クリスマ・スマイル

燈羽美空

キートス・アプア


〈12月23日〉


 おれはフラれた。

 彼女には新しい男がいた。


 おれは邪魔だったんだ。彼女が新しい男との〝最初のクリスマスイヴ〟を過ごすためには、邪魔な存在だった。5年間付き合った彼女が、いつからその男と浮気していたのか、その男が誰なのか、皆目見当かいもくけんとうがつかない。そんなことはむしろ、どうでもいい。雪のもる公園で大の字を作って仰向あおむけで寝ているおれの心情は悲しみに満ちている——なんて、やわなもんじゃない。


 絶望。それ以外に当てはまる言葉はない。


『彼女にフラれたくらいで絶望? 何、言ってんの?』


 そう思う人もいるだろう。

 あぁ、その通りだ。

 また彼女を作ればいいさ。

 もっと可愛かわいくて、

 浮気なんて絶対にしない彼女を——

 作ればいいさ。

 そう思うよ。


 でも——


 明日、12月24日は。

 おれが人生で初めて。

 27年、生きてきた中で初めて。


 プロポーズをするはずの日だった。


     *


 背中から水がみてきた。

 雪の上で2時間も寝たことはない。


 この体温が徐々に奪われていく感覚すら、今のおれには心地良ここちよく感じる。心が打ちひしがれた時。心が冷たくなって、自分の全てが全否定されたような——言葉のナイフで真っ赤なハート型の心臓を、ズタズタに切りかれたような時。傷だらけになったその心臓を無理矢理えぐり取られ、『じゃあね』の一言と共にゴミの山に放り投げられたような、そんな感覚になった時。


 普段なら絶対にしないような自虐的じぎゃくてきなことをして、なんとか『自分は生きている』と確認したくなる。そんな、今と似たような時間が過去に2度はあった。


 1度目は高校受験で望んだ高校に入学ができなかった時。その時はボールペンの先端せんたんで手を刺し続けるという手法でなんとか乗り切った。血こそ出なかったが、左手に〝一時的なホクロ〟が無数に出現した。ちょうど今——おれの視界を占領せんりょうする夜空の星くらいの、無数のホクロが左手のこうに誕生した。


 もう1度目は、就職活動しゅうしょくかつどうで20社からの内定をもらえなかった時。その時は我流がりゅうのトライアスロンを始める——という謎の方法で肉体をいじめ抜き、なんとかして生きている実感を得ることができた。パジャマ姿でランニングをして、そのまま川に飛びこんで泳ぎ、川の水の冷たさにやられて陸に上がってから、粗大ゴミに捨てられていたボロボロの自転車にまたがって、街をけた。


 途中、すれ違った誰かがおれの姿を見て恐怖を抱いたようで、「ボロボロの自転車に跨ったビショビショの変人がいる」と、警察に通報をしたらしい。サビだらけの自転車で颯爽さっそうと街中を走り抜ける無様なおれの後ろに、同じく自転車にまたがったおまわりさんが猛スピードで張り付いてきた。「そこの人! 止まりなさい!」と大声を上げられたが、おれは気にせず走り続けた。しかし、おまわりさんの声にビビったのは、おれではなくボロボロの自転車の方だった。


 まず後輪のタイヤがパンク。

 続いてハンドルの片方が折れる。

 さらに前輪のタイヤがホイールごと外れた。


 そして、おれは地面とキスをした。


 気付いたら——病院のベッドにいた。


 顔は擦り傷だらけ、右腕は全治一ヶ月の骨折。ひざは打撲。アスファルトに擦り付けられた頭の右側、その毛根は約二週間やくにしゅうかんの間、沈黙を貫いた。自転車から投げ出されて、頭から着地したのがいけなかった。アスファルトの地面に右側の頭皮を文字通り、もっていかれたのだ。治療のためということもあり、おれはしばらくの間スキンヘッド生活を余儀なくされた。


 今回は、まだいい方だ。


 クリスマスイヴのイヴに彼女にフラれて、予定していたプロポーズが実行される前から失敗に終わり、おれは今、雪の積もる公園の真ん中で大の字を作って寝ているだけなのだから。


