第65話 神騎ユスティア

 エリスの機転で、ベヒーモスの動きはかなりの制限をかけられている。

 おおよそ二〇メートルという体躯に対するダンジョンのぬかるみは、思っていた以上に効果があった。


 エリスは魔法で、クレアたちはベヒーモスの隙を見て攻撃を仕掛ける。

 アランはベヒーモスの背中に飛び乗り、背中側から心臓部分に向かって剣閃をいくつも振るう。

 だが人の使う武器で、長さは一メートルもない。

 とても致命傷にはほど遠い攻撃と言わざるを得ない。

 これにはクレアたちも気づいているようで、連携を取って攻撃しながらも思案しているようだった。



「感覚を断っていきます! チャンスがあったらベヒーモスの片目を潰してください!」



 クレアが短く方針を伝えてきた。

 このまま剣で斬るだけでは倒せないので、生物としての感覚から断っていくということだろう。

 両目を潰してしまうと、どういう動きをするか予測もつかなくなる。

 片目であればそれは回避できると同時に、死角を作ることができる。

 なにより相手の視線から予測できることは多い。

 問題はどうやってそれを潰すかだった。


「――!」


 ベヒーモスがアランの方へ回転する形で爪を振るう。

 同時にベヒーモスの向きも変わり、尻尾がそれによって振るわれる。

 尻尾までダンジョンの壁を削る勢いで、ユスティアはそれに反応できていなかった。


「ディバインゲート」


 ルイが空間転移し、横からユスティアを抱いて回避した。


「え? ありがとう」


 なにが起こったのか理解できないという顔をしていたユスティアだが、それにかまっている暇はない。

 とにかく多方から攻撃をしてベヒーモスの意識を分散しなくては、それだけ危険になる。

 ルイたちは何度も攻撃をしなければいけないが、ベヒーモスの攻撃は一撃で致命傷になる可能性が高いのだ。


 ルイはベヒーモスの死角から空間転移した。

 転移した先は瞳の目の前。ルイよりも大きな赤い瞳が目の前にある。

 それを思いっきり刀を振り抜いて斬った。

 片目を潰したルイは、すぐにベヒーモスの頬を蹴って距離を取る。


 ベヒーモスから離れる間、叫ぶような雄たけびがダンジョンを振動させていた。

 地面についてベヒーモスを視界に入れると、顔にしわを寄せて明らかにベヒーモスの意識がルイに向いている。

 片目を奪われた怒りのためか、反応としてなのかルイに突進していた。

 頭部にある角をルイへと向けている。

 だが、それがルイに届くことはなかった。


「ニブルヘイム!」


 氷属性の最上級魔法。

 ベヒーモスの周囲がキラキラと輝き、魔石の光が乱反射している。

 その一瞬は、輝きのなかに時間が止まったような感覚。

 だが、それは静かに起こっていた。

 何千、何万という輝くダイヤモンドダストがベヒーモスを凍てつかせていた。


 クレアのニブルヘイムがベヒーモスの感覚を奪い去り、思うように動けないようだがあとが続かない。

 致命傷を負わせるだけのものがなかった。



「クレア、よくできました! あとは私に任せなさい」



 ルイがユスティアを見ると、右手に白く輝く粒子が現れていた。

 粒子は集まり、それの形を浮かびあがらせる。

 その光景は、ルイも知っているもの。

 粒子の光がさらに強くなり、急速にそれを具現化させた。



「「「「――!」」」」



 そしてユスティアの右手には、聖遺の槍が握られていた。

 柄は黒く、先には真紅の刃。

 ユスティアの銀色の髪、白い肌がその聖遺の色を際立たせていた。



「それが先生の聖遺ですか!」



 アランたちもユスティアの聖遺を見るのは初めてのようで、驚いているのが表情に出ている。

 それを見たユスティアは、満足そうにしていた。



「この子、敵が強敵じゃないと応えてくれないのよ。

 まったく神騎だっていうのに、ここまでみんなにいいところ持っていかれちゃってたしね。

 そろそろ神騎としての威厳、見せておかないとネ」



 ユスティアは聖遺を何度かクルクルと片手で回し、刃を下げたままベヒーモスへと近づいていく。

 ゴシック調の服装に銀の鎧をまとい、槍を斜めに下げて歩く姿は妙に様になっているとルイは感じた。


 感覚が戻っていないベヒーモスは、後ろ足がまったく踏ん張れていない。

 腰砕けしているような体勢で、片腕をユスティアへ振るってきた。

 それをユスティアは跳んで回避する。


「シャドーレイ」


 回避したユスティアは、空中で聖遺をベヒーモスに投げ放つ。

 聖遺は一直線にベヒーモスへ向かったかと思われた瞬間、その周囲に二九本の聖遺が現れる。

 一瞬にして聖遺は槍の雨となって、ベヒーモスを貫いていった。


「さすが魔獣ってだけあって、しぶといわね」


 三〇本の聖遺がベヒーモスに深々と突き刺さっているが、それでもまだ倒れてはいない。

 だが今までの攻撃とは違い、聖遺は深く突き刺さっていた。

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