第二章 運命の躍動

第43話 聖都への帰還

「あなた、クレアはいつ頃聖都に戻れそうですか?」



 夜間聖都、メディアス邸でクレアの父であるデューンに、母エリーが訊ねていた。



「二週間後には屋敷に戻っているだろう」


「そうですか。それにしてもあなたから話を聞いたときは信じられなかったわ。

 まさか自軍より戦力が多い魔物の軍団と戦うなんて」


「それは私も同じだよ。まさかクレド侯爵が領民の避難を後回しにしたのもそうだが、そのためにクレアが護衛ではなく防衛ラインを敷く判断をするとはな……」


「三騎士であるライルさんも、クレド侯爵の拠点に移っていたというのは本当なの?

 そんな状況でクレアはワイズロアを守ったの?

 戦闘になった魔物の数が、実はそこまで多くなかった可能性は?」


「それはないな。報告では討伐した魔物の数は五三〇〇を数えたようだ。

 実際それだけの食料と魔石がワイズロアにはあり、領民への配布を許可してもいる。

 ライル殿もいない二四〇〇という数で、戦闘を行ったのは間違いないようだ」



 デューンの答えを聞いたエリーは、少しつらそうで、不安そうな顔になっていた。

 エリーほどではないが、デューンも同じような表情をしている。



「やっぱりあの子は、特別な子なのかしら……。私たち、ちゃんとあの子たちを育てられているかしら?」


「今回のクレアの判断は理想ではある。だが現実的には選択できない判断だ。

 だがあの子はそれを選び、そして見事領民を守るという結果を出した。

 この判断ができる子を育てることができたと言えるのかは、女神パナケイア様じゃなければわからないかもしれないな。

 だが、クレアは人々を想いやれる、やさしい子に育ってくれたことだけは私にもわかるよ」


「そうね。私もそこは、パナケイア様にも胸を張って言えるわ」



 少しだけ安心したのか、二人の顔も今はほころんで落ち着いていた。



「でも、クレアはどうやって魔物に勝ったのかしら?

