Christmas night

九戸政景

Christmas night

「はあ……俺って本当にダメだな……」


 白い息と一緒に自分に対しての言葉を吐きながら、俺は白い雪がちらちらと降る通学路を一人でとぼとぼと帰っていた。今日はクリスマスイブという事もあり、街は色鮮やかなイルミネーションで明るく、ウキウキとした様子の人達がちらほらと見られたが、それとは対照的に俺は酷く落ち込んでいた。その理由はいたって簡単だ。そんな日だというのに、好きな子の一人も誘う事が出来なかったからだ。


「……まあ、仕方ないよな。神代かみしろは他の女子からパーティーに誘われていた時、予定があるって言ってたみたいだし、俺みたいに特徴も無い奴から誘われても迷惑なだけだよな……」


 意中の相手である神代月かみしろあかりの姿を思い浮かべながら俺はまたため息をついた。神代月は黒い長髪に雪のように白い肌の女子で生徒会長を務める傍ら、弓道部のエースとしても活躍する才女で、成績も常に学年トップという文武両道を体現したような子なため、異性からはもちろん、同性の後輩からもラブレターを送られる程なのだという。しかし、誰からの愛の告白も断っているらしく、“射られる事”はあっても“射止める事”は出来ない存在として俺の学校ではうわさになっている。


「……そういえば、この前も誰か告白したけど、ダメだったとか聞いたな。まあ、そんな難攻不落なんこうふらくの城みたいな神代相手じゃ無理もないよな。もっとも、告白する勇気もなくて神代の事を見てる事しか出来ない俺はもっと惨めなんだけど……」


 本日何度目になるかわからないため息をつきながら歩き、自宅の近くにある公園へと差し掛かったその時、ふと公園のベンチに横たわる人物の姿が見えた。そしてその人物は、赤い帽子に赤い服といったサンタクロースを彷彿ほうふつとさせる服装をしていた。


「あれ……誰だろう。こんな時間にベンチに横たわってるなんて……」


 正直な事を言えば、その人物の事は放っておいてそのまま帰っても良かったが、この寒い時期に一人でベンチに横になるという行動をしているその人物を放っておくのは流石に忍びないと思い、俺はそんな自分に対して苦笑を浮かべてからその人物に近づいた。そして、その人物の目の前に立ち、その人物が短い白髪の老人だとわかった時、その人がとても苦しそうな顔をしているのが目に入り、俺はすぐにその人に声を掛けた。


「あの! 大丈夫ですか!?」

「うぅ……腰、腰が……」

「腰……もしかして腰痛ですか!?」

「そう……かもしれん。ちょっと休憩のつもりで座って、立ち上がろうとした瞬間に痛くなって……」

「な、なるほど……えっと、腰痛を少しでも軽減するには……」


 俺はすぐに携帯を取り出し、腰痛の対処法について検索をした。そして、検索をし終えた後、俺はその人の手を取り、腰痛改善に効くというツボをゆっくりと押した。


「うっ……はあ、はあ……」

「今、腰痛改善に効くツボを押してます。もう少しだけ痛みに耐えてください……!」


 その人に声を掛けながら俺はその人を助けたい一心でツボを押す力を強めた。そういう訓練を受けていない俺のツボ押しなんて本当は殆ど意味は無いのかもしれないが、少しでもその人のためになればと思い、俺はただツボを押し続けた。そして、回数が10回を超えた頃、「……おっ?」とその人は驚いたような声を上げたかと思うと、静かに体を起こし、そのままゆっくりと立ち上がった。