 これ以上の災難さいなんがあるとするなら、おれの真上から隕石いんせきが落ちてくるか、突然UFOが来て拉致らちされるか。もっと現実的なところで言えば、お巡りさんが寝ているおれのそばに来て『こんなところで寝ていたら風邪ひくよ? お兄さん酔ってんの? 大丈夫?』と、懐中電灯の光を唇が紫色になったおれの顔面に当てながら、職務質問しょくむしつもんをすることくらいだろう。


 しばらくこのままでいい。

 こうして雪に体温を奪われればいい。

 目をつむって。

 凍えて。

 寒さを通り越して。

 眠たくなって。

 息をするのも——

 めんどくさくなる。

 眠るように。

 沈むように。

 雪に全身が溶けるように。



 おれなんか、死んでしまえばいい。



 ん?

 なんだあれ?

 何か通過した。

 サンタのソリっぽい何かが。

 トナカイの腹が見えた気が、

 いや、そんなわけない。

 気のせいだ。

 いよいよおれも幻覚を——

 いや、ちょっと待て。

 空から何か降ってくる。

 赤い物体。

 肌色も見える。


 サンタ?


 いや、サンタにしては露出が多い。

 コスプレイヤーがこの時期によくやる——

 サンタ娘?

 段々と。

 近づいてくる。

 真上から。

 一直線に。

 おれに向かって。

 急速で。

 落下してくる。

 赤と肌色の物体が——

 何か言ってる。


「あわわわわ! ちょ、ちょ! そこの人! どいて!」


 なんだこの状況。

 一旦このを一時停止する。

 整理させてくれ。


 まず、ここは公園。

 夜の公園だ。

 おれは寝ている。

 雪の上で。

 大の字に。

 仰向けに。

 おれの真上に女が落下してきた。

 サンタのコスプレ女。

 ミニスカートを手でおさえている。

 空中で女の子座りをしているような姿勢。

 女の両膝りょうひざがほぼ真下を向いている。

 つまり、この女が地面に着地した時、

 その白くてなめらかな素足は——

 地面に激突する。


 まず女の両膝が地面に触れるはずだ。かなりの高さから落ちてきたのだろう? 膝の皿が割れて、砕けて、複雑骨折は避けられない。この薄っぺらい積雪せきせつがクッションになったとしてもある程度のケガはするだろう。だが、それは〝この女が地面に落ちた場合〟の話だ。今、サンタ娘は——


 おれに向かって落ちている…!?


 つまり…おれは何十メートルかもわからない高さから落下してきた美女の両膝を、この身体で受け止めようとしているのか? なるほど。笑える。すごいな。ほんとに。死んだ、死んだな。まず肋骨ろっこつが折れて、その先の内臓が潰れ、背骨もくだけるだろうから、おれは死亡確定だ。病院に搬送されるだろうが、せいぜい救急車の中で息を引き取ったなら、長持ちした方だろう。


 おれの人生——どうしようもないおれの人生は、ほんの少しでも誰かの役に立っていたのだろうか。プロポーズをしようと思っていた彼女に罵倒ばとうされ、ののしられ、心に傷を負ったまま、空から降ってきた見ず知らずのサンタ娘の美脚に潰されて、この人生を終えるのか…。なんて人生だ。



 サンタクロースなんてものが本当にいるのなら。


 願い事は——


 そう。


 友達。


 家族。


 おれをフったあいつ。


 今も心から愛しているあいつ。


 みんなの笑顔を。


 もう一度。


 見たい。


     *


「もしもーし…」


 ん?


「お兄さん、生きてる?」


 あれ?


「ごめんね…まだ、ソリ乗るの下手でさ…」


 生きてる?


「わたし、新米のサンタなんだけど…あっちでの研修を終えて、今日、初めてこっちに来て…」


 サンタ娘——?

