第10話 始まる卒業試験
ルイがクレアに雇われて十月の間は、特に生活が変わることはなかった。
変わった部分があるとすれば、ルイの家にお風呂ができたこと。
それと冷蔵庫があったので、たまに自炊をするようになったことくらいだった。
だが十一月の中旬になると、ルイがメディアス家に迎えられたという噂が立つようになる。
これは十二月にある四年生の卒業試験で、クレアの班にルイが編成されるという噂からだった。
卒業試験当日、昼間のうちに聖都から北の森につくよう移動し、参加者は夕方まで休むというスケジュールが組まれていた。
卒業試験の出発地点は三箇所に別れていて、一箇所には五〇班強の班がある。
クレアの班にはルイの他に平民の魔法騎士が一人と、貴族の魔導士で二人とも男子の学生だった。
ルイはセオリー通り、ガードのポジションに入ることになっている。
二度目の夜間討伐訓練ではあるが、今度は四人編成ということで緊張しているのか、どの班の学生も緊張しているようだった。
「ルイさんも少しは目が冴えるとかないんですか?」
時間まで寝ようとしていたルイに、隣で膝を抱えて座っていたクレアが話しかける。
ルイから見てクレアは緊張しているようには見えないが、多少気が張ってしまっているところはあるのかもしれない。
「俺は元々狩りに来たりしていたからな。それよりクレアも寝ろ」
「……緊張っていうほどではないですが、ルイさんみたいにはいかないです」
「そんなんじゃ、命がいくつあっても足りなくなるぞ?
戦闘ではどれだけ体調を整えておくかは分かれ目になる。
ちゃんと食べれるときに食べて休めるときに休まないと、なにかで休めないときに踏ん張れない。
そうなると注意力や判断力は鈍るから、そうならないようにできることをしろ。
最初の仕事で雇い主がいなくなるなんて、シャレにならないからな」
ルイはそう言うと、草原の上で寝袋に包まり目を閉じた。
ムッとした表情を見せていたクレアも、結局ルイにならって馬車から寝袋を引っ張り出す。
この寝袋も、ルイがクレアに言って馬車に積ませたものだった。
「ルイさん! ルイさん、起きてください」
「……時間か?」
「そろそろです」
訓練開始の時間が近いのか、学生たちが班で集まって話していた。
卒業試験の出発地点は三箇所に別れていて、一箇所には五〇班強の班がある。
クレアとルイも準備をして班員の下へと向かった。
「クレア様に起こしてもらうなんて、随分と余裕だな」
「まぁな」
杖を持った学生の魔導士が、面白くなさそうにルイに言ってくる。
そこでクレアが入ってきて、編成の確認をした。
「私とあなたがアタッカーで、ルイさんにはガードに入ってもらいます。
基本はこのオーソドックスな陣形で動きます」
「我々はどのように動きましょうか?」
もう一人のアタッカーが発言したところで、風魔法で拡声された講師の声が響いた。
「これより卒業試験、夜間討伐訓練を開始する。
卒業資格の条件は、魔物五体の討伐となっている。
魔物のランクは問わないが、魔石か討伐部位は持ち帰ること。
今回の試験では救援信号の魔石使用、リタイアした場合は失格となる。
以上。討伐訓練開始!」
ぞろぞろと班同士で間隔を空けながら、学生たちが森へと進んでいく。
クレアの班も同じように森へと足を進めながら、これからのことを話し始めた。
「五体というのは、思っていたよりも少なくてよかったですね」
もう一人のアタッカーが安堵したような表情で言い、このあとどう動くか投げかけてくる。
クレアも五体という数に安堵しながらも、それについて思案していた。
「これから一二時間あることを考えると、五体というのは少ないですね。
条件を考えると訓練時間をどう動くかの判断が大事、というところでしょうか」
「なら完全に夜が更ける前に、条件をクリアしてしまいますか!」
魔導士が意気込んで言うが、クレアはまだ決めかねているようだった。
「ルイさん。五体討伐するのに、どれくらいの時間がかかりますか?」
「戦闘時間を含めて、一~二時間もあればできる」
「なら、始めにやるべきは食料の確保になるでしょうか?」
このクレアの言葉に、ルイ以外の二人は意表を突かれたような顔で聞き返した。
「最初に食事の心配をするんですか?!」
「一~二体倒してからでもいいんじゃないかと」
「この時期はあと一時間もすれば日が落ちます。
その間に魔物と遭遇できるかはわかりませんし、空腹になってからすぐ食料を調達できるかもわかりません。
時間的にも、どこかで食事は取った方がいいと思います。
空腹の状態での戦闘は避けるに越したことはないでしょうから、まずは食事をしましょう。
夜は長いですから、急がなくても討伐はできます」
結局その後、日が暮れてからになったがクレアの班は大きなウサギ型の魔物を一匹討伐した。
体調は五〇センチくらいのウサギで、頭部に角が一本生えているFランクのアルミラージだ。
この魔物を食料とすることにし、七時頃に焚き火を囲んでの食事となった。
味付けは塩と胡椒の簡単なスープだ。
食事をしていると、クレアが小さな声でルイに訊いてきた。
「昼間のルイさんの話と今回の条件から食事を優先しましたが、これでよかったと思いますか?」
ルイはあくまでただの編成メンバーであるため、ここまで班の方針に口を出すようなことはしていなかった。
それが気になっていたのか、ちょくちょく見ていたクレアが訊いてきたようだ。
「少なくとも、俺だったら同じ判断をしただろうな」
ルイの言葉を聞いたクレアが、ホッとしたような表情を見せる。
「いつまで経っても魔物と遭遇できず、食事も取れていない状態は最悪の可能性の一つだ。
それに食事は一回と決まっているわけでもない。
動けば腹も空くから、早い段階で食料を調達しておくのは余裕もできる。
わざわざ夕食を取らせずに訓練を開始しているあたり、学院も意地が悪い。
それに班員の安全を考えても、最初から魔物を捜し回るのは得策じゃない。
五体討伐したあとで、魔物と戦闘にならない保証はないからな。
森の中で夜間を過ごすことを考えればいつ討伐するかではなく、どれだけ安全を確保できるかと、万全の状態で過ごせるかの方が重要だろうな」
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