第57話 新たなステージ

 翌朝ルイが目を覚まして部屋から出ると、料理の香りが漂っていた。

 朝から香ばしい匂いで鼻を刺激される。

 ルイが居間に入ると、奥にあるキッチンでクレアが料理をしていた。

 何度かクレアがキッチンに立っているのは見たことあるが、エプロン姿を見るのは初めてだった。



「なにか手伝うが?」


「あ、おはよう、ございます」



 クレアは普段言葉をはっきり話すことが多い。

 昨日の寝る前のことが頭を過り、それが原因だろうかとルイは考えた。

 ルイがクレアの隣に来たところで、キョロキョロとクレアは周りを見る。

 そして視線が合ったかと思うと、ルイはクレアから昨夜と同じようにキスをされてしまった。



「お、おはようの挨拶です」


「あ、ああ、おはよう」



 今度こそちゃんと誤解を解かなければとルイは思ったが、そこにユスティアが現れた。



「先生! 肩がはだけています! ちゃんとしてください」



 ガウンがユスティアの肩からずり落ちている感じで、華奢な肩のところには深緑の肩紐が見えている。

 そんな状態であったため、胸元の深い谷間まで見えてしまっていた。

 見えてしまったものはしょうがないのと、ルイが見てしまったのは不可抗力といえるもの。

 だがユスティアから視線を外した先には、少しムッとしているクレアの顔があった。

 なんとなくクレアの手前、ルイはまた言い訳のようなことを言ってしまう。



「見ようとしたわけじゃないからな?」





 朝食にはパンとヘルハウンドのソテーが少し、サラダとオレンジジュースが用意されていた。

 ヘルハウンドの肉は赤身が多いが、固くはなくさっぱりした肉だ。

 それを少し補うような濃いめのソースがかかっている。

 赤ワインをベースにしているソースで、それをなんの準備もなく朝作ってしまうクレアの腕前にルイは感嘆した。



「前のときも思ったが、クレアの料理は本当に美味しいよな」


「お口に合ったのならよかったです」



 ナイフでソテーを切りながらクレアが笑顔で答えるが、その笑顔はうれしそうに見えた。




「本当に美味しいわね。私なんて、朝からこんな料理できないわよ」


「アンタ俺たちより年上だろ? 料理はしないのか?」


「しないことはないけど、食べられるって感じのものしか作れないわ。

 このお肉だって、私なら塩とコショウで終わりね。

 ところで今日はなにか予定あったりする?」


「今日はアランと一緒に、聖都の外でルイさんと訓練をすることになっています」


「訓練施設じゃなくて?」


「はい。魔力コントロール系なので、町の外の方がやりやすいので」


「へぇー、ちょっとどんな訓練してるのか興味出ちゃった」



 今クレアとアランがやっている訓練は、手のひらに魔法を発現するという訓練だ。

 魔法は現象であるため、発現すればその効果が現れる。

 アランであれば火属性なので、端的にすると火傷することになる。


 これを魔力コントロールで自身に影響がないようにするという訓練を二人はしている。

 身体強化は魔法に対する抵抗力も上がる。

 これと同時に、魔法の方向性も完璧にコントロールする。

 この訓練はまったく同じというわけではないが、ルイのヴァルキュリアを参考にした訓練だった。



「アラン、もっと放出する方向を一定にするようにした方がいい」


「――」



 通常魔法は、自分と離れた場所に発現して攻撃する。

 わざわざ自身の近くに発現する必要性がないため、こんな訓練をしている騎士は他にいない。

 クレアもアランと同じように、氷塊を手のひらで発現して訓練していた。



「変わった訓練ね。確かにこれは、魔力コントロールの訓練にはなるわね。

 でもそれだけなら、こんな訓練じゃなくてもいいんじゃない?

 わざわざ自分に被害が出るようなことをする意味があるのかしら?」


「アンタもやるか? もしかしたら、今までよりスピードが上がるかもしれない」


「……神騎の私に、そんなこと言っちゃっていいの?」



 ルイがユスティアに話したのは、ジェットエンジンを参考にしたもの。

 ジェットエンジンは空気を取り込んでそれを熱し、排出することで推力を得ている。

 それを魔法でやるということだった。

 攻撃か防御、この二つのどちらかにしか魔法は使われていないが、術者の基礎的な部分をサポートするために魔法を発現するという使い方は今までされたことがないことだった。

 とはいえ、ルイが自身で試したことでもないので、実際にはやってみないことにはわからない。



「所々よくわからないところもあるけど、面白い使い方ね。

 こういうことかな――」



 そういうと、ユスティアは魔法を発現した。

 その魔法は、ユスティアの背中に青い炎の翼となって現れる。



「後ろに向かって放出するのよね? なかなか難しいわね……。

 気を抜いたら火傷しちゃいそう」



 さすが神騎というところなのだろう。自身へ影響がないようにしっかりコントロールされているようだ。

 だが、まだ足りない。ジェットエンジンは空気を温めるのであって、燃やすのではない。

 炎の翼が青いということは、炎が発現する前に空気を流せていることになる。

 だがその空気を燃やしてしまっているので、炎が青いのだ。

 炎の周囲にある空気を燃やしているのであれば、黄色っぽい通常の炎になる。

 ユスティアでも、まだ第一段階をクリアできたという段階だった。



「でも先生、さすがです!」


「これでも二人より長く生きてるからね。ちょっと魔力の扱ってきた期間が長いっていうのはあるから、師匠としてこのくらいはネ」


「先に流している空気を燃やさなければ、色が通常の色に近くなるはずだ。できそうか?」


「ちょっと待って――」



 いつもふざけた感じのユスティアだが、今は難しい顔をしている。

 だがすぐ翼に変化が現れた。



「え? ちょっと――」



 その瞬間ユスティアは身体ごと押し出され、すぐに翼は消えた。

 なにが起きたのかよくわかっていないようで、ユスティアがルイを見てくる。

 だがルイは今の現象が、クレアたちがたどり着く先だと確信した。

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