 喋ってる…。


「トナカイと喧嘩けんかしちゃって…。明日、イヴでしょ? それで現場の下見に来たんだけど。わたし、手綱たづなの使い方が乱暴だったらしくて。『そんなに叩くな! アホか! やってられっか!』って相棒のトナカイ、キレちゃって…」


 何、言ってんだ…?

 ネタか?


 いや、それにしては真面目まじめに話している。しかしこう、寝ているおれの頭のそばで普通に立たれると目のやり場に困る。おれが右を向けばミニスカートの中が…見える…っ! 気づいていないのか? 天然なのか? おれを心配そうに覗き込む顔がやたらと可愛い。瞳が水色。金髪のツインテールだし。どうなってんだ。


「で、ソリの浮力ふりょくが不安定になって、かたむいて…わたし落ちちゃって——そこに、お兄さんがいたんだけど…てか、なんでこんなところで寝てたの?」


 ん?

 あ、あぁ。

 答えなきゃならんのか。


「いや、その…雪の上で寝ていたい気分でして…」


 ほんとなんなんだこの状況。

 おれは夢を見ているのか?


「そうなの? まぁ、なんでもいいけど…」


 なんでもいいなら訊くなよ!


「それでさ…ちょっと言いにくいんだけど…」


 なんでしょうか。



「お兄さんのこと、わたし、膝で思いっきり潰しちゃって。殺しちゃった…ははは…」



 ははは…じゃねぇよ!


「し、死んだ? お、おれ?」


 でも生きてるよね?

 ここ、天国って事?


「うん、死んだんだけど…生きてる…というか…」


 急にモジモジし始めたぞ。おれを殺しちゃったことより言いにくいことなんてないだろうに。


「死んだけど生きてる? どうゆうこと?」


「えと、お兄さんの命を『一時還元いちじかんげん』したの…それにはね、執行猶予しっこうゆうよみたいなものがあって…お兄さんが死ぬ直前に強く願ったことを、わたし——『クリスマスの朝までに』叶えてあげないと、お兄さんの命、戻らないの…」


 は? 何を言っているの?


「今日、23日の夜でしょ? 今夜から明日——24日が終わるまでには、お兄さんの願いを叶えないと、お兄さん、クリスマスの朝に死ぬことになる…」


 ––––は?


 ––––え?


「はぁっ?」


 そりゃもう、飛び起きるよね。

 雪の上で寝てる場合じゃないよね。


「わっ…体、大丈夫そうで何よりです…ははは…」


「はははじゃねぇよ! し、死んだようなもんだろうに! な、な、何をしてくださっているの? サンタ娘さん!?」


 なにか超常現象的ちょうじょうげんしょうてきなことが、おれの身に起きているんだろうか。あれ? でもこれって信憑性しんぴょうせいあるの?


「ちょ、ちょっとまって、あんたがその——本当にサンタで、おれがあんたの急降下両膝ドロップで絶命して、ひとまずよみがったけども。このままだとクリスマスの朝に死ぬっていう、確固かっこたる証拠しょうこみたいなもんは、あるの?」


 上体だけを起こしていたおれは、立ち上がりながら問い詰めた。サンタコスの娘は顔をくもらせる。


「お兄さん、今、寝てたところ見てみて」

「え? 寝てたところ?」

「う、うん。そのまま振り返って、視線を地面に…どうぞ…」


 振り返る。

 視線を地面に。



 あー。



「ね? その…肋骨が折れて、内臓が破裂して、背骨が砕けて、口から血を吐いて、どっかの骨が背中から飛び出たから…雪の上、真っ赤でしょ?」


 可愛い顔してエグい説明すんな…っ!


