最高のイルミネーション
神谷すみれ
第1話 イルミネーション探し
12月24日の午後5時。雪香(ゆきか)ら地元の中学校に通う2年生5人は、最寄り駅の改札前で待ち合わせた。
その日は午前中が学校の終業式で、いったん家に帰ってから、ある目的のために集まったのだった。
その目的とは、最高のクリスマスイルミネーションを見つけること。
提案したのは、リーダー格の女子、野辺貴菜(たかな)だった。参加したのは、松瀬雪香と平原茜(あかね)、それに男子2人、加部優斗と吉森真一の5名だった。
彼らは仲良しグループというわけではなく、学校の授業の時振り分けられた班でたまたま一緒になったのだったが、こうしたグループ活動には個人的な感情が混じらないほうが都合がよかった。
実際、雪香は茜とはそこそこ仲が良かったが、リーダーにふさわしいしっかり者の貴菜とは少し距離を置いていた。
男子とは、同級生で班が同じというだけのビジネスライクな関係でしかなかった。班にはもう一人男子がいたが、用事があって来なかった。
最高のクリスマスイルミネーションとは
イルミネーションというと、LEDライトを何千個も使った絢爛豪華なものをまず思い浮かべる。
それは眩く立派であるほど人々をうっとりさせ、幻想の世界に誘う。
しかし、そういった観光スポット的なイルミネーションは多くの人々を誘い込むものであり、個人でひっそり楽しむことはできない。
自分たちが探すのは、人目につかない場所にある、地味で小規模でありながら心に印象的に訴えかけてくるイルミネーションだ。
と、集まったメンバーに向けて貴菜が今回のミッションの趣旨を説明した。
「だからね、YO駅まで行けば、派手なイルミネーションがいくらでも見られるの。でも、そういう多くの人と共有するイルミじゃなくて、自分が発見した星みたいな特別感のあるものを探そうっていうことなの」
YO駅は、雪香たちが今いる駅から電車で30分ほどの所にある大型ターミナル駅だった。
その駅は利用客が全国でも10位以内に入り、その人の多さがイルミネーションのゴージャスさに比例していた。
そうしたイルミネーションには魅惑されるけれど、何か世俗的な喧騒や雑踏がクリスマスの雰囲気と相いれないと、雪香は思った。
雪香は、西洋絵画的な雪景色、十字架のある教会、てっぺんに星を頂いたもみの木などから連想される、静謐な聖夜をイメージしていた。
それで、貴菜が提案する、地味だが心の琴線に触れるイルミネーションに共感を覚えたのだった。
男子2人は肝試しに行くようなテンションで、イルミネーション探しに意欲的な様子だった。
「隣のF駅の改札出たところに、結構大きいツリーがあるよな」
と加部が言うと、
「知ってる。去年もおととしもツリーがあった。いつも誰かが写真撮ってるよ。この駅もツリーくらい飾ればいいのにな」
と吉森が応じた。
F駅はこの沿線の中でも大きな駅で、おととしには大型ショッピングモールができて、それに伴って整備された駅の改札前には繁栄のシンボルのようにツリーが飾られた。
「F駅のツリー、私も見たけど、オーナメントの数が少なめでツリーの緑が目立っていて、クラシカルでいいよね」
と貴菜が言葉をはさんだ。
「でも、今回のミッションでは対象外だよ」
そう念を押した貴菜に、男子2人は「わかってる、わかってる」と合唱するように声をそろえた。
加部と吉森はさらにツリーの情報を話し合った。
「この間たまたまK駅で降りたんだけど、駅の周りもすごい古くてさ。レトロっていうか、線路沿いに掘っ立て小屋みたいな崩れかけの建物が並んでるんだ。住宅でないことは確かで、蕎麦屋とか新聞販売店とか花屋とか、あと得体のしれない店なんかで、見てるとわびしくなってくるんだ。
でさ、その並びの中に美容室があって、その店の前に小さいツリーが置いてあって、電球も光ってたんだ。それが何かわびしさの中の救いみたいでジーンときたなあ」
という加部に、吉森が言った。
「K駅って、急行止まらない駅だろ。じゃあ、それで決まりか」
「うーん、でもそういう線で、もう少し街をぶらついて探してみるよ」
気が合っている2人に対し、貴菜が釘を刺した。
「単独行動がルールだからね!」
一方、雪香と茜は女子らしく、まず最初に互いのマフラーやバッグの色や柄について可愛い等褒め合っていたが、集まった目的に立ち返るように茜が雪香に尋ねた。
「松瀬さん、どの駅に行くかもう決めた?」
「うん、まあ。平原さんは?」
「R駅かなあ。あそこ駅の近くに高層マンションあるでしょ。敷地内も庭園みたいにきれいになってるから、ツリーもありそう」
「あの駅、スーパーの前の広場にイルミネーションあるよね」
「松瀬さんはどの駅に行くの?」
「夢見が丘……」
「あそこ、駅前にスーパーもショップも何もない殺風景なとこでしょ。でも今回の目的に合っているかも」
その時、貴菜が雑談を打ち切るように号令をかけた。
「さあ、おしゃべりやめて、もう出発よ!