「……腰が、痛くなくなっておる……!」

「良かった……もう大丈夫そうですね」

「うむ! どこの誰か知らぬが、すっかり世話になったな!」

「いえいえ。でも、また痛くなるかもしれませんし、早くお家に帰った方が……」

「そうしたいのだが……まだ帰るわけにはいかんのだ」

「と言うと……?」


 俺のその疑問に対してその人はコホンと咳払いをしてから答えてくれた。


「……信じてもらえるかはわからんが、儂はサンタクロースなのだ。それも町内会のイベントなんかでやっていたりするのとは違う、本物のサンタクロースだ」

「本物の……あ、もしかしてグリーンランドにあるというグリーンランド国際サンタクロース協会に所属している公式のサンタクロースということですか?」

「ああ、それにも一応所属しているが、それとは少し違う。まあ、論より証拠というからな。今からその証拠を見せるとしよう」


 そう言うと、その人は空に向かって大きな声で呼び掛け始めた。


「おおい、お前達ー! そろそろ出発するぞー!」

「お前達……? あの、それって一体──」


 その時だった。突然、シャンシャンシャンという鈴の音が空から聞こえだし、それに疑問を抱いて空を見上げると、空から四頭のトナカイがそりがゆっくりと降りてきたのだ。そして、トナカイと橇が静かに着地すると、その人は驚く俺の顔を見て愉快そうに笑った。


「はっはっは! まあ、驚くのも無理はないな。だが、これで儂が本物のサンタクロースだという事がわかっただろう?」

「あ……はい。えっと、あなたが本物のサンタクロースという事は、これから子供達にプレゼントを配りに行くんですか?」

「正確には子供達の両親から頼まれていたプレゼントを両親達へ渡しに行く、だな。我々本物のサンタクロースには独自のネットワークと担当地域があり、先程少年が口にしたグリーンランド国際サンタクロース協会はその協力をしてくれている組織なのだ。なので、サイトに子供達からリクエストされたプレゼントの詳細をメールで送れば、その担当地域のサンタクロースがプレゼントを両親へと渡す仕組みになっている。よく、子供達の親が枕元にプレゼントを置いていたのを見たという話を聞くだろう? あれにはそういう理由があったのだ。まあ、その仕組みを知らずに自分でプレゼントを用意している家庭も普通にあるがな」

「なるほど……それじゃあ、ウチももしかしたらそうだったかもしれないんですね」

「そういう事だ。そして、この地域の担当をしているのが儂なのだが……」

「やはり、さっきの腰痛が心配なんですね?」

「ああ。そこで、だ。少年、もし君さえよければ儂を手伝ってはくれぬか?」

「え、俺が……ですか?」


 突然の事に俺が困惑する中、サンタクロースさんは静かに頷いた。


「うむ、初めて会ったばかりの儂をすぐに助けようとしてくれた優しさやツボを押していた時の力の強さから、君ならばサンタクロースをやるに相応しい人物だと思ったのじゃ。まあ、さっきも言ったように君さえよければじゃが……どうじゃろうか?」

「…………」


 ……この後は特にやる事もないから、時間ならたっぷりある。それに、この人の腰痛もやっぱり心配だし、ここは手伝わせてもらおう。それに、本物のサンタクロースの仕事の手伝いなんて中々やれる事じゃないし。


「……わかりました。お手伝いさせて頂きます」

「うむ、感謝するぞ。ところで……君の名前は?」

「あ、織尾凜音おりおりおんと言います。こんな名前だから、友達からは渾名あだなでオリオンなんて呼ばれてます」

「はっはっは! 良いじゃないか、オリオンでも。神話ではオリオンは稀に見る美貌の持ち主で、背の高い偉丈夫だったと聞くからな」

「そうらしいですね。そういえば、サンタクロースさんのお名前はなんていうんですか?」

「儂か? 儂は黒野時夫くろのときおじゃ。これからよろしくな、凜音君」

「こちらこそよろしくお願いします、時夫さん」

「うむ! では、行く前に……凜音君、ご両親に連絡をしておいてくれ。あまり遅くならないようにはするつもりじゃが、それでも配る家は多いからな」

「わかりました」


 頷きながら答えた後、俺は携帯を取り出して家に電話を掛けた。そして、本物のサンタクロースに会った事を伏せながら、時夫さんの手伝いをするから帰りが遅くなる事を伝えた後、俺は電話を切って携帯を制服のポケットにしまった。


「終わりました」

「よし……それじゃあ、今度は橇の中にある服に着替えてくれ」

「着替えるって……まさか、俺もサンタクロースの格好をするんですか?」

「その通りだ。プレゼントを渡している時、子供達が来てしまった場合、君だけが制服だとおかしな事になるじゃろう?」

「たしかに……でも、サイズって合うでしょうか……」

「まあ、予備として持ってきていた儂の若い頃の服じゃから大丈夫じゃろ。見たところその頃の儂と体格も似ておるしな」

「若い頃……時夫さんは若い頃からサンタクロースとして活動してきたんですね」

「まあな。さて、その話は後でしてやろう。今は皆のところにプレゼントを配りに行くぞ」

「はい」


 返事をした後、俺は橇に近づいて大きな白い袋の横にあったサンタクロースの衣装を手に取った。そして、公衆トイレの中で着替え、制服を手に持ちながら出てくると、時夫さんは満足げに頷いた。