「ですね、真っ赤です、はい。赤ペンキでしょうか。イチゴのソースだったら嬉しいです。かき氷みたいですね」

「お兄さんの血だよ? 大丈夫?」


 冗談が通じなかった。


「はい、よく、わかります」


 しかし——だ。おれがこのサンタのコスプレ美女によって負わされたケガが、例えば『脳震盪のうしんとう』くらいの軽微けいびなものだったとして。おれが気を失っている間にこの娘が寝ているおれの下に、それこそ赤いペンキのような何かを染み込ませて、おれが起きるまで待っていた…という可能性もある。


「…信じられないって顔、してるね」


 意外にするどいな、この


「…そんな顔してた?」

「してた、じゃない、してる」

「いや、だって、おれ、現に生きてるし…」

「クリスマスに死ぬんだよ?」

「そう言われても…」

「じゃ、お兄さん、スマホ出して」

「え?」

「ほら、そこに放り投げてあるビジネスバッグから、スマホ、出して」


 おれは数歩、雪の上を歩き、公園に来た時に適当に放り投げたかばんに近づいた。この鞄は彼女が就職祝いに買ってくれたものだ。角はげて傷だらけ。持ち手の部分がよく外れたので、何回修理に出したかわからない。彼女がバイトで貯めたお金で買ってくれたこの——決して高いとはいえない鞄を、おれは5年間ずっと大事に使っていた。


「………」


 雪で濡れた鞄を持ち上げる。

 雪の水分とは別の水分が鞄を濡らした。

 一滴、二滴。


「お兄さん? 泣いてるの? 大丈夫?」


 やっぱりおれ、死んでもよかった。

 クリスマスの朝にこのまま——


「あ、あぁ…。大丈夫。多分」


 ひとつ、深呼吸をする。鞄のポケットからスマホを取り出し、サンタ娘の近くに戻った。


「それ、写真撮る感じで目線まで持ち上げて画面を見て」


 言われるままに、スマホを目線の高さまで持ち上げる。


「いっくよー!」


 サンタ娘が、スマホを指差した。

 そして、わりと大声で何かを唱えた。


「キートス・アプア!」


 内心この、チチンプイプイとか言いそうだな、と思っていた心の中のもう一人の自分を、心の中で爆撃ばくげきしてほうむり去ってやった。


「何も起きな——え?」


 どうしたことか。スマホの画面におれが絶命した瞬間の映像が映し出された。もちろん、おれは画面を手で持っていただけで、操作も何もした覚えはない。勝手に画面がスリープから復帰して、ロックを解除するでもなく、映像を流し出したのだ。引きの映像で雪の上で仰向けに寝ているおれと。おれに〝落下するサンタ娘〟の様子がしっかりと映し出されている。


 この公園におれ以外の人間はいなかった。誰かがカメラを持って公園に来ていたのなら絶対に気付くはずだ。それに今、この場を見渡みわたせば、おれとサンタ娘以外むすめいがいの人物——つまり、おれのスマホを勝手に使って現場を撮影したカメラマンの足跡が雪の上に残っているはずだが、それも無い。この映像は、この娘の〝魔法のようなもの〟で映し出されたものであると認識にんしきしなければいけないのか。 


 しかしこの映像、下手なスプラッター映画よりもエグい。R16はかたい。残酷ざんこくな映像だ。主人公はおれだろうか。それとも、おれという精神が崩壊ほうかいした悪役をやっつけるサンタ娘だろうか。


「ちょっと、巻き戻すね」


 突然、サンタ娘がおれに体を寄せてスマホを指で触り出した。肩と肩が触れる。ベリー系の香水をつけているのか? ツン…と甘酸っぱい香りが金髪のツインテールからただよう。おれの心臓は思わず早足で脈を打った。やはり、おれは生きているらしい。この残酷な映像とは、裏腹に。


「えと、あ、ここ。この時、お兄さん、最後のお願いしてるんだよね」

「最後のお願い?」

「うん。仰向けに寝てる時。わたしの両膝がお兄さんを殺しちゃう、ほんの数秒前かな。確かに言ってる」


 サンタ娘はスマホに当てた二本の指をハサミのように広げ、一時停止で静止画になった映像をズーム。おれの口元が画面いっぱいに映った。娘が音量のボタンを何度か押して、音量をあげる——そして再生を始める。



〈みんなの笑顔を——もう一度——見たい〉



 画面いっぱいに映るおれのくちびるから、確かにそう願う、かすかな声が発せられた。その直後、おれの口からは血が噴出ふんしゅつし、映像は真っ赤に染まった。口からイチゴのソースを出せるなんて、おれすごいよね。そう言おうと一瞬だけ思ったが、やめた。


