第44話 お腹いっぱい
聖都に帰還した翌日、ルイは学院にも軍にも行かずに家にいた。
一週間は軍務については休暇となっている。
学院には行くべきなのであろうが、ワイズロアの防衛に参加していたルイは、単位の心配はすでになくなっていた。
そのため移動による疲れを取るという名目を自分で課し、現在爆睡中である。
お昼になろうとする頃、ルイの家の玄関についているノッカーが叩かれた。
玄関ドアについた輪っかで、家の者に来訪を伝えるものだ。
それは一度では終わらずに、ルイが出るまで止むことはなかった。
「…………」
ルイが一階にある部屋から玄関へと向かうと、外にはクレアが立っていた。
「こ、こんにちは。もうお昼になりますが、寝ていましたか?」
「ああ……」
もう日も高い位置にあり、外は随分と明るくポカポカしている。
ルイは今まで学生服と軍服しか見たことがなかったが、今日のクレアは白いノースリーブのシャツに、淡いピンク色のスカート姿だった。
いつもは綺麗な顔立ちと凛々しさ、清廉な印象でなにかの美麗なカードイラストのような現実感がない容姿。
それだけでも反則気味な感じだが、今日のクレアは可愛らしさまで溢れていた。
「えっと……お昼がまだでしたら、ご一緒にどうかと思いまして……」
そう言ってクレアは、手に持っていたバスケットを少し持ちあげてアピールしていた。
クレアは今まで軍に関係のない来訪などしたことはない。
特別話した方がいいとルイは考えていなかったが、クレアを見ると話した方がいいかと思い始めていた。
ワイズロアの防衛戦以来、クレアはずっとなにかに怯えているような節が見られた。
ルイの見当違いでなければ、それはクレアとの関係を破棄すると言ったことが関係している。
ルイからすれば別で動いたというのはあるが、自分も防衛戦に参加したつもりでいる。
それで立場はわかりそうなものではあるが、真面目なクレアはそうもいかないのかもしれない。
「外に出るか? なら少し待ってもらわないといけないが」
「い、いえ。ルイさんのお家で……いいです」
クレアは玄関を潜ると、キョロキョロと周りを見ている。
「来たことはあるだろ? なにも変わってないぞ?」
「そ、そうですね。キッチン、お借りしますね。ルイさんは顔でも洗ってきてください」
「わかった……」
いつもと雰囲気が違うクレアの姿に、ルイは少し戸惑ってしまっていた。
学校での制服姿しか知らない女子と、休みの日に私服で会うと妙な感覚になる感じと似ているだろう。
ルイは一部屋潰してお風呂場にした部屋へと向かう。
そこには洗面所も作ってあり、スラム街で住んでいた家とは大違いだ。
ルイが魔導具に軽く魔力を流すと、なかに組み込まれている水の魔石から水が出てくる。
顔を洗って戻ると、ダイニングテーブルにバスケットと取皿などが用意されていた。
最後に火を入れ直したコンソメと思われるスープを、クレアが運んできて用意ができたらしい。
バスケットのなかにはサンドウィッチ、鶏肉をグリルしたもの、サラダと果物が入っていた。
「どうですか?」
「正直メチャ美味いぞ」
「メチャ? メチャってなんですか?」
「ああ、すごい美味しいってことだ。このマスタードのバランスは最高だ」
ルイのように大きな口でかぶりつくようなことはせず、クレアはうれしそうに少しずつ食べていた。
食事が済んで、紅茶が用意されたところでルイが話を切り出す。
「ちょうどいいから、ここでハッキリさせておこうと思う」
「――――」
「俺はワイズロアの戦闘に参加したことになっている、でいいよな?」
「もちろんです!」
「なら契約を破棄って話も、なかったことでいいってことだよな?」
「は、はい! せっかくいろいろ動いたんんですから、そうでないと困ります!」
やっぱりこれだったか、とルイはクレアを見て思った。
どこかで陰っていたクレアの表情が、明るくなっていたからだ。
「実はですね、私今回の件でワイズロアの領主になったんです」
「おい、そんなことになっているのか?」
確かに今回のことは大事であり、クレアの功績は大きなものであることは確かだ。
だが領主にまでなってしまうとは、ルイも想定外のことであった。
「それで今後ルイさんのお給金は、私が出すことになりました。
今回のこともあるので、一月のお給金を三十五万リルにさせていただきます。
それとはべつに、討伐の報奨金として五〇万リルも用意しました」
クレアは今回のことで元々給金をあげることを決めていたようだが、それだけが理由ではないようだった。
周囲への影響なども考え、魔神の討伐については今回公にはできないことになっていた。
これを討伐したルイへの報奨金や、功績が伏せられてしまうということも考慮されているということだった。
「なるほどな。まぁ、そんなことはどうでもいい」
ルイの言葉を聞いたクレアが、信じられないという顔をしていた。
「え? どうでもいいんですか? 魔神の討伐となれば、歴史に名前が残ってもおかしくないほどですよ?
王城からの報奨すらあってもおかしくありませんよ?」
貴族にとって名誉とは、お金を上回るものであることが多い。
その名誉が魔神討伐というものであれば尚更だ。
「べつにいい。元々一五万リルももらっていたんだ。それだけでも十分に暮らせる金額だろ?
安売りはしたいと思わないが、十分もらっていたからな。
それにこの世界で名誉とか言われても、どうもピンとこない。
クレアの手料理も食べさせてもらったから、もう腹いっぱいだ」
「歴史に名前が残るような名誉と、私の手料理を一緒にする人なんてルイさんくらいですよ?」
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