「うむ、よく似合っておるぞ」

「そ、そう……ですか?」

「ああ。このままスカウトをしたいくらいだ。もっとも、君にも将来の夢くらいはあるかもしれないが……」

「将来の夢……あはは、お恥ずかしながらそういうのは全然無くって……」

「おや、そうなのか。まあ、なりたい物はふとした瞬間に見つかる事もあるから、焦る必要はない。焦ったところで良い人生になるわけでもないからな」

「そうですね……」

「……っと、だいぶ話し込んでしまった。そろそろ行くとしよう。凜音君、先に橇に乗ってくれ」

「わかりました」


 そして、俺が橇の後ろの方に乗ると、時夫さんは前に乗ってトナカイ達に繋がれた手綱を手に取った。


「よし……行くぞ、お前達!」


 そう言いながら手綱を軽く引いたその時、トナカイ達がゆっくりと歩きだし、その内にその足は地面を離れていき、それと同時に俺達が乗る橇も宙へと浮き始めた。


「わ……宙に浮き始めた……!」

「驚くのはまだ早いぞ、凜音君。そろそろこの街の上空を飛ぶのだからな」

「上空を……そういえば、どうしてトナカイや橇は空を飛べ──なんて聞くのは野暮やぼですかね」

「そうじゃな。我々本物のサンタクロースはそういうものだと思っておいてもらえればそれで良い」

「わかりました」


 そんな会話を交わす内に俺達はだいぶ上まで飛んでおり、下を見下ろすといつもの街がイルミネーションによって彩られ、まるで魔法で出来た街のように見えた。


「これが本物のサンタクロースがこの時期に見る光景なんですね」

「そうじゃ。最初は儂も面食らった物じゃが、慣れてくれば結構楽しいもんじゃぞ」

「ふふ、そうかもしれませんね」

「さあ、早速プレゼントを配りに行くぞ、凜音君」

「はい!」


 そして俺達は、プレゼントを待ちわびる家庭へ向けて雪が降る中を飛んでいった。





「ありがとうございましたー!」


 プレゼントをまた一家庭に渡し終え、俺が橇に戻ってくると、時夫さんは満足げな笑みを浮かべた。


「これでもう少しじゃ。凜音君、大変だと思うが、もう少し頑張ってくれるか?」

「はい、もちろんです」

「よし、それでは出発するぞ」

「はい」


 そして、再び上空へと浮かび上がり、次の家庭へ向けて出発した時、時夫さんは前を向きながら俺に話しかけてきた。


「それにしても……今更ながら本当によかったのかね? 君も本当は誰かと一緒に出掛けたかったのではないのかね?」

「……そういう相手はいますけど、その子は他の誰かと約束があったみたいで、結局誘えなかったんです。それに……その子、ウチの高校では本当に人気がある子な上、文武両道を体現したような子なので、俺には高嶺の花なんです」

「なるほどなあ」

「はい──って、あそこにいるのは……」


 その時、俺は誰かと楽しそうに話しながら歩く神代の姿を見つけた。神代の隣を歩く人物は、これまた神代に負けない程の美形で、誰がどう見てもお似合いの二人組だった。


 ……まあ、そうだよな。神代にも彼氏くらいいるよな。


「……どうかしたかな?」

「あ……いえ、その話した子が彼氏らしい男子と一緒にいるのが見えて……」

「そうか……まあ、それならば仕方あるまい」

「はい……こうなったら、新しい恋を見つけて行くしか無いですよね」

「はっはっは、そうじゃな。なんだったら、今回の礼として儂の孫娘を紹介してもよいぞ?」

「あ、時夫さんにはお孫さんがいらっしゃるんですね」

「うむ。孫は二人おるんじゃが、男と女の二卵性双生児でな。祖父の色眼鏡を抜きにしてもどちらも中々の美形で、これまた文武両道を体現したような子達じゃ。ただこの前、気になる男子がいると話していたような気はするが……まあ、とりあえず会ってみれば孫娘の気も変わるかもしれんな」

