》異世界神殺し《 気づいたら転生していた俺は、公爵令嬢である騎士を助けたら仲間になってとつきまとわれた

粋(スイ)

第一章 黒と白銀の運命

第1話 黒

 この世界ガイアでは、黒は忌み嫌われている色だ。

 ガイアには邪神リリスと呼ばれている存在が在り、リリスがまとっている色が黒だから。



「こんなところか」



 神聖王国セイサクリッドから北に位置する森に、黒髪の青年がいる。

 歳は一七歳で、魔法聖騎士学院に入学して九ヶ月だ。

 夜間に魔物がいる森に一人でいるのもおかしな話ではあるが、青年ルイは魔物を狩ることが日常的であった。


 魔力のみで構成された魔物は倒すと魔石が残り、生物として構成された魔物は一部を証拠としてギルドへ持ち帰ることで換金できる。

 ルイは今しがた倒して残った魔石を回収し、聖都と呼ばれているセイサクリッドに帰ろうとしていた。



「ファイア!」


「なんでこんなところにトロルがいるんだよ」



 魔法の音と、トロルがいることを非難するように叫ばれた声が微かにルイに届く。

 現在魔法聖騎士学院の四年生は、この森で夜間討伐訓練を実施している。

 一年生のルイとは関係ないが、Bランクのトロルは学生が相手をするには厳しい魔物であった。



「…………」



 学生の討伐訓練では、救援信号となる魔石が配られている。

 ルイはそれが使われるかを待っていたが、一向に使われる様子がない。

 トロルの出現でそれどころではなくなってしまったということかもしれないと考え、ルイは微かに聞こえる音をたよりに様子を見に行くことにした。

 整備などされていない道なき道を、魔力で身体強化したルイが駆ける。

 一分ほどで戦闘現場が見えてきて、ルイは見渡せそうな樹の枝に飛び移った。



「みんなしっかりして!」



 そこでは一人の女性が他のメンバーを庇いながら、トロルの注意を引き付けている。

 それだけでもその女性が、軍の一般的な騎士と同等の能力をすでに持ち合わせていることが理解できることだった。

 通常一班四人編成のはずだが、昼間より危険度が増す夜間のためか八人編成となっているようだ。

 だが他のメンバーは気絶してしまっているのか、その女性以外みんな散り散りに倒れている。

 本当なら上空に待機している軍の騎士団員が来る場面だが、これでは魔石を使うこともできない状態だった。


 他のメンバーに注意がいかないようにしながらでは、たとえトロルを倒せるとしても時間がかかるだろう。

 その間に他の魔物が現れては、間違いなく被害が出てしまう状況。

 ルイは女性の後方に位置する場所から樹を蹴り、一直線にトロルへと向かう。

 そのままトロルの胸に蹴りを入れ、女性とトロルの間に割って入った。



「――えっ!」



 トロルが二メートルほどふらついて後退したうちに、ルイは背中越しに声をかける。



「全員を庇いながらだと厳しいだろう。手を貸してやるから、トロルが他に目を向けたら引き付けろ」


「わ、わかりました! ありがとうございます」



 まだ戦闘中のため短く女性が答えると、トロルが棍棒を引きずりながらルイに近づいてきた。

 蹴られたことで、意識がルイに向いているようだった。

 体長は四メータル弱。全身が毛むくじゃらで皮膚は濃い灰色だ。

 髭も濃く顔は判別できないが、蹴られたことに憤慨しているように見える。


 ルイとの距離が四メートルくらいのところで、トロルが人の胸囲以上ある太い腕を振り上げた。

 トロルと同じくらいの長さを持つ棍棒が、ルイに振り下ろされる。

 ルイはそれをサイドステップで躱すと、腰に提げられていた剣を抜いて袈裟斬りに振るった。

 トロルの腹部が斬られたが脂肪と肉が厚く、手傷を負わせたというくらいにしかなっていない。

 トロルは棍棒を持つ反対の左手をルイに伸ばしてくるが、これをトロルの右腕の下を通って避けた。


「でかい上に厚いな……」


「――――……」


 トロルはルイを正面に捉え、今度は横薙ぎに棍棒を払ってくる。

 棍棒の大きさと腕の長さで、その攻撃範囲はかなり広い。

 威力を表すかのように、振るわれた棍棒がブゥオっと音を鳴らした。

 それをバックステップでルイが躱すと、もう一度上へと棍棒を振り上げて迫ってくる。


「フリーズ!」


 女性の声と同時に、襲いかかろうとしていたトロルの左足首までが地面に凍りついた。

 突然動きの制限を受けたトロルはつまづくような動きになり、それに合わせてルイが距離を詰める。

 そしてそのまま翔け抜け、トロルの首を一閃した。

 首を落とされたトロルの巨体はコントロールを失い、その場に倒れる。



「す、すごい……」



 女性の言葉が聞こえないのか、聞く気がないのか、ルイは剣についた血を振り払って鞘へと戻した。

 ルイが女性を確認するが、特に怪我などはしていない。

 周囲の倒れている学生も気絶しているが、重症というような怪我はなさそうだった。



「あなたは魔法聖騎士学院の学生、ですよね?」



 その女性は、一瞬ルイの髪に目をやって問いかけてきた。

 この女性がした視線の動きは、ルイにとってはいつものことだ。

 学院でもこの黒髪のことは噂になっている。

 そしてルイの知る限り、他に黒髪を見たことがなかった。

 この女性がルイを魔法聖騎士学院の学生と思ったのは、この黒髪と学生服を着ているから推測したことは容易に想像できることだ。



「他の魔物が来ないうちに魔石を使え」



 八人中七人が気絶という状況では、これ以上討伐訓練はできない。

 今回の訓練はリタイヤする他ない状況であるため、女性はルイの言葉に従った。

 投げられた魔石は強い光を放ち、上空で粉々に割れて辺りを照らす。

 割れた魔石で光が乱反射し、遠目でもわかるだけの明るさを出していた。



「あの、私はクレア・メディアスです」


「そうか……。悪いが、トロルの討伐部位はもらっていく」



 ルイは興味なさそうに答え、今倒したトロルの処理を始めた。

 トロルは生物として構成されている魔物であり、換金するには証拠となる部位を持ち帰る必要がある。

 部位は決まっていて魔物の耳。

 戦闘中にこの部位だけを落として持ち帰ることは、難しいとされているからだ。



「肉は売るなりなんなり、好きにしてくれ」



 そう言うとルイは、身体強化をしてその場を離れた。

 それと入れ替わるように上空から騎士団員が四人翔けつけ、クレアたちは保護されることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る