「ね? お願い、したでしょ? わたしはこれを叶えなければならないの」

「みんなの笑顔を? どうやって?」

「あなたのいう〝みんな〟ってつまり、友達、家族、そして——」


 元、彼女。


「あなたを今日フった元彼女、でしょ?」

「…そんなことまでわかるのかよ」

「うーん。人間のようで、人間ではいないからね、サンタって」


 やはりこの娘、超常現象の一部らしい。


「まぁ…とにかく! こうゆう〝サンタ業務中における不慮ふりょの事故〟で一般市民を死亡させてしまった場合は、その人の願いを叶えないといけないの! 何か物が欲しいとか……あと…カラダのこと…とか? なら、すぐ叶えてあげられるんだけど……」


 娘の頬が赤くなった。今からでも最後の願いを訂正できないだろうか。そう思った心の中の自分を、心の中にいる、ちょんまげサムライ姿のもう一人の自分が一刀の元に斬り伏せてくれた。


「友達、家族、元彼女。その三人? ——の笑顔を明日までに作るわよ! じゃないと、クリスマスの朝にあなたは死んで、わたしはサンタ免許を剥奪はくだつされるわ!」


 気合が入ったようだ。

 一人だけ。


「免許を剥奪?」

「そうなの…わたし……やっどのおぼいでザンダになっだのにぃ…」


 号泣した。

 顔のいそがしい女である。


「わ、わかった…なら、今から、いこう。まずは友達——あいつのところにいこう」


 おれが真っ先に思い浮かんだのは、『最近、彼女が出来たのだが、どうもその彼女が普通ではなくて困っている』友人の顔だった。


「それじゃ、お邪魔しまーす!」


 そう言ってサンタ娘は突然––––おれの目の前に回り込み、人差し指をおれのひたいに当てた。娘の全身は発光し、人間の形をしているだけの光になったかと思った瞬間、その光は収縮しゅうしゅくし、おれの頭の中に吸い込まれて消えた。


『じゃ、そのお友達のとこ、レッツゴー!』


 頭の中から声がする。

 サンタ娘は光となり、

 おれの頭の中に入り込んだ——

 という認識で合っているのだろうか。


「わ、うるさっ! おい! なに、なにが起きた!」


 人間一人が光のかたまりになり、自分の頭の中に入り込んだ——などと、すぐには信じられるものではない。おれは辺りを見渡す。やたら露出の多いサンタのコスプレイヤーを探した。しかし、いない。


『もー! こうゆうのは〝よくある〟でしょ! いちいちうろたえない! はい、もう時間はないよ! すぐにお友達のところ行かないと!』


 頭の中から甲高かんだかい声がする。


「だ、わ、わかった、わかったから、もう少し音量を下げてくれ」

『ね、あなた、名前は?』

「サンタなら、わかるんじゃないのか?」

『うん、わかる』

「なら、訊くなよ…お前は?」

『ルミ』

「ルミ? 日本人なのか?」

『ぶー! フィンランド語で〝雪〟って意味よ!』

「さっきの呪文みたいなのも、フィンランド語だろ?」

『おーよく気づいたね! 勉強してたの?』

「あっちの方、ホームステイしてたことあるんだ。キートス、アプア——ありがとう、助けて…。幼稚すぎないか?」

『それは触れないで。サンタだから。子供向けだから。察しろ』

「お、おう…」


 そうして、おれは頭の中にサンタ娘——ルミを抱えることになった。この短時間に非現実的な出来事と次々に直面したのだから、おれが〝クリスマスに死ぬ〟という、なんともうたが甲斐がいのあるファンタジックな情報は、確かな、絶対に起こりゆる事象であると、まずはそう思うしかない。


 何より、こんなに必死になって〝おれの最後の願い〟を叶えようとするルミが嘘をついているなどと——気が優しいことくらいしか取りのないおれには、到底、思えなかった。

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