「あはは、そうだったらいいですけどね」

「そうじゃな。さて……それでは、そろそろ次の家に着くから、準備をしていてくれ」

「わかりました」


 神代への想いを頭の彼方に追いやった後、俺は時夫さんの手伝いの事に頭を切り替え、時夫さんと一緒に次の家に向かって飛んでいった。





 それから数時間後、夜もすっかり更けてきた頃、俺は最後のプレゼントを届け終え、満足感を覚えながら橇に戻ってきた。すると、時夫さんはとても嬉しそうな様子で静かに頷いた。


「ありがとう、凜音君。これで今年の分は終わりじゃ」

「わかりました。あの……貴重な体験をさせて頂き本当にありがとうございました」

「いやいや、こちらこそ感謝してもし足りないくらいじゃよ。凜音君、君に会えて本当に良かった。ありがとう」

「どういたしまして。ところで、時夫さんはこの後はどうやって帰るんですか? もしよければ、お家まで送りますよ」

「む、それは助かるが……本当に良いのか?」

「はい。帰っている最中にまた腰痛がしないとも限りませんから」

「はっはっは、違いない。それでは、その言葉に甘えて送ってもらうとするか」

「はい」


 返事をした後、俺は再び橇に乗って俺達が出会った公園に一度戻り、公衆トイレで着替えをした。そして、二人とも着替えを終えた後、時夫さんはトナカイ達を優しく撫で始めた。


「お前達も今年もよく頑張ってくれた。来年もよろしく頼むぞ」

「そういえば、トナカイ達はそのまま飛んで帰るんですか?」

「うむ。トナカイ達はグリーンランド国際サンタクロース協会の預かりになっているからな。毎年、プレゼントを配り終えた後は、そのまま飛んで帰っていくのじゃよ」

「そうなんですね」

「うむ。では、お前達。気をつけて帰るんじゃぞ」


 その時夫さんの言葉に答えるようにトナカイ達は鳴き声を上げると、ゆっくりと歩きながら地面を離れ、そのまま彼方へと飛んでいった。そして、それを見送ってから俺達も公園を後にし、時夫さんの家に向けて歩き始めた。


「はあ……それにしても、本当に貴重な体験だったなぁ」

「はっはっは! そう思ってもらえたのなら良かった。そうじゃ……凜音君、君さえよければ儂と同じようなサンタクロースを目指す気はないか?」

「俺が……サンタクロースを……」

「うむ、そうじゃ」

「たしかにそれも良さそうですけど、俺に務まるでしょうか……」


 不安を感じながら言う俺に対して時夫さんはにこりと笑いながら肩をポンと叩いた。


「大丈夫じゃ。もちろん、グリーンランド国際サンタクロース協会に入るには色々な条件が必要で大変じゃし、トナカイ達を御しながら空を飛ぶのにも色々な訓練が必要じゃ。しかし、一番大事なのは、プレゼントを渡す時にいかに真心をこめられるかじゃよ」

「真心……」

「ああ。中には子供達の願いを100%叶えられていないプレゼントもあるが、真心がこめられていれば子供達はそれをしっかりと感じ取って笑顔になってくれる。そして、それを見た家族も笑顔になり、笑顔は連鎖をしていくのじゃ。儂はな、そんな笑顔の連鎖はとても素晴らしい事だと思っておるんじゃよ」

「笑顔の連鎖……たしかにそれは素晴らしい事ですね」

「そうじゃろう。そして、今回の仕事振りを見て、儂は君ならばサンタクロースになるに相応しいと感じた。君ならばより大きな笑顔の連鎖を起こしていけると感じたのじゃ」

「時夫さん……」


 正直な事を言えば、俺にみんなに夢を与えられるようなサンタクロースになれる自信はあまり無い。けど、こうして期待してくれている人がいるなら、俺は出来る限りその期待に応えたい。


「……時夫さん。俺、高校を卒業したらサンタクロースを目指してみたいです。それも親がいる子供達だけじゃなく、親がいなかったりあまり今の自分が幸せじゃないと感じているような子供達にも笑顔になってもらえるそんなサンタクロースになってみたいです」