 女神パナケイア様のご加護もあったのだろうけれど……」


「三騎士と並び立つような騎士は、クレアの隊にいないのは確かだ。

 神騎殿がいたのであればもしかしたら、ということは思うが……」


「……あなたは、ルイさんのことを考えているの?」


「ああ。啓示を受けたクレアが、あそこまで私を説得してきたからな。

 なんとなく私の手の届かないなにかがあるのではないかと、メディアスに迎えるのを拒否できなかったよ。

 実力も彼の年齢を考えれば超一級だ。もしかしたら、三騎士に並ぶことだって考えられる」



 デューンの言葉に、エリーは目をパチクリさせて問い返していた。



「ルイさんって、そこまでだったの?」


「ああ。あの年齢であそこまで魔力コントロールができるのは普通じゃない。

 魔法騎士ではなく、聖騎士だというのが残念なくらいだよ。

 だが同時に、クレアがあそこまで言うのもわかる実力だったな。

 カースナイトとの戦闘では、彼がメインで押さえたとも聞いている。

 そういう意味では、すでに三騎士と肩を並べている騎士かもしれん」


「カースナイトって、騎士たちを選抜して討伐にあたる魔物じゃない?」


「ああ。それをクレアの小隊は討伐した。通常なら三騎士をあてるような任務を。

 今更だが、すでにクレアは啓示の片鱗を見せていたのかもしれんな」




 それから三週間後、クレアが指揮した大隊は聖都へと帰還した。

 ワイズロアの防衛戦に参加した騎士たちは、すべての騎士がクレアの隊に再編されることになった。



「デューン将軍。クレア・メディアス、帰還いたしました」


「おお、クレア中隊長! こたびのワイズロアでのこと、聞いておりますぞ!」


「倍の数にもなる魔物を退けたとか」


「さすが将軍のご家族でありますな!」



 クレアがデューンの執務室へ帰還の報告に行くと、他の隊長が何人かいた。

 すべてが正確に伝わっていないにしろ、ざっくりとした情報は聞いているらしい。



「うむ、無事に戻ってなによりだ。言い伝えた騎士たちは連れて戻ったか?」


「はい。ご指示通りワイズロア防衛戦に参加した騎士、希望者はすべて一緒に帰還させています」


「今クレアの隊の規模はどうなっている?」


「現在私が預かっている騎士は、二〇〇〇となっています」


「わかった。現時刻よりクレア・メディアスは、中隊長より大隊長とする。

 現在いる二〇〇〇の騎士たちは、クレアの大隊とするので再編するように」


「はっ! 迅速に再編を進め、任務に備えます」


「おぉ、僅か半年で大隊長にまで抜擢されるとは」


「あんな功績をあげられてしまったのでは、誰もなにも言えますまいな」



 中隊長までは軍での編成ということになっているが、大隊長には国王を始めとした人物たちの承認が必要になる。

 大隊長になるということは、国にその功績を認められたということでもあった。



「将軍、報告するべき事案がありますので、お人払いをお願いできますでしょうか」



 デューンは頷くと、他の隊長たちに目配せをして退室させた。

 そして机の前で直立不動のクレアを、接客用のテーブルに招く。



「クレアが防衛ラインを敷くと報告してきたときには驚いたぞ。身体は問題ないか?」


「はい、お父様。この通り、なんの問題もありません」



 デューンのホッとしたような顔を見て、クレアも接し方を変えることにしたようだった。



「それで? 人払いまでさせるほどのことがあったのか?」


「はい。ワイズロアでの戦いで、私たちは旅団規模の魔物と戦いましたが、それを画策していたのが魔神でした」


「――魔神とは、文献などに出てくる魔神のことか?」


「はい」



 クレアから魔神という言葉を聞いたデューンの目が見開かれる。

 さすがに娘のクレアの言葉とはいえ、相手は魔神だ。

 デューンは確認の言葉を投げかけていた。



「魔神と戦ったのか?」


「私たち、というよりもルイさんが戦ったという方が正確です」


「なに? 彼が単独で戦ったのか?」



 クレアはワイズロアでの戦闘について、最初から話をした。

 自分たちが砦を利用して防衛ラインを敷いたこと。

 だが実際にはルイが一人単独で魔物の軍団と戦い、その討ち洩らしでワイズロアに来た魔物と戦闘になった。

 そしてルイが聖遺を託してくれたことで、クレアの隊の損害は抑えられたこと。

 魔物を殲滅後、魔神が現れて戦闘になり、最終的にルイが魔神の核を破壊することで討伐できたことを話した。

 その後のティアマトのことは伏せて。



「魔神に関しては魔石も残らず身体も霧散してしまったというのもありますし、周囲の影響を考えて箝口令かんこうれいを隊には出しています」


「そこまでの戦いだったのか…………ただでさえ今回のワイズロアのことは騒がれているが、さすがに魔神の存在まで入ってしまうと眉唾ものになってしまうな」


「どうするのがいいでしょう?」


「国王様には報告する。文献では魔神は複数いたと記されているから、今後現れんとも限らん。

 だが討伐したことは伏せておく。たぶんその方が信憑性が出るだろう」


「そうですか……」


「どうした? なにかあるのなら言ってみなさい」



 クレアの浮かない顔を見て、デューンが問いかけた。



「はい。今回の件でルイさんは多大な功績があります。

 彼がいなければ、ワイズロアはなくなっていてもおかしくはありませんでした。

 今回の戦功報酬を、ルイさんに用意したいと思っていたので……。

 それとエリスにもなんとかならないでしょうか?」


「そういうことか。それならば、クレアが用意してあげるといい」


「どういうことでしょうか?」



 デューンはクレアにワイズロアの今後について話をした。

 ワイズロアの件では領主、クレド・エクセル侯爵のことが問題になっていた。

 魔物の情報を察知するのが遅れてしまったこともあったが、領民への対応が悪過ぎたためだ。

 軍としては理解できる部分もあったが、領民を後回しにして護衛をつけなかったことが大きい。

 さらにクレアの隊が防衛に成功したことが、クレド侯爵の立場をさらに悪くしていた。

 これはワイズロアの領民の反感も出ており、国王としても見過ごせる問題ではなかったのだ。



「そういうわけで、ワイズロアはメディアス領として預かることになった。

 クレアはワイズロアでは今回のことで人気も高い。

 事務的なことなどは他に任せようと思うが、ワイズロアの領主はクレアに任せる。

 まぁこっちにいることになるから、実質的な仕事はないようにはするがな。

 ワイズロアは資金も潤沢だ。そこから報酬を出してあげなさい」


「お父様! ありがとうございます!」


「しかし、ルイくんが聖遺を。専属の話を持ってきたときには、クレアはそのことを知っていたのか?」


「いいえ、私もルイさんが聖遺を召喚できることは知りませんでした」


「これも思し召しということか」


「お父様、それと――」

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