第9話 忌避される黒髪
デューンにつれられて向かった先は、訓練ができるようになっている庭だった。
四方に剣戟を衝撃に変換する魔導具が設置されていて、執事のウィリアムが準備をしている。
ルイがクレアに目をやると、複雑そうな顔をしていた。
過去二度の戦闘を見ているクレアだが、どちらもルイの実力を測りかねるものだった。
「魔法の使用はどちらがいいかな? 私は身体強化だけでいいと思っているんだが」
「それでかまわない」
「聖騎士は盾を使うことが多いが、ルイくんはいいのかな?」
「俺はいつも盾は持たないから気にしなくていい」
ウィリアムが魔導具を起動し、訓練エリアが形成される。
このエリアの中では魔力が可視化され、魔力で身体強化した場合も同様に見えるようになる。
「では、始めよう」
デューンの言葉を合図に、二人が身体強化をした。
「「「「――」」」」
「――これは」
ルイ以外のその場にいる者の目が、驚きで見開かれる。
身体強化をすると、魔力での強化の度合いが訓練エリアでは輝きの強さである程度可視化される。
そしてそれは、魔力コントロールで見え方も変わる。
コントロールがあまいほど魔力を無駄に消費してしまい、結果身体の周りを魔力のオーラのような形で見えるようになる。
だがルイがやった身体強化は、身体の輪郭に膜があるような身体強化。
これは魔力コントロールによって、ピタッと魔力を固定していることを意味していた。
魔力をそれだけ留めているということであり、漏れてしまう魔力が少ないということだった。
「……聖騎士は受けの戦闘スタイルの者が多いが、ルイくんも受けのスタイルか?」
「俺から仕掛けていいのか?」
「――!」
五メートルほどあった距離を一気にルイが詰め、右上段から袈裟懸けに剣を振る。
それは斬るというよりも、叩きつけるような乱暴な剣。
デューンが気づいたときにはすでに剣が振り下ろされており、それを剣でまともにデューンは受け止める。
重い衝撃を受け止めながらも、デューンはルイの動きを見逃さない。
ルイが振り下ろした剣は、デューンの顔を横に真っ二つにしてくるような、最小の動きから右手で振るわれた横薙ぎの振りで再度迫る。
これも即座に剣を合わせにいってデューンが受けると、次の瞬間には身体がよろめく。
ルイが左手でデューンの服を掴み、まるで投げるように体勢を強引に崩していた。
そして次の瞬間、デューンの右脇腹にルイの剣が突く衝撃が襲う。
左手で回転しながらデューンの体勢を崩したルイは、いつの間にか逆手に持ち替えていた剣を後ろから突いたのだ。
体勢を崩されたうえ、ルイの身体で剣の軌道がまったく読めなかったデューンはまともに受けてしまい、五メートルほど衝撃で飛ばされていた。
「「――!」」
「「…………」」
「怪我はしてないよな?」
クレアとアランは今の一連の流れを理解しているようだったが、エリーとウィリアムはよくわかっていないようだった。
ただデューンが攻撃を受けたという結果だけは理解しているという様子。
少しタイミングが遅れて、デューンが笑っていた。
「これはクレアの目は確かだったな! いい拾いものをした」
「俺は落とし物じゃないぞ」
デューンとの面会を終えたルイは、クレアとウィリアムの案内で東地区から中央区に入ったところにある家に来ていた。
すでに家具も用意してあり、今はウィリアムが淹れた紅茶をダイニングテーブルで飲んでいる。
「本当にこの家に住まなきゃいけないのか? こんな広い家じゃなくていいんだが」
「これでもすぐに用意できる物件ということで妥協しています。
周りの貴族の目もありますから、それなりの住む場所は必要です。
お父様にご迷惑がかかることになるので、嫌でも我慢してください」
妥協した物件とはいえ、一階部分が二部屋、キッチンと居間がある。
これだけでも十分だが、二階にはさらに四部屋あった。
せめてもの救いなのは、貴族の屋敷のように無駄に広すぎるような家ではないことだろうか。
とはいっても、ルイ一人で住むには広過ぎることに違いはないのだが。
「一部屋潰して、風呂にしてもいいか?」
「それはかまいませんが、お風呂がほしかったのですか?」
「風呂に浸かるのは、ただ汚れを落とすのとは違うからな」
一般的な平民の家で、湯船があることはほとんどない。
せいぜい身体を洗うための部屋があるくらいだ。
それすらない家もある。たとえば、ルイが住んでいたスラム街の部屋などがそうだ。
「ルイさんは、貴族ではないのですか?」
「違うと言ったと思うが? どうしてそう思う?」
「お食事をしたときにもそう感じるところがありましたし、お風呂についてもまるでいつも入っていたような口振りでした」
なにかを探るような目で、クレアがルイを見る。
ルイはそれを見て、少しだけ思案してから話し始めた。
「どのくらい俺のことを知っている?」
「噂程度のことしか知りません」
「そうか。俺が貴族ではないのは本当だ。ステータスカードでも家名がなかったのは確認してるだろ?」
ルイは幼少の頃から髪が黒かった。それは、今と同じように周囲から忌避されることになる。
その結果、ルイは八歳になるまで部屋から出たことがなかった。
ルイが人と接する機会があったのは、身の回りのことをするメイドと家庭教師の二人。
家庭教師などがつけられたのは、ルイがクラウディス伯爵家の長男であり、なにかのためということだった。
だがルイが八歳になってステータスカードを授かると、そのカードの色が黒だった。
そしてルイは、スラムに捨てられることになる。
捨てられたルイは、そうかからないうちに野垂れ死ぬだろうと思われていた。
ルイは髪のこともあり、スラムでいじめに合うこともあった。
ときには命のやり取りということにもなったらしい。
だがルイが死ぬことはなかった。
それどころか、一六歳になったルイはクラウディス家を訪れた。
そこで聖都に家の用意と、魔法聖騎士学院の入学金を出すように脅したのだという。
出せばこれっきり。出さないのなら、黒髪のルイはクラウディス家の血筋だということ。
それをクラウディス家は捨てたという噂を流すと脅した。
クラウディス領でもルイはリリスの呪いだと噂されていて、それがクラウディス家にまで及ぶのを嫌ってルイを捨てた過去がある。
これもあってクラウディス家は、ルイの要求を飲んだということだった。
話を聞き終えたクレアは怒りを感じているのか、それとも悲しみを感じているのかわからないような顔をしていた。
普通ならやってはいけないようなこともあったが、子供にとってのルイは生きるために必死だったことも理解できる。
どんな言葉をかければいいのか、わからないという感じだった。
「ところで、メディアス家はいいのか? 三大貴族に数えられる貴族だろ?
知ってると思うがこれは自虐とかではなく、俺についての噂は聖都でもあるぞ?」
「わかっています。ですがそんなルイさんに、女神パナケイア様は奇跡を授けているんです。
どうとでも反論はできます。それにルイさんの力は人々のためになります。
私もルイさんを利用させてもらうので、そんな心配はしなくていいです」
「そうか」
「そうですね。とりあえず最初の仕事は、私の卒業試験です。
夜間の討伐訓練ですが、今回は四人編成になります。
専属の騎士に関しては参加が認められていますので、よろしくお願いしますね」
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