「……そうか。君は儂が想像していた以上に他人の幸せを考えられる人物なんじゃな」

「そうでもないですよ。実際、今回お仕事の手伝いをさせて頂いてようやくそう思えたところですし」

「そう思えるだけでもすごい事じゃよ。まあ、それを実現するには想像しているよりも努力をせねばならないが、君ならばそれを実現出来ると儂は思っておるよ」

「時夫さん……ありがとうございます」

「礼には及ばんよ──お、そろそろ家が見えてきたようじゃ」


 その言葉を聞いて前方に目を向けると、中々大きな一軒家が視界に入ってきた。そして、そのまま歩いていき、時夫さんの家の前で足を止めたその時、ドアがガチャリという音を立てながら開いたかと思うと、二人の人物が姿を現し、俺はその内の片方の人物の姿に思わず驚いてしまった。


「……か、神代……?」

「織尾君……!? え、どうしてお祖父様が織尾君と一緒に……!?」

「どうしても何も儂の仕事を手伝ってもらっていたからじゃよ、あかり

「お祖父様のお仕事を……でも、どうして織尾君がお祖父様のお仕事の手伝いを?」

「なに、儂が腰痛で苦しんでいたところに彼が通りがかってな。腰痛を良くしてもらった上、腰痛の再発が心配だったから、彼に手伝ってもらえるように頼んだところ快く引き受けてくれたんじゃよ」

「そうだったのですか……」


 神代が納得顔で頷く中、もう一人の人物──神代と一緒に歩いていた短い茶髪の男子はやれやれといった様子でため息をついた。


「まったく……だから、そろそろ後継者を探せって言っただろ、“爺ちゃん”」

「ああ、その後継者候補ならもう見つかったぞ、あきら

「ん……それはもしかして、今状況を理解出来てないような顔で立っているオリオン君の事か?」

「そうじゃが……陽、凜音君の渾名をよく知っておるのう」

「なに、月が気になってるこいつの事を調べてたら、ついでに知っただけだよ」

「な……に、兄さん!」

「なんだよ、月。流石のお前でも本人の前では言われたくなかったか?」

「当たり前です! は、恥ずかしいではないですか……」


 神代が本当に恥ずかしそうな顔をしながら俺を見る中、陽と呼ばれた男子は愉快そうに笑いながら俺に話しかけてきた。


「このまま立ち話してても寒いだけだし、とりあえず中に入れよ。今日は親父もお袋も自分達のダチの集まりに呼ばれてていないから、遠慮はいらないぜ。爺ちゃんも月もそれで良いだろ?」

「うむ、もちろんじゃ」

「……私も異論はありません」

「ん、オッケー。という事で、中に入れよ、オリオン君」

「あ、はい……それじゃあ、おじゃまします……」


 そう言いながら神代の家の中に入った後、暖かな空気を感じながら俺は時夫さん達の後に続いて歩いていった。そして、リビングへと着き、指し示されたソファーに座ると、陽さんはにやりと笑いながら俺に話しかけてきた。


「んじゃあ、せっかくだから自己紹介をさせてもらうか。俺は神代陽かみしろあきら、月の双子の兄だ。これからよろしくな、オリオン」

「双子の兄……てっきり神代の彼氏かと……」

「あははっ、ないない。さっきも言ったように月が気になってる──いや、恋い焦がれてるのはお前なんだぜ、オリオン。それも一年生の頃からずっとな」

「兄さん!」


 神代が大きな声を上げると、陽さんは少し呆れたようにため息をついた。


「はあ……もう良いだろ、月。お前だってオリオン君と仲良くするにはどうしたら良いか毎日考えてただろ?」

「それは……そうですが……」

「それなら、これがベストなタイミングだ。今を逃したらもうこんな機会は来ないと俺は思うぜ?」

「…………」


 神代が黙り込む中、俺は恐る恐る陽さんに話しかけた。


「え、えっと……陽さん」

「あははっ、別に呼び捨てとタメ口で話してくれて良いぜ?」

「あ……わ、わかった。それで、陽。今の話って本当なのか?」

「ああ、本当だ。オリオン、お前には心当たりはねえかもしれないが、月はある日からずっとお前の事を想ってきた。けど、その想いを伝えられずにこうしてもう二年生の冬になっちまったってわけだ」