現在、5時10分。7時までにはここに戻ること。
自分なりの最高のクリスマスイルミネーションの写真を撮るのがミッション。
複数撮ってもいいけど、最終的に1枚に絞ってね。あと、電車を使わなくても、近場でもOK」
男子2人はコンビよろしく「ハーイ」と返事をし、女子2人は従順に頷いた。
こうして5人のメンバーのうち貴菜と加部と吉森はターミナル駅YO駅方面の電車に乗り、雪香と茜は郊外方面に向かう電車に乗った。
茜が先にR駅で降り、雪香はさらに4つ先の夢見が丘駅まで一人電車に乗って目指した。
雪香以外の4人はスマホで写真を撮る予定だったが、雪香だけはスマホを持っておらず、インスタントカメラを持参した。
クラスでも大半の人がスマホを持っていてラインなどをやっているので、雪香は肩身が狭かった。
母親にせがんだり懇願したり説得を試みたりしたものの、未だに成功していなかった。母親が言うには「うちは母子家庭なので仕方ないので我慢して頂戴。あなたが高校生になればアルバイトできるので、自分のお金で買えるでしょう」
実際、母親が朝早く家を出て一日中仕事をして疲れ切って帰宅する姿を目にすると、雪香はそれ以上わがままを言う気になれなかった。
スマホを持っていない引け目を感じながらも雪香がこのミッションに参加したのには、趣旨に共感した以外のある理由があった。
ある日学校から帰宅していつものようにマンションの集合ポストで郵便物を取り出した雪香は、一風変わった手紙を見つけた。
国際クリスマス切手が貼られトナカイが描かれた消印が押されたそれは、サンタクロースからの手紙だった。
宛名は雪香だったので開けてみると、キラキラしたカードが入っていて「Merry Christmas YUKIKA present for you Best Illumination」
という文字の下に地図が描かれていた。
「何これ?」
と雪香は茫然とカードを眺めた。
フィンランドのラップランドにサンタクロース村があって、インターネットで申し込めば世界中どこでもサンタの手紙が届けられると雪香は聞いたことがあった。
お母さんが申し込んだのだろうか。(まだクリスマスまで何日かあるけれど)
毎日仕事仕事で冗談を言うゆとりもない母が、こんな子供だましのようなことを?
中学生にもなって、サンタクロースの存在を信じている人などいないだろう。
けれども、母にこんな児戯に類する遊び心があったと思うと、雪香は嬉しくなってほくそえんだ。
彼女は母親にこのクリスマスカードのことはあえて話さなかった。
貴菜が発案した最高のイルミネーションを探すミッションと、カードに書かれた「ベストイルミネーション」
それは偶然の一致にしては出来すぎているが、それもクリスマスの魔法の一つと見做して、雪香は母親が仕組んだ謎のゲームを遂行すべく、ベストイルミネーションの地図を片手にこのミッションに参加したのだった。
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