そのとき、そのとき

@m89

はじまりの回

 沖縄の生活にも少し慣れてきた私は、ナビなしでも目的地まで行けるようになっていた。あれから何度となくハクギンドウに訪れてみたが地下への入り口はない。それどころか、回天の駅で使用したすべての入り口がなくなっていた。

 私の体もあの日以来、ほとんど変化はなくなってしまった。セカイに触れない限りは普通の人間と同じみたいだ。ということに気が付いた。

 それにしても、怒涛の数日間だった。思い返そうとしても、理解が追い付かないため、できない。私は気持ちを切り替えて、空港に向かっていた。

 妻を迎えに行くためだ。


 那覇空港は、今日も何事もなく平和だった。駐車場に車を止めて、エレベーターで到着ロビーまで降りる。横断歩道で車が途切れるのを待っていると、大城さんが軽トラックで通り過ぎた。私は大城さんが運転している車を見送くりながら、無意識でナンバーをおぼえた。ダサくて憶えやすかったからだ。

「0046」

 到着ロビーにすでに妻が出ていた。私は大城さんのことを考えていた。

 ナビなしで運転できるようになったこと以外は特に話せることがなかった。私たちは軽い食事をして、そのまま家に帰った。

 久しぶりに妻とあったに、話が盛り上がらない。そのまま夜が来て、眠れないまま、朝が来た。私はベッドから起き上がり、ベランダに出て空き地を眺めていた。

「おはよう」

「おはよう」

 何気ない朝の挨拶を交わした。妻はそのままキッチンのほうへ行き、私はまた空き地を眺めていた。

 眠れないまま朝が来た?実は違う。眠れないのではない。眠らなくてもいい体になったのだ。

 あの日から一睡もしていない。二日目くらいまでは興奮で眠れないのかとも思ってみたのだが、気にしだしてから、ずっと考えていた。昨日も一睡もしないでこのことを考えていた。

 ネット環境が整えば検索して、何らかの仮説が立てられるのだが、ネット環境が整うのが今日の午後のため、何もできなかった。

 妻と朝食をとりながら、今日のスケジュールを話し合った。妻は「半年は仕事をしない」と何故か自身満々に言い放った。私はノーコメントでそのまま食事を続けた。


 午後になり、ネットの接続業者が来た。チャイムを鳴らしモニターに業者が映った。妻がニコニコしながら玄関に向かった。少し会話をした後に業者と妻が戻り、業者が遅れて入ってきた。業者は作業説明をした後、無駄なく作業を開始した。

 私は居心地が悪くなり、ベランダに避難した。当たり前のようにベランダから空き地を眺めた。

「あっ」

 思わず声を出していた。空き地には、大城さんが立っていた。


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る