「…………」

「それで、オリオン。お前は月の事はどう思ってる?」

「俺、は……」


 俺は少し溜めた後、さっき諦めたはずの神代への想いを再燃させながら静かに口を開いた。


「……俺も神代の事は好きだ」

「……え」

「……ほう。一応確認するが、その好きは恋愛的な意味で間違いないんだな?」

「ああ。だから、さっき空から神代と陽が仲良く話しながら歩いていたのを見た時、スゴくショックだったよ。どこからどう見てもお似合いの二人だったからな」

「あははっ、そこまで誉められると照れるな。さて、お前が月の事を好きなのは確認できた。それなら、やる事は一つだけだろ?」

「そう……だな」


 そして、俺は再燃させた想いを伝えるべく、驚いている神代の方に視線を向けた。


「神代……俺は君の事が好きだ。君さえ良ければ、俺と付き合って欲しい」

「……はい、私でよければお付き合いさせて頂きます」

「神代……」

「これからは“月”と呼んでください、凜音君。私達、もう恋人同士なのですから」

「……ああ、そうだな。それじゃあ、改めてこれからよろしくな、月」

「はい。こちらこそよろしくお願いいたします、凜音君」


 頬を軽く赤く染めながら月が静かに頭を下げると、それを見ていた陽は安心したように息をついた。


「……ようやく、お互いに気持ちを伝えられ、神話みたいにアルテミスとオリオンはカップルになれたな」

「アルテミス……ああ、月の女神様だからか」

「そういう事。まあ、俺はアポロンみたいにお前達の仲を邪魔するつもりは無いから安心してくれ」

「わかった。本当にありがとうな、陽」

「どういたしまして。爺ちゃんの手伝いとしてプレゼントを配ってきた奴が、どうやら一番のプレゼントを受け取ったみたいだな」

「ああ、そうだな──あ、そうだ。なあ、月。さっき、陽がある日から月が俺の事を想い始めたって言ってたけど、何がきっかけで好きになってくれたんだ?」


 その問いかけに月はまた少しだけ頬を赤く染めながら静かな声で答えてくれた。


「……凜音君、入学式の日の事を覚えていますか?」

「入学式……あ、そういえばあの日、俺は神代と会ってたな。たしか、神代が学校への道をうっかり忘れて困っていた時に俺が偶然通り掛かって……」

「そうです。そして、声を掛けて頂いた上、そのまま学校まで連れていって頂いた。私と兄さんは別々の学校なので、兄さんに頼る事が出来なかった私は本当に感謝をし、その温かさと優しさに心を奪われていたのです」

「そうだったんだな……」

「そして今回も似たような形でお祖父様も助けて頂いた。私達、本当に凜音君に助けてもらってばかりですね」

「はっはっは! 本当にそうじゃな。だからこそ儂も彼にサンタクロースになってみないかと提案をしたんじゃ。彼ならば儂よりもずっと多くの人々を笑顔に出来ると感じたからな」

「ふふ、そうかもしれませんね。ですが、お祖父様もやはり立派です。元々は伏せがちだったお父様を笑顔にしたいからという事で始めたサンタクロースとしてのお仕事で今では様々な人達を笑顔にしてらっしゃるのですから」

「それは同感だな。そして、それの後をオリオンが継いでくれるんだろ?」

「ああ、そのつもりだ。時夫さん達のやっている事は素晴らしいと思うし、俺も色々な人を笑顔にしたいからな」


 俺がそう答えると、陽はにっと笑いながら俺の肩をポンと叩いた。


「そうこなくっちゃな! まあ、俺も手伝える事があれば手伝うから遠慮無く言ってくれよ?」

「もちろん、私もお手伝いします」

「ありがとう、陽、月」


 陽と月にお礼を言っていたその時、時夫さんはチラリと時計を見た。


「……おや、もうそろそろ日付が変わりそうじゃ」

「お、マジか。それなら、ここらであの言葉を言っておこうぜ」

「あの言葉……ああ、なるほどな」

「ふふ、良いかもしれませんね」

「そうじゃな。では、皆。メリークリスマス」

『メリークリスマス』


 皆で笑い合いながら声を揃えて言うその言葉は、いつもと違ってどこか特別な輝きを放っているような気がした。

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Christmas night 九戸政景 @2012712

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