第81話 導き手

「ルイ様、あの……」



 ルイとパナケイアの話を聞いていたエリスが、申し訳なさそうにして言い淀んだ。



「なんだ?」


「あのぅ、もう少しパナケイア様への、その、言葉が」


「エリス、気にしないでいいですよ。彼が元いた世界は、神々の手からすでに離れているんです。

 ガイアのように神聖魔法もありませんし、価値観があなた方とはだいぶ違うのです。

 なかには神という存在を信じていない人間もいるくらいなのですよ」



 パナケイアのこの言葉で、クレアたちの視線がルイに集まっていた。

 ガイアに住んでいる者からすれば、今の話は信じがたいことなのだろう。



「なるほどねぇ。だからパナケイア様に、精霊魔法のこともあんな風に言えたのね」



 ユスティアが意地悪い顔で言ってきたので、ルイも少し仕返しをすることにした。



「さっき治癒魔法が効かないみたいなこと言っていたな?

 目の前にいるんだから、治してもらったらどうだ?」



 ルイのこの言葉は、場を凍りつかせるには十分な破壊力があった。

 ユスティアの目は見開かれ、ルイから視線を移そうとしない。

 ルイが言ったのはユスティアのことだというのに、クレアたちまで固まってしまっていた。

 だがそれを見ていたパナケイアは、クスクスと笑っている。

 それに気づいたのか、ユスティアもそぉーと視線をパナケイアに移した。



「世界が違う人がいると、ここまで反応が違うのですね」



 場の空気が緩むと、ルイたちの目の前にはリンゴが置かれていた。

 さっきの紅茶と同じように、気づいたらそこにある。

 クレアたちには一切れずつ用意され、ルイの前には一つ分のカットされた黄金のリンゴがあった。

 慈愛に満ちた笑顔でパナケイアが勧めるので、ルイたちはそれを口にする。

 特に変わった味はせず、水分が十分含まれた普通のリンゴだ。

 それを食べ終わると、クレアが申し訳なさそうに口を開いた。



「女神パナケイア様。私のステータスカードに記されている啓示なのですが、私はちゃんとできているのでしょうか?」


「先ほども言いましたが、なにかを決めるのはあなた自身です。

 あなたはルイが離脱したときも、人々の想いを持って行動していたはずです。

 それがルイに決断をさせ、そして今ここに繋がっています」



 パナケイアの言葉はさっき言っていたことと同じであったが、クレアの顔は不安があるようだった。

 それを見たパナケイアは、少しだけ言葉を続けた。



「ルイは出自の関係で、険しい道を歩むことになりました。

 それはガイアの負の部分、と言ってもいいと思います。

 ですが、それだけがガイアではありません。

 それをあなたに、見せてもらいたいと思っていました。

 そしてルイは、あなたと共に私のところに訪れています」



 このとき、ルイは女神パナケイアの強大さというものがわかったような気がした。

 ステータスカードになにも書いてなくとも、クレアは今と同じようなことを思っていたかもしれない。

 だがエデンにたどり着いていたかは別。


 ステータスカードのことがあったから、デューンはユスティアに指導を頼み込んだ。

 それがあったから、ユスティアとの繋がりもできたのだ。

 その指導がなければ、ルイが初めて会って助けたとき、クレアはトロルにやられていた可能性だってあっただろう。

 実力がなければ、クレアが小隊長になっていたかもわからない。

 そうなればルイが雇われることもなかったかもしれない。


 少し考えただけでも、たかがステータスカードだけでこれだけ違った未来があったかもしれないのだ。

 それをステータスカードだけで、女神パナケイアはここまで影響を与えてしまう。

 このとき初めて、ルイは神という存在の一端を見たような気がしていた。



「一つ訊きたいんだが、神々は一度ティアマトと戦っているんだろう?

 ならリリスのこともなんとかできないのか?

 そもそも神々がやっていれば、俺がこんなところまでくることもなかったと思うのだが?」


「知っての通り、ガイアで力を少し行使できるのは私だけです。

 私は力の関係でガイアの信仰が高いので、ガイアに繋がるエデンまで降りることができるのです。

 私よりも神格が高い神々は、エデンまでは降りることができないので見ている他ないのです」


「そうか。ずっと現れていなかった魔神やベヒーモスが現れ始めたのは、リリスと関係があるのか?」



 ルイが魔神などについて訊ねると、パナケイアがガイアとリリスの関係について話し始めた。

 ティアマトという女神は神々を生み出した母なる女神であり、その権能がある限りリリスは復活する。

 ティアマトが加護を与えたのはこの流れを止めるためであり、それがルイということだった。


 リリスはティアマトとは別の神格としてガイアに現れたが、今までこれが意識を持つことはなかったという話だ。

 だがティアマトがルイに加護を与えたことで、ティアマトの存在は弱体化してしまう。

 その結果リリスの意識が表れ、ガイアの魔力がそれに反応したということだった。



「つまりリリスを倒してしまえば、魔神が現れることもないということだな。

 それで、ティアマトからは力が必要だと聞いていたんだが?」


「それならば、もうすでに他の神々からも与えていますよ。

 ですが、神聖魔法を使えるあなたなら、わかっていますよね?

 ガイアではそう何度も使えないでしょうから、気をつけてください」


「わかった」



 ルイが席を立つと、パナケイアも同じように席を立った。

 それが終わりの意味を示し、クレアたちも席を立つ。

 テーブルを離れるとルイたちは急激に意識に靄が掛かり始め、目の前にあるエデンの光景が別の世界のように感じた。



「あまり話はできませんが、エリスのことも見ていますよ。

 そしてルイ、あなたの決断に感謝を」



 薄れゆく世界のなか、最後にパナケイアがそう言ったところでルイたちの意識は途切れた。

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