレアがルイを見てくるが、その顔はなにをするのかすでに決まっているという顔をしていた。
「わかっている。行くんだろ?」
アランとエリスもクレアと同じ気持ちのようで、すでに戦闘への切り替えができているようだった。
「あんなことしたのに、一緒に来てくれるの?」
「先生の国なんですから、弟子が手助けするのは当たり前です」
「終わったら、食事くらいは出してもらえるとありがたいな?」
ルイの言葉で、ユスティアは少しだけ笑顔になっていた。
「神騎の名前を使ってでも、用意するように言うわ!」
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